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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『銀の匙 2期』第2話考察―八軒の自己犠牲精神と「世界をポジティヴにとらえる才能」について

『銀の匙 2期』の第2話は、全体を通して八軒の自己犠牲精神が描かれていましたが、このブログで何度か取り上げた自己犠牲に関する考察が、この第2話を考える上で良い補助線になると思います。 『うえきの法則』とカント哲学について―何が道徳的に「正しい」…

『銀の匙』第11話考察―逃げてきた先で自分と向き合うということ

このブログで時間をかけて説明してきたように、八軒はエゾノーに入学するまで「自分はこうあるべきだ」という思い込みが強すぎて、それが達成できなかった時に強い負い目を感じる傾向が強かったのだと思う。親の期待に応えなければならない、勉強が苦しくて…

『銀の匙』第10話考察―豚丼がいた教室と、命と向き合うということ

『ブタがいた教室』という映画をご存じの方も多いと思うが、そのモデルとなったのは大阪府の豊能町立東能勢小学校で行われた実際の授業だったという。この授業の概要はテレビで一度見ただけなので、細かい所は違っているかもしれないが、おおむね次のような…

『銀の匙』第8話考察―大事なのはミスをしないことではなく、今自分ができる最大限の努力を続けること

これまで八軒は、常に「完璧」を目指して勉強や農作業に努力してきた。良くも悪くも完璧主義な八軒には、「失敗」は決して許されないものだ、という強迫観念のようなものがあったのだろう。しかし、勉強や仕事やその他何であれ、ミスをしない事よりもむしろ…

『銀の匙』第7話考察―出産シーンは本当に感動的か?

たまこの実家が経営しているギガファームを見学しに行った八軒達。子牛の出産に立ち会い、その感想を聞かれた八軒の第一声は「グロい」というものだった。 八軒「ムリムリムリムリ無い無いグロい怖い!」 たまこ「生命の誕生よ! 感動しないなんてあなたおか…

『銀の匙』第6話考察―分業化によって遠ざかった「死」を実感するということ

近代化とは、生産プロセスの分業化の歴史でもある。かつては一つの家族や村で衣食住に関するあらゆる物を生産していたのが、近代以降になると、食料は農村で、衣服は工場で、工業製品はまた別の工場で、という具合に別々の場所で生産されるようになった。例…

『銀の匙』第4話考察―社会の中の多様性とそれを見渡せるリーダーの存在

私の祖母の実家はかつてその地域でも有数の地主だった。今でこそ大半の土地を手放してしまったが、戦前は広大な敷地でありとあらゆる作物・食品を生産していた。米はもちろん、野菜やイモ類、スイカや桃も栽培していた。飼っていたニワトリやヤギから、卵や…

『銀の匙』第3話考察―人間の残酷さと理解の不可能性

親鳥が自分の子孫をなるべく沢山残すためにとるべき最適の方法とは、どのようなものだろうか。リチャード・ドーキンスは著書『利己的な遺伝子』の中で、それは、親鳥が育てることのできるヒナの数よりも1羽だけ多い卵を産むことであると述べている。そうすれ…

『銀の匙』第2話考察―先入観を捨てて物事を見るということ

稲田先輩の持ってきたスモークチキンを見て、八軒の脳裏にニワトリの首を切断する生々しい光景がよみがえる。それでも「いやいや、先入観はいかん」と覚悟を決めてかぶりついたスモークチキンは、言葉を失うほど絶品だった。さらに、タマコが稲田先輩の妹で…

『銀の匙』第1話考察―理不尽な自然と向き合った時に得られるもの

荒川弘のエッセイ漫画『百姓貴族』には「農家の常識は社会の非常識」という台詞が登場する。高校入学まで全く農業と縁のない生活を送ってきた八軒勇吾にとって、エゾノーは正に「非常識」に満ち溢れた世界だった。家畜の放つ強烈な臭い、ニワトリの頭を切り…

『氷菓』『ハガレン』『銀の匙』―「7つの大罪」と「理解の不可能性」について

アニメ『氷菓』第6話で千反田が犯した罪は「憤怒」だった。授業進度を間違えた尾道先生に怒った千反田は、なぜ自分が怒らなければならなかったのか、つまり、なぜ先生は授業進度を間違えたのかについて執拗に知りたがった。そんな彼女の心の内を、折木は次の…