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「ネウロイ」とは何だったのか―『ストライクウィッチーズ』に見る反戦・反核の思想

はじめに

先日、ストライクウィッチーズ2の放送が終了したが、皆さんは今どのような感想をお持ちだろうか。今日は、作中のウィッチ達が戦った敵「ネウロイ」について考察してみようと思う。あらかじめ断わっておくが、私はここでネウロイの正体とか、ネウロイはどうして誕生したのか、といった作中での設定について推察するつもりはない。ここでは単に、ネウロイという存在が何の象徴として描かれているのか、そしてそこから論を進めて、ストライクウィッチーズ(以下、「スト魔女」と省略)に隠された反戦・反核の思想について論じてみたいと思っている。*1

さて、私がネウロイについて考察するにあたって、ストライクウィッチーズ公式ホームページにある「坂本少佐の歴史講座」というコーナーを参考にさせていただいた。このコーナーは、坂本少佐が宮藤芳佳とリーネを前に、ネウロイと人類との戦いの歴史を講義するという設定のもと、視聴者にスト魔女の世界観を分かりやすく伝えるというコーナーである。とりあえず、これを参考にして、スト魔女の世界におけるネウロイの誕生までの流れをザッと説明したいと思う。次項において、二重鉤括弧(『』)で囲まれた文章は、上記ホームページにある表現をそのまま引用したものである。

スト魔女世界におけるネウロイ

スト魔女の世界では、古来より「怪異」と呼ばれる正体不明の存在が人類の脅威となっていたらしい。『怪異は、高い再生能力を持ち、金属を喰らい、地を腐らせ』、人々の恐怖の対象となっていた。ある時、『欧州のある神殿が襲撃され、そこの巫女の一人が魔法を発現させ』、怪異に致命傷を与えることに成功した。以後、『ウィッチが怪異対策として有効だと認識された』。中世に入ると怪異は進化し、『攻撃方法も多彩になっていき、遠距離攻撃を仕掛けるものも現れ』るようになった。これに対抗するために、『ウィッチが砲弾に魔力を込めた魔法弾が誕生』した。

人類と怪異との戦いの歴史は、1914年(現実世界において第一次世界大戦が始まった年)に大きな転換点を迎える。この年、黒海付近に大量の怪異が発生し*2、『欧州へ大規模な侵攻を始めた。この戦いは全世界を巻き込んだ戦いとなり、多くのウィッチも戦いへと参加することになった』。当時のウィッチはまだ、陸上部隊と一緒に戦ったり、飛行機に乗り込んで戦ったりしていたが、この戦いの中でウィッチ専用の装備が発達した。『箒をイメージした艇体にエンジンと翼を付け、機首に機銃を装備したタイプ』の飛行機(箒型飛行機械)が開発され、航空型のウィッチが戦闘において特に重要視されるようになった。こういった技術の進歩のおかげで、1918年(現実世界におけて第一次世界大戦が終わった年)には怪異の撃退に成功した。

戦闘終了後、箒型飛行機械の問題点を解消するために、『またがって乗る方式ではなく、身にまとって飛ぶタイプのユニット』が開発された。その開発者が、宮藤芳佳の父・宮藤一郎博士である。同じ頃、扶桑付近に新たな怪異が誕生した。この『怪異は、今までの生物的な姿をした怪異とは異なり、機械のような外見を持っていた』。これは後にネウロイと呼ばれる物の雛型となる存在であったが、宮藤博士の開発したユニット試作機によって撃退された。その後、ユニットはさらに改良され、スト魔女でウィッチ達が用いているストライカーユニットが誕生した。そして1939年(現実世界におけて第二次世界大戦が始まった年)、さらに進化した怪異が出現する。『空中の黒雲から出現し、空を飛び、怪光線を発し、奇妙な鳴き声を上げる異形の敵。人類はそれをネウロイと命名し、ここに新たな戦いの幕が切って落とされた』。

怪異とネウロイについてのまとめ

以上が、上記ホームページに載っているスト魔女世界の歴史である。この歴史の流れを「怪異の進化」および「人類の武器の発達」という観点からまとめてみると次のようになる。

  1. 怪異の出現。
  2. ウィッチが怪異撃退のための切り札となる。
  3. より強力な怪異の出現。
  4. 魔法弾の誕生。
  5. 黒海付近に大量の怪異が発生。
  6. 箒型飛行機械でこれを撃退。
  7. 扶桑付近に機械のような形をした怪異が出現。
  8. 宮藤博士の開発した試作機でこれを撃退。
  9. ネウロイの出現。
  10. ストライカーユニットでこれに対抗。

さて、ここまで長々と述べてきたが、これから話を進める上で重要な点は、次の3点に集約されるであろう。

  • スト魔女世界において、人類は古来より「怪異」と呼ばれる存在と戦ってきた。
  • 怪異の中でも、1939年以降に出現したより強力なもの(機械のような形状・空を飛ぶ・光線による攻撃・鳴き声といった特徴を持つ)を、特に「ネウロイ」と呼ぶ。
  • 人類が怪異に対抗するために新たな武器を開発すると、それに応じて怪異も進化する。その進化した怪異に対抗するために、人類がまた新たな武器を開発して・・・、という具合に、いたちごっこのように「怪異の進化」と「人類の武器の発達」が続いてきた。

3番目の点などは明らかに、現実世界における「戦争と武器の発達との関係」を模したものであると言えよう。現実世界では人類同士が古来よりずっと戦争を行い、それに伴って武器も発達していったわけだが、スト魔女の世界では人類と怪異が戦争を行い、それに伴って両者が武器を発達させたり進化したりを繰り返している。すなわち、現実世界における人間同士のいたちごっこを、スト魔女世界では人間と怪異との間で行っていることになる。この違いは何を意味するのか、それについては次項で詳しく説明しよう。

現実世界とスト魔女世界との対比

両世界の構造を理解するためにまず我々がすべきことは、ウィッチ達が戦う理由を再確認することである。宮藤芳佳は「誰かを守りたい」という純粋な意志を持ってネウロイと戦っている。同様に他のウィッチ達も「仲間を守るため」「故郷を守るため」といった理由のために参戦している。*3この「何かを守るために戦う」という意志は、近くにいる困った人を助ける、医者が怪我人を救う、といった人道的な行為の延長線上にあるものだと考えてよい。これを仮に「人道的な意志」と呼ぶことにしよう。

では、現実世界における戦いでも、人々は人道的な意志を持って戦っているのだろうか。もちろんそういう人はいるのだろうが、その背後には敵への憎悪の感情が含まれていることが多い。仮に憎悪が無かったとしても、敵に武器を向ける行為そのものが、相手を殺傷するという非人道的な結果を招くことになる。すなわち、現実世界では、戦争において「人道的な意志」を実現しようとしても、非人道的な手段に頼らざるを得ないという現実がある。それでは、その非人道的な行為を遂行するにあたって不可欠な物とは何か。それは言うまでもなく「武器」である。戦場の兵士がいくら人道的な意志を持っていたとしても、その手に武器がある限り非人道的な意志から逃れる事は出来ない。なぜなら武器は、人を殺傷するという非人道的な目的のためだけに作られた物だから。ゆえに「武器」は、我々の中にある「非人道的な意志」を象徴する物であると言えよう。

「人道的な意志」と「非人道的な意志」とが入り混じった人間同士が争うのが現実世界である。一方、スト魔女世界のウィッチには「非人道的な意志」がない。もちろん、ウィッチもストライカーユニットや各種の銃といった武器を持っているが、これは人間を殺傷する(という非人道的な意志を実現する)ための物ではない。すなわち、非人道的な意志の象徴としての武器の位置付けは、スト魔女世界では当てはまらない。ゆえに怪異と戦うウィッチ達は、人道的な意志を象徴する存在なのだ。では逆に、ウィッチと敵対する怪異とは何なのか。スト魔女世界では、怪異は古来から人類を攻撃し続けており、後述するような描写を除けば人間のような感情は一切見受けられず、あたかも人類を滅ぼすためだけに存在しているかのようである。もうお分かりだろう。怪異とは「非人道的な意志」すなわち「武器」の象徴に他ならない。スト魔女の世界とは、人道的な意志の象徴であるウィッチが、非人道的な意志=武器の象徴である怪異と戦う世界なのだ。現実世界とスト魔女世界の対比から見えて来るもの、それは「現実世界の構図も、実はスト魔女世界の構図と同じなのではないか」という問いかけである。我々は人と人どうしが戦争をしているような印象を持っているが、本当は武器と人が戦っているだけなのではないか。スト魔女は、人類が作った武器が結果的に人類自身を苦しめている、という現実世界の皮肉な構造を風刺しているのではないか。

ところで、怪異の最終進化形であるネウロイは何を象徴しているのだろう。怪異は武器の象徴なのだから、武器の中で最も強力で、最も残虐で、最も非人道的なものを思い浮かべればよい。すなわち核兵器である。そう、ネウロイとは、現実世界における核兵器を象徴するものに他ならない。皆さんご存じの通り、アニメで出てきたネウロイの多くが、現実世界で使われた兵器の形をしていた。その中でも第2期8話で登場したネウロイは、まさに原子爆弾を模した形をしていた。この長崎型原爆の形をしたネウロイを見て、私は以上のような考察のヒントを得たのだ。こうなると、スト魔女世界が現実世界を鋭く風刺していることが分かるだろう。核兵器に見立てた敵・ネウロイが、人類に対して無差別な攻撃を加えているという構図は、当然「核兵器によって人類が痛いしっぺ返しを受ける」ということを示唆している。

作中の描写についての考察

以上のような考察をふまえて、アニメにおける各描写について順を追って解説していこう。まず、第1期4話について。登場するウィッチ達が皆「誰かを守りたい」という意志を持って戦いに臨んでいるのに対し、バルクホルンだけが、妹を守れなかったという後悔の念から、「皆を守るなんて夢物語だ」と考えていた。しかし、宮藤芳佳の強い思いに接し、ミーナからの叱責を受けることで、バルクホルンは再び「誰かを守る」という意志を取り戻した。このエピソードによって、非人道的なネウロイと、誰かを守りたいという意志を持ったウィッチ達という構図が、視聴者の前に明確に示されたのである。

次に、アニメ第1期のラストで登場したウォーロックについて考えてみよう。ウォーロックは、ネウロイのコアを利用して作られた兵器であり、ネウロイと同等の威力を発揮することが出来る。これはブリタニア空軍のマロニー大将が、ウィッチの力に頼らずにネウロイを倒し、戦後世界の覇権を握ろうと画策して秘密裏に開発したものであった。ネウロイの巣を攻撃しに向かったウォーロックは、コアコントロールシステムによって大量のネウロイを壊滅させた。しかし、直後にウォーロックが暴走して人類に攻撃を加えるようになり、さらには空母赤城までもがネウロイ化し、作戦は大失敗に終わった。マロニー大将はネウロイに対抗するために、ネウロイの力を利用しようとして失敗したわけだが、ここにスト魔女のテーマに関わる重大なメッセージが隠されている。先ほどの「ネウロイ=核兵器」という構図を考えれば、「核兵器に核兵器で対抗しようとしても、結局自分の首を絞めるだけだ」というメッセージが浮かび上がるだろう。ネウロイを倒せるのはネウロイではなく、ウィッチ達の「誰かを守りたい」という意志なのだ。核に対して核で対抗するという核抑止論ではなく、人類の人道的な意志こそが、本当の平和を実現するための唯一の手段である。これがスト魔女のテーマなのだ。

さて、上と同じく第1期ラストで登場した人型ネウロイ(通称・ネウ子)は何を意味するのか。この人型ネウロイは、あたかもウォーロックの暴走を警告するかのように宮藤芳佳に接触してきた。これは、ネウロイという非人道的なものの中に生じた人道的な意志の萌芽、と見る事も出来るだろう。しかし、非人道的な核兵器の象徴であるネウロイに、そのような人道的な意志が芽生えるかという疑問が残る。この辺りが、私の仮説では説明しきれない部分なのかもしれない。しかし、第2期の冒頭で人型ネウロイとウィッチとの接触が失敗に終わる場面は重要である。人型かそうでないかはさておき、ネウロイと人類が共存するという事は、現実世界における「核兵器と人類との共存」に対応する。そして、この共存の試みが失敗に終わったということは、「核兵器と人類が共存できるなんて思うのは間違いである」というメッセージを強く感じさせる。ウォーロックの一件と同じく、ここもまた、核抑止論を暗に否定するような描写であると言えよう。

最後に、第2期のクライマックスについて考察しよう。ここで人類は、再び1期と同様にネウロイの力を利用しようとする。戦艦大和ネウロイ化してネウロイの巣を攻撃しようと画策したのだ。上で述べたようなスト魔女のテーマを理解していれば、このネウロイ化が成功しないことは容易に想像できる。ネウロイ化とは、核に対して核で対抗することと同義であり、それは結果として自分の首を絞めることになる。かくして、大和と坂本少佐はネウロイに取り込まれ、作戦は失敗する。そして1期と同じく、ネウロイを倒したのは、人道的な意志の体現者であるウィッチであった。戦いが終わった後、宮藤芳佳のストライカーユニットと刀は海に落下し、それが浜辺に打ち上げられている映像で本作はエンディングを向かえる。もうネウロイが消えたから武器は必要ないのだ。*4ネウロイがいない世界では、その武器は人に向けられる物であり非人道的な意志の象徴となってしまう。だから、ラストで武器は放棄されたのだ。

まとめ

核兵器に対して核兵器で対抗することは、結局自分で自分の首を絞めることになる。核兵器と共存することで平和を築くことは不可能であり、本当の平和は、宮藤芳佳が持っているような「誰かを守りたいという意志」「人道的な意志」によってのみ実現される。スト魔女という作品のテーマはまさにこれに尽きるだろう。何だかよく分からない敵と、パンツ丸出しの少女達が戦う萌えアニメ、という印象を持たれがちなのがスト魔女である。しかし、上記のような確固たるテーマを内包していたからこそ、これほどの人気を獲得できたのだろう。ネウロイという存在は、決して「何だかよく分からないもの」ではなく、現実世界における核兵器を象徴するものとして描かれているのだ。そして、そのように考えて論を進めると、この作品の中におのずと反戦・反核兵器のメッセージを見出すに至るのである。

*1:私はアニメ版の1期と2期を視聴しただけなので、あくまでもアニメの中にある描写を中心に考察してゆくことになる。

*2:上記ホームページでは「陸上型ネウロイが発生」したと書かれているが、この当時にはまだ「ネウロイ」という呼び名は存在しなかったので、この記述は間違いであると考えられる。

*3:純粋に戦いを楽しむため、あるいは、ネウロイに報復するために戦っている者もいるかもしれないが、少なくともアニメではそういう点が大きくクローズアップされる描写は無い。

*4:もっとも、アニメで描かれなかった他の地域では、まだネウロイとの戦いが続いているのだろうが。