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「佐天さん問題」を考える(2)―ミクロな視点から『とある科学の超電磁砲』を見てみよう

はじめに

今回の記事は、先日書いた『「佐天さん問題」を考える(1)―マクロな視点から『とある科学の超電磁砲』を見てみよう』の続編になります。先日は、学園都市というシステムが抱える問題点を考察することで(すなわちマクロな視点から考察することで)、佐天さんがレベルアッパーを使用するに至った社会的背景を探りました。今日は、ミクロな視点から「佐天さん問題」を考察します。すなわち、佐天さんの心理状態を詳しく分析することで、佐天さんを救済する方法を模索してゆきます。

はじめに、興味深い記述を見つけたのでそこから引用します。

今回の佐天さんの行動はといえば、

  • レベルアッパーを手に入れた当初は、念願かなった喜びを伝えようと、じつにウキウキと初春たちに自慢しようとする
  • しかし社会のルールを意識しその危険性を自覚、一度は諦めようと決心
  • しかし、よせばイイのに危ない事件に関わったりなんかしちゃったことで再度自己否定に陥り、レベルアッパーに頼ろうと揺れ動く
  • 使うにせよ捨てるにせよ一人で決心つけることができず、とうとう同じような悩みを共有できそうな友人連中に秘密を打ち明けてしまう。

といったものだった。
これって、犯罪に手を出す少年少女の心理や行動パターンをじつに巧みに描き出してますよね。自分はやったことないけど、万引きや窃盗、タバコや麻薬に初めて手を染めようとするときの子供って、ちょうど今回の佐天さんのような感じなんじゃないでしょうか。たぶん作り手も、現代の未成年者による犯罪のことをかなり念頭に置いていると思う。画面の中の作りものの世界、作りもののお話なのだけれど、非常にリアリティがあって怖かった。
とある科学の超電磁砲 第9話「マジョリティ・リポート」より引用)

銀行強盗、爆弾魔、スキルアウト・・・。学園都市の治安の悪さは、その歪んだ社会構造と無関係ではない。個人の犯罪を全部「社会のせいだ」って言うつもりはないけど、それでも全てを自己責任とするには無理があります。このレベルアッパー事件を生み出した社会的背景については先日の記事で詳しく述べているので、今日は、その結果として佐天さんの心に何が起こったのかをじっくり見てゆこうと思います。

「佐天さん問題」は他人事じゃない!

上記の引用記事は、佐天さんがレベルアッパーを使ってしまう本当に直前の心理を的確に示しています。すなわちそれは、「犯罪に手を出す少年少女の心理や行動パターン」という観点から説明できます。ここからは、もう少し前にさかのぼって佐天さんの心理を見て行きましょう。つまり、先日述べた「社会的背景」と、「犯罪に手を出す少年少女の心理や行動パターン」とをつなぐ部分にあるものが何なのか、それを明らかにして行こうと思います。

【社会的背景】→【?】→【犯罪に手を出す少年少女の心理や行動パターン】

上の【?】に入るものは何か。抽象的に言えば、それは「佐天さんの心境の変化」でしょう。その心境の変化をもたらしたのは、間違いなく美琴たちとの出会いです。佐天さんは心の底ではレベル0であることをずっと気にしていました。それでも、美琴たちに会う前までは、「レベル0だからって引け目に感じる必要はない。毎日楽しければそれでいい」と自分に言い聞かせていたところがあるんだと思います。しかし、佐天さんは美琴たちに出会ってしまった。

初春、美琴、黒子。みんな能力開発者だ。なのに自分だけ能力0。いくら自分が能力0のクラスに所属しているからといっても、佐天の心は常にこの三人を捉えていたと思うんです。(中略)自分の意識する人間から受ける影響というのは絶大で、否応なくその人の意志を左右する。僕らは佐天のような中学生より長く生きているから、そのことをもうよく知っていると思う。夢に現れるくらいに憧れる。そして、憧れることがどんなに希望に満ちて、同時に挫折と葛藤に満ちたものなのか知っている。
佐天はものすごくジャッジメントに憧れているんです。でも、能力0じゃジャッジメントには入れない。どうしたらいいか? レベルアッパーに手を出したくなる気持ち、僕は分かるなあ……。
とある科学の超電磁砲9話感想より引用)

私は中学時代に陸上部に所属していたんですが、きつい練習について行けず、全く足も速くならず、非常に悩んだ時期がありました。まあ、努力も向上心も足りない自分が上達するわけなんてないんですが、それでも同級生や後輩に追い抜かれるというのは辛いものです。誰かと否応なく比較され、自分の能力の低さを思い知らされると、物凄い自己嫌悪に襲われ、どんな手を使ってでも上に行きたいと思ってしまう。それは、誰かから承認されたいとか、相手を打ち負かしたいといった気持ちとは違う。とにかく、何か自分で自分を肯定できるものが欲しい、自分を卑下することなく胸を張って生きたい、そんな切実な願いなのです。

超電磁砲第9話のサブタイトルは「マジョリティ・リポート」でした。そう、「佐天さん問題」は全ての人に振りかかってくる可能性があるのです。私達マジョリティにとって、佐天さん問題は避けては通れない。だから、佐天さんが苦しんでいれば、私も苦しい。

これ以上佐天さんを苦しめないで!

どんなに辛く悲しくても、その人のことを理解し、励まし、慰めてくれる友人がいれば大丈夫。そんなこと、口では簡単に言える。でも、実際に佐天さんが苦しんでいる時、美琴も、初春も、黒子も、結局何もしてあげられなかった(佐天さんが強がって表面上は明るく振舞ってたから、どうしようもなかったとも言えるけど)。そして、無能力者である佐天さんのことを真に理解している友人も、おそらく居ない。

御坂は佐天に「能力があるとかないとか、関係ないじゃない」という無責任な発言を佐天にしますが、佐天が病院へ運ばれ、改心したかのようなシーンで言う台詞は、「ハードルを目の前にしたら私は跳び越えなくては気が済まない質なので、結果としてレベル5になったが、ハードルの前で立ち止まっちゃう人がいるんだよね」と言うものでした。この時点でおわかりだと思いますが、御坂はまるで物事の本質を理解していません。佐天、もとい無能力者にとっては「そもそも、ハードルが存在しない」のは言うまでもありません。
【企画】2009年ベスト/ワーストアニメ その幻想をぶち壊さずにより引用)

なるほど、御坂と佐天さんではそもそも生きている世界が違うんだから、佐天さんの前にハードルなんか存在しないんだ、という見解は一理あるように思います。でも、私はある意味ハードルはあるんだと思います。少なくとも佐天さんは、美琴達に会ったことで「ハードルを飛び越えてみたい」と願うようになってしまった。美琴と会うまでは毛嫌いの対象でしかなかった能力者という存在は、いつしか佐天さんの中で強い憧れの存在へと変わっていったのです。だから、あるのか無いのか分からないハードルに挑戦してみたくなった。

でも、私は逆の解釈で受け取ってみる。突破できなくてもいいんじゃないかな。(中略)
自分には何か足りない、自分にはもっと力が必要。そう思うことは別に悪くない。だけど、佐天さんが笑顔でいられるなら、今のままでもいいじゃない。何かを失ってまでも、何かを手に入れようとしなかった、美琴と付き合う前の佐天さんで良かった。
なので、佐天さんが美琴に会うのではなく、婚后光子に会っていれば、問題にならずに済んだんだけどね。まあ、そうしたら、物語すら始まっていないですね。あぁ、やっぱり、能力を笠に着る人だーってねw。
「佐天さんは佐天さんです」と言った初春の真意と佐天さんの自責の念−『とある科学の超電磁砲』より引用)

なんということだ! 佐天さんのことを好きになればなるほど、美琴達に会ってほしくなかったと思ってしまうなんて。佐天さんの出番が無くたって良い。もうこれ以上佐天さんを苦しめないでくれ!

確かに、最終回の佐天さんは格好良かったし、レベル0なりに自分のできることを見つけられたように思う。佐天さんのことを大切に思ってくれる仲間もいる。でも、佐天さんがこのままずっとレベル0で、学園都市という歪んだシステムが存在し続けるのなら、いつかまた佐天さんは苦しんでしまうんじゃないかな。そんな心配が常に付きまとっています。

学園都市は監獄か?

これ以上話を広げると収拾がつかなくなりそうなので、そろそろまとめに入ろうかと思います。以下では、当初の目的である「いかにして佐天さんを救うか」という問題について考えて行きましょう。

一番最初に考えつくことは、「そもそも佐天さんが学園都市に留まり続ける必要なんて無いよね」というものです。学園都市では自分の能力を引き出せないと感じたら、そこから逃げ出すという手もあるじゃないか。学園都市だけが世界の全てではない。そのようなことを考えていた矢先に、先日書いた記事に次のようなコメントをいただきました。

学園都市外の普通の学校に行くという選択肢があると思うのですが。
例えば、将棋の奨励会など、「思いやり」や「明るい性格」が能力として認められない(級や段があがったりしない)場所はたくさんあると思いますが、だからといってそういうシステムが間違っているとは結論づけられないと思います。
佐天さんには佐天さんの能力が認められる場所を見つけてほしいです。
(t.k.さんからのコメントより引用)

ある集団の中では評価されていた能力が、別の集団では全く評価されない、なんて事はよくあることだし、ある程度は仕方のないこと。だから、佐天さんの能力を生かすことのできる新しい場所を見つけることが大事。

もちろんそれも一つの手です。でも現実は、簡単に「はい、やめました」って言えるほど甘くはない。例えば、学生の時に部活を途中で退部したことがある人なら想像つくと思いますが、いったん入ってしまった所から出て行くということは簡単なことじゃない。様々な要素が、学園都市からの逃亡を妨げている。

  • 佐天さんを学園都市に送り出してくれた家族の存在。両親の期待を背負っているという重圧、家族に心配をかけたくないという気持ち、今帰ってしまったら今までしてきたことが全て無駄になってしまうのではないかという不安、それらが佐天さんに重くのしかかってくる。
  • 学園都市で出来た大切な友人関係。何も、能力開発だけが学園生活の全てではない。同じレベル0の友人だっているし、その他にも色々な人間関係があるだろう。「無能力者としての苦悩」を理解してくれるかは別にしても、初春・美琴・黒子という大切な親友だって居る。彼女達と離れて*1、新しい世界の人間関係の中に飛び込むということは結構勇気がいる。
  • 超能力者への捨てがたい憧れ。自分がそうなるのは難しいと分かってはいても、美琴やジャッジメントへの憧れは無くならない。昔は「能力を笠に着た人たち」って思ってたけど、美琴たちに会ってからそれが一変した。美琴のような、格好良くて、勇気があって、強い力を持った能力者になりたい、という気持ちは簡単には捨てられない。

このような気持ちを抱いたまま、佐天さんが学園都市のシステムから解放されたとしても、佐天さんには新しい苦しみが生まれてしまうでしょう。学園都市というものは、目に見えない監獄のようなものです。いや、現代社会におけるあらゆる集団も、多かれ少なかれ、監獄のような性質を持っているのかもしれません。どんな集団にも「無能力者」というレッテルを貼られる人がいて、それでもなお、その集団の外に出ることを妨げる目に見えない圧力が働いている。これは学園都市だけの問題ではないでしょう。

じゃあ、どうすれば「佐天さん問題」は解決するのでしょうか。その方法を示すために、次の項で、今まで述べてきたことを整理してみましょう(今度こそ、話のまとめに入ります)。

「社会的背景」「心境の変化」「犯罪心理」

私は、先日の記事と合わせて、佐天さん問題を「社会的背景」「心境の変化」「犯罪心理」という3つの観点から考察してきました。*2 これを整理すると次のようになるでしょう。

  • 【1】学園都市のシステムには次の2つの問題点がある。すなわち、「努力が報われない構造になっていること」そして「佐天さんが持つ個性・能力が正当に評価されていないこと」。(社会的背景)
  • 【2】佐天さんが美琴たちに出会ったことによって、「能力者への憧れ」が生じ、同時に「能力が発現しないことへの絶望感」を味わってしまった。(心境の変化)
  • 【3】どうしても能力を手に入れたいという強い思いから、レベルアッパーに手を出してしまった。(犯罪心理)

ここで大切なことは、社会的背景【1】と心境の変化【2】は独立しているのではなく、【1】があって初めて、【2】が生じているということです。学生達の多様な個性を認める制度が出来ていれば、佐天さんが美琴に憧れたとしても、「いや、自分にだって、御坂さんに負けないものがある」と自信を持てたはずです。また、努力が報われるカリキュラムになっていれば、圧倒的な力の差を前にしても絶望感を抱くことは無かったはずです。いずれにせよ、佐天さん問題を解決する鍵は、上記の「【1】→【2】→【3】」という流れを変えてゆくことだと言えそうです。*3

では、【1】から【3】のどこに注目すれば良いのでしょう。まず【3】については、学園都市の治安維持や犯罪防止に関わる事項であり、これを解決したからといって佐天さんの苦しみが解消されるわけではない、ということが分かるでしょう。【1】についても、社会全体を変えてゆくことは時間のかかる事だし、何とか上条さんにお願いするくらいしか手がありません。となると、【2】心境の変化、の部分を変えて行かなければならないでしょう。

まとめ

すなわち、学園都市の問題点によって佐天さんが苦しめられないように、その両者の関係―つまり「【1】→【2】」という関係―を断ち切る必要があります。その一つの方法が、、学園都市のシステムから外に出るということでしたが、それが簡単なものではない、ということは先に述べたとおりです。

では、こう考えましょう。学園都市というシステムの傘下に居ながらにして、そのシステムを相対化してみてはどうか。学園都市が唱える価値観(レベルアップ至上主義、パーソナルリアリティの獲得、云々)が全てではないという事を、その構成員が理解すれば良いのではないでしょうか。学園都市に居るからといって、精神まで学園都市の言いなりになる必要はない。佐天さんが学園都市に居続ければ、どうしたって悩んでしまうことがあるかもしれない。でも、佐天さんを「無能力者」と呼ぶのは、学園都市というシステムに縛られた人達だけで、しかもそのシステムが世界の全てでは無い。佐天さんには無限の可能性が広がっている。だからもっと自分に自信を持って良いんだよ。

佐天さんを救済するものは、上条さん的反抗精神(まずはその幻想をぶち殺す!)なのか、金子みすゞ的価値観(みんな違ってみんな良い)なのか、けいおん!的日常なのか、それは誰にも分かりません。でも、まずは、学園都市が強要する価値観を相対化しなければならない。佐天さんだけでなく、美琴も、初春も、黒子も、そして学園都市に住むみんなが、学園都市という監獄から精神だけでも解放されなければならない。*4

やっぱり現実的に可能な選択はこれくらいしかないんじゃないでしょうか。システム自体を変えることが出来ればそれにこした事はないんですけどね。もし私が禁書・超電磁砲の世界に行けて、上条さん並の勇気があったとしたら、「まずはそのふざけたシステムをぶち殺す!!!」って言ってやるんだけど。

*1:もちろん、離れたからといって、友人関係が無くなってしまうわけじゃないけど。

*2:3番目については、それほど考察していませんが。

*3:この図式は、もっと恐ろしい問題を孕んでいます。例えば【3】の後に、【4】能力者の中で「ああ、やっぱり無能力者ってこんな人達なんだ」という偏見が広がる→【5】無能力者を抑圧する制度の強化、と続くかもしれない。すなわち、無限に続く負の連鎖、格差の固定化、絶えず再生産される弱者への偏見。この問題については、話が長くなるので別の機会にまた考えましょう。

*4:それを無意識のうちに行っているのが、上条当麻という男です。