新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『とある魔術の禁書目録』と原発事故―上条当麻の言葉から脱原発への道筋を探る

上条さん原発というシステムを絶対に認めないと思う。なぜならそれは、周辺住民や作業員の命や生活を犠牲にして、大量の放射性廃棄物という未来へのツケを残して、現代の我々が豊かな生活を送れるようにするという、誰かの犠牲を前提としたシステムだからだ。「地元はこれまで原発の恩恵を受けてきたのに、今さら被害者面して…」という人もいるが、彼らだって望んでそれを受け入れたわけではない。地域を活性化するために、貧困から抜け出すために、彼らは仕方なく原発を誘致した。そして今、未曾有の大事故によって、もしくは、過度に原発に依存した地域経済の歪みによって、命と生活の危機にさらされている。あるいは、被曝の危険にさらされている現場の作業員は? 何千年、何万年たっても消えることのない放射性廃棄物を受け継ぐことになる我々の子孫は?

アンタ、知ってんだろ。大切な誰かに死なれる事の痛みが。目の前で苦しんで、傷ついて、でも自分には何もできなくて、どうしようもないっていう苦しみを知ってんだろ (中略) 焦ったはずだ。辛かったはずだ。苦しかったはずだ。痛かったはずだ。恐かったはずだ。震えたはずだ。叫んだはずだ。涙が出たはずだ。……だったら、それはダメだ。そんなに重たい衝撃は、誰かに押し付けちゃいけないものなんだ
(第5巻、P313)

もうそろそろ、原発という「重たい衝撃」を誰かに押し付けるのは終わりにしよう。そして、こう言おう。「誰かの犠牲によって得られた電力なんていらない」と。

しかし実際のところは、我々の豊かな生活が原発によって支えられているという現実がある。その現実に目を背けて声高に理想を語るだけでは、世の中は何も変わらない。理想と現実の間で調整を繰り返しながら、適切な現実的選択を下してゆくのが、政治家の仕事だと言っても良い。しかし、だからと言って、理想を追い求めることをやめてしまうのは間違っている。

テメェら、ずっと待ってたんだろ? インデックスの記憶を奪わなくても済む、インデックスの敵に回らなくても済む、そんな誰もが笑って誰もが望む最っ高に最っ高なハッピーエンドってヤツを! (中略) ずっとずっと主人公になりたかったんだろ! 絵本みてえに映画みてえに、命を賭けてたった一人の女の子を守る、そんな魔術師になりたかったんだろ! だったらそれは全然終わってねえ!! 始まってすらいねえ!! ちっとぐらい長いプロローグで絶望してんじゃねえよ!!
(第1巻、P271)

上条さんのように理想を語ることができるのは、それがフィクションの中の話だからではない。我々の住む現実世界だって、彼のような理想主義者によって進歩してきた、という歴史がある。黒人差別に屈することなく白人専用席に座ったローザ・パークスがいて、そしてキング牧師ネルソン・マンデラが現実を変えようと活動したからこそ、世界は変わったのだ。あるいは、フランス革命は? 世界各地の民主化運動は? 不可能を可能に変えた発明家や科学者は?

もちろん、現実を変えるためには勇気がいる。しかし逆に言えば、勇気さえあれば誰でも「主人公」になれる、世界を変えることができる。「所詮現実は変わらない」と諦めているうちは、まだ「始まってすらいねえ」のだ。

この物語(せかい)が、神様(アンタ)の作った奇跡(システム)の通りに動いてるってんなら――まずは、その幻想をぶち殺す!!
(第1巻、P276、括弧内はルビ)

我々はこれまで、誰かの作ったシステムが「普遍的な世界の真理」だと勘違いしていたのではないだろうか。「原発は安全」という「幻想」が打ち砕かれたのなら、今度は我々が、「原発がなければ日本の豊かな生活は維持できない」という「幻想」を打ち砕こう。幸い、この国には優れた科学技術がある。原発のために使われていた予算の何割かを新エネルギーの開発へと回せば、状況はだいぶ変わってくるはずだ。

手を伸ばせば届くんだ。いい加減に始めようぜ*1、日本人!

補足事項

補足として学園都市の電力事情について述べておこうと思う。これは推測だが、学園都市の発電の主体は、おそらく風力発電だろう。あれだけ科学技術が進んでいる学園都市なら、現実世界より安全な原発の開発も可能だろうが、学園都市の真ん中に堂々とそびえ立っているのは風車だ。

これは考えてみれば当たり前の話だ。学園都市のように敵の多い組織が原発を主要電力源とするのはリスクが大きすぎる。原発を魔術師やらテロリストやらにピンポイントで攻撃されてしまえば、都市の機能は完全にストップしてしまう。ゆえに、風車をあらゆる所に作って、リスクを分散させるという戦略が採られているのだろう。また、ウランなどの資源確保の問題や、学園都市が海に面していないということも、大きな理由だと思う。

ひるがえって、現実の日本について考えてみるとどうか。どんなに安全対策を施しても100%安全なんて言えない、ということは今回の事故で証明された。それでもなお、原発に固執することが、安全上あるいは防衛上の観点からして、正しいと言えるだろうか。*2 個人的には、風力や太陽光を用いた電力の「地産地消」を進めていくべきだと思う。

*1:第1巻、P272

*2:同様に、資源枯渇の危険性、過度の中東依存、環境破壊などの観点から考えて、従来の火力発電も最良の選択とは言えないだろう。