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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

登場人物を分類するための一般的手法の提唱―『けいおん!』と『Aチャンネル』を例に

けいおん!』の登場人物の分類

かいん氏が書いた『2つの萌え概念と「けいおん!」の批評性』という記事は、はてなダイアリー界隈で一時期話題になった「独律説」*1が初めて言及されている記事である。この説自体は上記記事を読んでもらうこととして、ここで私が述べたいのは、その記事に出てくる「人間」と「キャラクター」の対比についてである。かいん氏は、『けいおん!』の登場人物たちが物語の中で「人間」として描かれているのか、「キャラクター」として描かれているのか、という問題について考察している。まず、唯については、天然で天才肌という設定からも分かるように、極めてキャラクター的な描かれ方をしている。一方で、律は、現実世界でも居そうな性格であり、人間的な描かれ方をしていると言えよう。そして澪は「キャラクターを志向する人間的存在」、ムギは「人間を志向するキャラクター的存在」として描かれている。すなわち、人間−キャラクターという軸で見ると、

(人間)律―澪―紬―唯(キャラクター)

という図式が成り立つ。以上が、かいん氏が述べている内容である。以下では、これをふまえた上で、『Aチャンネル』の主要登場人物るん・トオル・ユー子・ナギについて考えてみよう。

Aチャンネル』の登場人物の分類

まず、るんについて。彼女が最もキャラクター的な描かれ方をしていることは容易に分かる。彼女は天然キャラであり、他の登場人物には見られない独特の感性を持っている。これは『けいおん!』で言えば、唯と同じ位置にいると言って良いだろう。

次に、ユー子について。彼女は胸も大きくスタイルも良い、極端に怖がりで恥ずかしがり屋であるなど、現実には居そうにないキャラクター的設定が多い。しかし、彼女自身は他登場人物との等身大の人間関係を望んでおり、自分を特別視しないでほしいとも思っている。ゆえに彼女は「人間を志向するキャラクター的存在」であり、ムギちゃんと同じ位置にいるわけだ(偶然にも声優まで同じである)。

次に、トオルについて。彼女は、身体や行動に関しては極めてキャラクター的だと言える(バット振り回して突撃とか、普通の人間はやらない)。しかし普段の性格に関して言えば、真面目で大人しく、極端なところは見られないので、人間側に近い。これは逆に言えば、るんちゃんに近づきたいがために、わざとキャラクターを演じているようにも見える。彼女がキャラクター的行動を見せるのは、るんちゃん達と一緒にいる時に限られている(自分の教室にいる時と、4人でいる時とで、性格が変わる)。つまり、トオルは「キャラクターを志向する人間的存在」。

さて、ここまで来ればもうお分かりだろうが、『Aチャンネル』の中で最も人間的な描かれ方をしているのがナギだ。別の言い方をすれば、人間としての読者から見て最も共感を覚える登場人物がナギだとも言える。ダイエットに象徴されるように、ナギは人の目を気にして色々と格好付けたがる傾向がある(友達の前では「お兄ちゃん」ではなくて「兄貴」と呼びたくなるお年頃)。あるいは、雨の日に「濡れるのが嫌だからタクシーを呼ぼう」と言ったり、体育の授業を嫌がったりと、「メンドくさい」「ダルい」的な言動が多いのも重要なポイントだろう。努力とか熱血とかいうものが「恥ずかしい」と思っていて、シニカルな態度を気取ってしまうお年頃。暑苦しい大人(鬼頭先生とか)に対しては「ウザい」と冷めた見方をしているけど、かと言って大人に反抗するのも「ダルい」から、結局そういう気持ちを内に秘めて悶々としている感じ。これは、我々が青年期に必ず一度は感じる心理であり、実に現実的な設定だと言える。

まとめ

前節のことをまとめて、『Aチャンネル』の登場人物を、人間的かキャラクター的かという観点から分類して見ると、次のような軸が成り立つ事が分かる。

(人間)ナギ―トオル―ユー子―るん(キャラクター)

では、こういった分類を行った末に一体どういうことが言えるのか、という点に話を移そう。かいん氏も述べているように、ここで言うキャラクター的な登場人物というのは、性格が極端だったり、いわゆる萌え要素が散りばめられていたりと、端的に説明可能な各「成分」の寄せ集めによって成り立っている。一方で人間的な登場人物というのは、そういった「成分」では容易に説明できないもの、より複雑な性格や行動を示すと言えよう。*2

私がナギの説明に最も多くの文字数を費やしたことからも分かる通り、「人間的」なキャラを一言で説明するのは難しい。逆に言えば、それが重みのあるキャラを作り出しているとも考えられるし、そういうものを徹底的に突きつめると、それは文学の登場人物と変わらなくなる。そう言うと、人間的なキャラの方が優れているかのように聞こえるが、それは時と場合によるだろう。キャラクター的なものを徹底的に突き詰めていったところに、釘宮理恵ツンデレキャラだったり、最近で言えばイカ娘だったりがあるのだから。

ここまで、登場人物を人間的に描かれているか、キャラクターとして描かれているか、という観点から分類する方法について述べてきた。この方法は、他にも様々な作品、特に日常系の萌え漫画などに適用できそうだ。というわけで、私はこの分類法を、提唱者の名を取って「かいん法」と呼び、今後も作品考察のツールとして用いることにしたい。

*1:けいおん!』の物語は全て律の妄想であり、軽音部や他のキャラクターは全て律の理想を投影したものに過ぎない、とする説。

*2:かいん氏は、前者の萌え概念を「でじこ的萌え」、後者のそれを「通俗的萌え」と呼び区別している。