新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『夕焼けロケットペンシル』と「働く」ということ

たまごまごさんが書いた『夕焼けロケットペンシル』の記事(少女が頑張っても頑張ってもダメな現実もあるけど、頑張るんだ「夕焼けロケットペンシル」)を読んで、私も全巻読んでみたんだけど、これがまあ、想像以上に凄いことになってた。要するに何が言いたいかというと、「働く」ということは本当に辛いことなんだけど、それ故に、人は「働く」ことを通して成長できる、ということ。

2巻の46ページにある「受け取った金はすぐレジに入れんな」ってのは、商売やる時の基本だね。お客さんの出した金を確認して、お釣りを渡して、お客さんが帰る時に「ありがとうございました。またお越しください」と言って、それからようやく渡された金をレジに入れる。それをしないと、たちの悪い客から「おい、今1万円渡しただろ。釣りよこせ」って言われた時、何も言えなくなる。金のやり取りを見ていたのはレジ打ちの店員と客だけ。小さな店だと防犯カメラなんて無い。ましてや、お札には名前なんか書いてないぞ。さあ、どうしよう。この他にも、万引きや偽札の可能性なんかを疑い出したらキリがない。だから、基本的な防犯対策はもちろんやってるんだけども、それでもどうしようもない部分は「性善説」で考えるしかない。そして実際、多くの商店では「性善説」でも商売がきちんと成り立ってる。それは言うまでもなく、釣り銭詐欺をしたり、商品を盗んだり、偽札を渡したりする輩がほとんど居ないからだ。たちの悪い客なんてほとんど居ない。けれど、ゼロではない。2巻のラストで万年筆を盗んでいった兄ちゃんみたいな輩に出くわすリスクは常にある。

その兄ちゃんは「クリスマス会に出品するので万年筆を15本売ってほしい」と言ってサトミの店にやって来て、そして「車にある出品リストと照合したいから」とか訳の分からんことを言って万年筆を外に持ち出して行く。サトミだって、店の物を外に持ち出されることに抵抗が無かったはずがない。けれど、その兄ちゃんは悪い人には見えなかったし、それに何と言ったってサトミはまだ小学生なわけで、「そんな事するわけない」という性善説が常に頭の中にある状態だ。逆に「ダメです」とか言って相手に嫌な思いをさせたらどうしよう、という風に考えてしまう。もちろん「その出品リストとやらを車から持って来い」とか「先に15本分の金を払え」とか、落ち着いて考えれば何とかなったはずだ。でも、そんな客が突然やって来たら誰だって混乱するし、そうこうしてるうちに、その兄ちゃんはスタスタと店の外に万年筆を持ち出してしまう。そしたらもう最後だ。その兄ちゃんについて行くことが出来るか? その間無人になるお店はどうする? 第一、金を払ってくれないと分かったところで、一体何が出来るだろう。こっちはまだ子供、相手は年上の男だ。運良く警察を呼べたとして、相手が「これは自分の物」だと言ったらどうする? 商品には名前なんか書いてない。店には防犯カメラもない。3巻では、サトミの父親が機転を利かせて万年筆を取り返してくれたけど、それだって運が良かったからであって、サトミ一人の力じゃどうする事も出来ないわけだ。以上、漫画の描写を基に、私がサトミの心理を想像して書いた。

この世界から犯罪をゼロにすることが出来ないのと同じように、こういう輩に出会う確率をゼロにすることもできない。これはもう商売をやってる以上、仕方のないことなんだよね。けれど、サトミのような純粋な心を持った人からすれば、ショックはあまりにも大きい。それこそ人間不信になるくらいに。でも、こういう辛い経験を通して、人は成長して行くんだよね。それは「ああ、こういう客も居るんだ、次から気をつけよう」っていう事でもあるんだけど、やはり第一には、そういう経験を通じて日常の中の関係性を再確認するという効果が大きいんだと思う。いつも千代紙を買ってくれるお婆ちゃん、いつも原稿用紙を買ってくれる漫画家、その他、自分を必要としてくれる人がいる、というありがたさ。そして何より、自分のことを気遣ってくれる幼馴染や家族の存在。それを再確認できたからこそ、サトミは立ち直ることが出来た。

繰り返しになるけど、働いている以上、辛い事や理不尽な事と向き合わなければならない場面は確実にある。楽な仕事なんてない。冒頭で紹介したたまごまごさんの記事でも書かれてるけど、サトミは文房具店で働くという経験を通して、何度も何度も辛い目に遭う。けれども、それを乗り越えることで、確実にサトミは成長してゆく。「辛い」「苦しい」と思った経験でも、それは将来必ず自分の糧になる。「若い時の苦労は買ってでもしろ」とは良く言ったものだね。あるいは、扶養家族がいるとか、今ここで稼がないと生活費が足りないといった状況にでもなれば、また考え方も変わって来るのかもしれないけど、自分はそこまで追い込まれたことはないからよく分からない。ほんと、「働く」って何なんだろうね。