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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『ココロコネクト』第9話考察

アニメ ココロコネクト

※作品に対する様々な考え方を併記するために、対論形式の記事にしてあります。

『欲望解放』と「自制」の問題

司会者  『ココロコネクト』第9話で、ようやく問題解決への道筋が見えてきました。前回、前々回のどんよりした空気が少し晴れて。光が差し込んできた感じがしました。『欲望解放』を乗り越えるのも、あと一歩ですね。

九州人  「傷つけ合うくらいなら離れた方が良い」から、「友達って傷つけ合うものなんじゃないか」への発想の転換は、まさに『人格入れ替わり』の時と同じですね。太一も伊織も皆、傷つけ合う事を過度に怖れて身動きが取れなくなりかけていたけれども、ごっさんや藤島さんといった外部の視点を入れることで、問題の見方がガラッと変わっていったんですね。

アニオタ  太一いわく、「傷つかなくてみんなと離れるより、傷つくことがあってもみんなといたいと思った」。良い言葉ですねえ。この言葉で伊織はもうイチコロですよ。部室に置かれたカバンからも、関係が修復されていく様子が良く分かります。最初は1つだったカバンが、2つになり、3つになった。オープニングにあるように、カバンが5つ並ぶ日も近いでしょう。

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司会者  ところで、青木と太一が唯の部屋で言っていたことは本当なんでしょうか? 青木の言っていた事をまとめると次のようになります。――今から唯と2人でラブホに行って『欲望解放』が起こったとしても、唯を傷つけたくないという願望の方が優る自信がある。だから唯の場合も、『誰も傷つけたくない』という欲望は、『こいつをぶちのめしたい』という欲望に打ち勝つことが出来るはずだ。――果たして本当に、青木と太一の言うように、唯はもう人を傷つけることはないのでしょうか。

カント主義者  そんなことある訳ないだろう。そういう「自制」が効かないのが、今回の現象の恐ろしいところなんだから。

心理学者  でも、人間には「学習」する能力というものがあります。唯はこれまで、人を傷つけるという事がどういうことか、よく分かっていませんでした。しかし、一度失敗して後悔することで、「もう二度と人を傷つけたくない」という願望が芽生えたわけですから、今後は欲望解放が起こったとしても暴力を振るう事はなくなるのではないでしょうか。

カント主義者  果たしてそうだろうか。現に唯は、欲望解放によって「おいしい物を食べたい」という衝動に駆られて失敗している。それも、作中で見る限り2回もだ。つまり、唯は一度食欲の解放によって失敗して「もう二度とヤケ食いなんかしない」と強く思っているはずなのに、結局、欲望解放時には「おいしい物を食べたい」という欲望に打ち勝てていないわけだ。その点を考慮すると、今回の太一と青木の主張には説得力が欠けていると思うのだが。

心理学者  「人を傷つけたくない」と「太りたくない」とでは、自制の強さが全然違います。もし唯が本気で、心の底から願っているのならば、欲望解放が起こっても一時の快楽に流されることなく、自制することが出来るのではないでしょうか。

九州人  正直、実際に唯が暴力を振るうのか振るわないのかは、あまり関係がないと思います。要は、唯が納得して学校に行けるようになれば良いんですよ。青木と太一の説得にも、『人格入れ替わり』の時と同じような「発想の転換」が入っています。「一度失敗したから次も失敗するに決まってる」という思い込みを、「一度失敗すれば、次からは注意して失敗しないようになる」という風に転換することで、唯は救われたんですからそれで良いじゃないですか。

カント主義者  まるで、はしか・風疹じゃないか。一度失敗すれば大丈夫、なんて都合の良い話があるわけない。

心理学者  結局のところ、欲望解放現象で言うところの「欲望」がどういうものなのか、それによって解釈が全然違ってくるんだと思います。「相手をぶちのめしたい」とか「セックスがしたい」といった気持ちのことを願望と言う事もあるし、「人を傷つけなくない」という気持ちを願望と言う事もできる。もっと特殊なのが太一の例です。太一は欲望解放によって伊織を傷つけてしまいましたが、この時太一は「伊織をぶちのめしたい」と思っていたわけじゃなく、「唯を救いたい」と思っていて、その欲望が空回りした結果として伊織を傷つけているんですね。

司会者  なるほど。欲望解放の帰結として、その人の本来の願望とは違う、意図しない結果が現れてくることもあるわけですね。

心理学者  何をもって「願望」と定義しているのか。欲望解放によって生じた「結果」でもって、それがその人の「願望」だったと単純に判断して良いのか。その辺りの問題を解決しないことには、『欲望解放』という現象を理解することは出来ないと思います。

偽オーディション問題と作品のテーマ

唯信者  何はともあれ、唯が立ち直ってくれたのは良かった。やはり持つべきものは親友ですね。一人では解決できない問題も、太一や青木をはじめとする友人達がいれば解決できる。そういう事を気付かせてくれるのが、『ココロコネクト』という作品だと思います。

九州人  そんなテーマを扱っている作品なのに、偽オーディション問題みたいなことをやっちゃうっていうのが、何ともいえずクリティカルですね。今回の騒動の何が一番すごいって、この作品は本来、仲間との絆の大切さがテーマの作品であるのに、そういった絆が時として排他的・暴力的になり、いじめや差別の温床にも成り得るということを、スタッフ自ら身をもって示したということだと思います。

アニオタ  スタッフ自ら、原作のテーマを否定してどうするんだ、って話ですよね。しかし、いじめや差別の温床になり得る陰湿な人間関係と、文研部のような本当に良い人間関係との間では、一体何が異なるんでしょうか? 今回の騒動を通して、そんな事をふと思いました。

カント主義者  そんなもの、両者に根本的な違いなど無いよ。人間関係っていうのは、常に二面性を持っているんだ。

九州人  そんなことは無いですよ。これは私の個人的な意見ですが、やはり「ただ楽しいから」という理由だけで集まっている関係は、あまり良好な関係じゃないと思います。

アニオタ  なるほど。例えば今回、伊織は太一や青木に対してはっきりと自分の考えを口にすることが出来ました。太一には「独りよがり」だ、青木には「嫉妬し過ぎ」だ、と。ただ一緒に居て楽しいと思える空間を追求するだけじゃなくて、そういう空間を一時的に壊すリスクを冒してでも「おかしい」「間違ってる」と思う事ははっきりと口に出す。そういう事を、欲望解放の力を借りずに自然に行える人間関係こそが、本当に良好な人間関係と言えるのかもしれません。

司会者  この問題が今後どう影響してくるのかは未知数ですが、いずれにせよ、次回はキズランダム編のクライマックスです。稲葉が再び心を開き、部室に戻ってくるまでの過程がどのように描かれるのか、注目していきたいと思います。