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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『ココロコネクト』第10話考察

アニメ ココロコネクト

※作品に対する様々な考え方を併記するために、対論形式の記事にしてあります。

はじめに

司会者  アニメ『ココロコネクト』も第10話にして、ようやく稲葉の真の姿、デレばんが現れてきました。

九州人  ぐあああああ!!!!! 稲葉ん可愛いよ稲葉ん!!!!!

アニオタ  畜生! 太一ばかりもてやがって! くそう! くそう!!

カント主義者  だ、誰か! 壁殴り代行業者を呼んでくるんだ!!!

司会者  皆さん落ち着いて下さい! 欲望解放は後にして下さい! 今回はキズランダム編のクライマックスだったんですから、きちんと対論をしていただかないと…。

九州人  先程は取り乱してしまいすいません。今回の稲葉のエピソードは、次の4つの観点から考察出来ると思います。第一に、勇気を持って悩みを打ち明けることの重要性。第二に、絆を維持するために「期待されている自分」を演じる必要は無く、あるがままの自分を肯定すべきということ。第三に、自分以外の視点を入れてみる事で自らのネガティブな思考を相対化するということ。そして第四に、傷つけ合うことに対する恐怖の解消。それらについて、順番に考察してゆく事にしましょう。

  1. 悩みを打ち明けるということ
  2. ありのままの自分を肯定するということ
  3. 自らの思考を相対化するということ
  4. 傷つけ合う事を怖れずに前に進むということ

悩みを打ち明けるということ

九州人  悩みを一人で抱え込まずに勇気を持って仲間に相談することの重要性は、人格入れ替わりの時にも指摘されていました。前回も、そして今回も、稲葉は悩みを打ち明けることで文研部の関係を壊してしまうのではないかと恐れ、問題を一人で抱え込んでしまいました。そんな稲葉を、前回は太一が、今回は伊織が説得することで、稲葉はようやく心の内に秘めた思いを打ち明けることができました。前回太一が述べたのは「悩みを一人で抱え込んでいたら深刻に考え過ぎてしまって良くないから、皆に相談すべきだ」といった事でしたが、今回の伊織は「世の中は稲葉んみたいに察しのいい人間ばかりじゃないんだから、ちゃんと自分の気持ちを言ってよ!」と説教していました。

寂しいなら寂しいって言ってよ! それがなくなってしまわないかそんなに不安なら言ってよ! 世の中は稲葉んみたいに察しのいい人間ばかりじゃないんだ! 察しの悪い人間にわかって欲しかったら言ってよ! 恥ずかしくて不安かもしれないけど、言ってよっっっ!*1

司会者  結局、形は多少違いますが、稲葉は2回同じ過ちを犯してしまったわけですね。

九州人  そういう事になります。前回は人間不信な自分を知られる事を怖れて、今回は自分の恋心を知られる事で「相手を傷つけてしまうのではないか」「今の関係を壊してしまうんじゃないか」と考えて、稲葉は自分の気持ちを表に出せずにいました。しかし、そういった不安があったとしても、とりあえず気持ちを伝えることが大切だ、という事にようやく気づけたんじゃないかと思います。

ありのままの自分を肯定するということ

九州人  恋心を打ち明けることで文研部の関係を壊してしまうんじゃないかという不安とは別に、稲葉がずっと不安に思っていたのは「こんな自分が文研部に居ていいのか」という思いだったわけですね。人格入れ替わりの時もそうでしたが、稲葉はずっと「自分」というものを肯定できずに苦しんでいたんだと思います。そんな稲葉に対して、伊織は「どんな稲葉んでも好きだよ」ということで説得を試みます。

「アタシはお前らみたいに『いい人間』じゃないんだよっ!」
「じゃあそんな稲葉姫子のことが好きなわたしはどうしたらいいんだよっっ!」
(中略)
「でもそれは虚像の……強くてなんでもできる稲葉姫子だろ……。こんな……弱くて醜いアタシじゃ――」
「わたしはどんなぼろぼろの稲葉んでも好きだよっ!」*2

九州人  稲葉はこれまで、文研部の牽引役として自分を強く見せていたところがありました。そんな稲葉を見て、文研部のメンバーも「すごい」とか「頼りになる」とか言ってきて、稲葉もそんな文研部に自分の居場所を見出していきました。でも、稲葉にとって本当に必要だったのは、表向きの虚像の稲葉ではなくて、本当の自分、ありのままの自分を肯定してもらうことだったんじゃないかと思います。

アニオタ  でも、ありのままの自分を肯定してもらうって結構難しいですよね。誰だって、人には見せない本性があって、人と接する時にはもっともらしい自分を「演じている」わけですから。それを乗り越えてありのままの自分を肯定し合える稲葉と伊織の関係って、本当にすごいと思いますし、まさに「親友」と呼ぶにふさわしいと思いますね。

九州人  実はこの「ありのままの自分を肯定する」というテーマは、原作小説の第4巻でも非常に重要なファクターになっているんですね。この巻では、『感情伝導』という現象によって伊織が…

司会者  申し訳ありません。これ以上はネタバレになりますので、次のテーマに移りたいと思います。

自らの思考を相対化するということ

九州人  3つ目の観点が、「思考の相対化」です。これも人格入れ替わりの時以来ずっと言われ続けていたテーマですね。一人で悩んでいては解決しない問題でも、仲間に相談して別の視点から考えてみることで、案外うまく解決できる場合がある。そういった考え方がこの作品の根底にはずっと存在しています。

  • 「男の人が怖い」→「いざとなれば股間を蹴り上げればいい」
  • 「仲間を信頼できない」→「それってただの心配性じゃね?」
  • 「本当の自分って何?」→「誰だって周りに合わせてキャラを変えたりする」
  • 「仲間を傷つけたくない」→「傷つけ合わないと真の友情は得られない」
  • 「人を傷つけるのが怖い」→「今からラブホに行って大丈夫な事を証明してやる」

カント主義者  まあ、中には多少屁理屈っぽい話も混じってはいるがね。

九州人  今回の稲葉の場合、仲間を傷つけること、文研部という空間を壊してしまうことを極端に恐れ、心を閉ざしてしまいました。次のような発言から、それを窺い知ることが出来ます。

「アタシはずっと1人だった! ずっとずっと一人だった! けれど高校に入って仲間と呼べる存在を初めて得られた……。だから……どうあってもそれを失いたくはなかったんだ!」*3
「アタシは……もういるだけで伊織と太一の邪魔者だ……。それに……、アタシはあの文研部の関係を壊したくなんかない……。だからアタシは部室には……戻れない」*4

九州人  しかしここには「好きな男を取り合えば、伊織との関係や文研部という空間を壊してしまうのではないか」という思い込みがあるわけです。そんな稲葉に、伊織が次のように語りかけます。

「稲葉んなら、友人の好きな男を奪い取って尚かつそれほど気まずくならず、円満に全てを解決することだってできるんじゃないの!?」
「永瀬伊織と稲葉姫子の友情は、好きな男を取り合ったぐらいで壊れないよっっっ!」*5

九州人  稲葉んは自分の恋心を犠牲にしないと文研部の関係が維持できないみたいなことを言うけど、そんなことしなくたって両方手に入れることのできる選択肢だってあるんじゃないの? 仮に、好きな男を取り合うことで一時的に関係がこじれても、その程度の事じゃ二人の友情は壊れないはずだ。こんな風に、稲葉に別の視点を提示してあげることで、稲葉はようやく、「傷つけ合うことの苦悩」から解放されたわけですね。『人格入れ替わり』の時に、太一が唯・稲葉・伊織に対して行ったことを、今度は伊織が稲葉に対して行ったわけです。

傷つけ合う事を怖れずに前に進むということ

九州人  そして、キズランダム編において最も重要なテーマだったのが、「傷つけ合う事を怖れるな」という事だったと思います。今思い返してみれば、その事を初めて気付かせてくれたのは、ごっさんと藤島さんでしたね。ですから、今回のエピソードにおける一番の功労者はこの2人だと思います。

経済学者  以前私は、稲葉の心理をゲーム理論風に解説して見せました。対話すれば当然ぶつかり合うことになる、でも、ぶつかり合うことを怖れていれば対話はなくなってしまう。そんなジレンマが存在するのは、単に人間関係だけではなく、国際社会や民族対立や人種差別など、あらゆる分野に及んでいると思います。人種も宗教も言葉も違う人々が一緒に暮していれば、当然激しい対立が起こります。でも、対立を怖れてそれぞれの間で全く交流もせずに生活することが正しい事だとも思えません。このグローバルな社会の中で重要なのは、対立を怖れて殻に籠ってしまうことではなく、たとえ対立するというリスクを冒してでも前へ進むということなんだと思いました。

司会者  なんだか、話が壮大になってきました。

経済学者  で、稲葉と伊織に話を戻しますが、この二人の間でも、これから好きな男を奪い合う激しい女のバトルが始まるわけです。それはもしかしたら、二人の絆にヒビが入り、文研部の良好な関係を壊してしまうものかもしれない。それでも、彼女達は逃げずにこの問題と向き合ってゆくと決断しました。この2人の勇気に敬意を表したいと思います。

アニオタ  そう言えば、『HUNTER×HUNTER』に「その人を知りたければ その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」という言葉がありましたね。欲望解放によって文研部のメンバーは嫌というほどぶつかり合いました。それが結果的には、相手の事をより深く知ることに繋がり、彼らの友情はさらに深まったと言えるでしょう。

まとめ

司会者  では最後に、キズランダム編(第6話から第10話まで)の総評を、ここまでずっと議論に参加してくださったあの人にお願いしたいと思います。

カント主義者  了解しました。このキズランダム編は、私の専門とするカント哲学の観点から見ても非常に面白いものだった。私は最初に、今回の欲望解放現象によって「本当の自分」のようなものが現れてくるのではないか、という考え方を否定した。人間は本来理性的な存在であって、欲望に支配された状態を「本当の自分」などと呼ぶのは間違っている、と。しかし、世間一般では、そういう風に割り切って考えることが非常に難しい、ということも痛感した。この現象によって誰かが傷ついてしまった時、「欲望解放状態だったんだから仕方がない」と割り切ることは、傷つけた方も傷つけられた方もなかなか難しい。ゆえに、傷つけ合うのが怖いから皆と距離を置いてしまう、という状況に陥ってしまう。そんな苦しい状況を救ったのが、ごっさんと藤島の言葉だった。傷つけ合うというマイナスをプラスに変える発想の転換だ。前半の重苦しい空気がパッと変わり、少しずつ晴れ間が戻ってゆく展開は実に清々しかった。最後にもう一度、太一が述べた「傷つかなくてみんなと離れるより、傷つくことがあってもみんなといたいと思った」という言葉を噛みしめて、私の総評を終えたいと思う。

司会者  ありがとうございました。次回からはいよいよ、原作小説の第3巻の内容に入ってまいります。

カント主義者  ちょっと待ちたまえ。まだ、今回の稲葉んがいかに素晴らしく可愛かったか、という事について述べていないのだが…

司会者  大変申し訳ありませんが、そのお話は非常に長くなりそうなので、また別の機会にお願いします。皆さま、どうもありがとうございました。

*1:第2巻、272P

*2:第2巻、273~274P

*3:第2巻、272P

*4:第2巻、276P

*5:いずれも第2巻、278P