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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『電脳コイル』と『ソードアート・オンライン』に共通する思想

本物って、何? 手で触れられるものが本物なの?
手で触れられないものは本物じゃないの? 今、ここにあるものは何?
間違いなく今、ここにあるものって、何?
胸の痛み。 今、本当にここにあるものは、この胸の痛み。
これはまやかしなんかじゃない。
手でふれられないけど、今信じられるのは、この痛みだけ。
この痛みを感じる方向に、本当の何かがある。*1

確かにここは仮想の世界で、目に見えるものはみんなデータの偽物かもしれない。でも、わたしたちは、わたしたちの心だけは本物です。なら、わたしたちが経験し、得たものだってみんな本物なんです*2

結局、『電脳コイル』や『ソードアート・オンライン』で一貫して述べられていることは、

大切なことは、現実か仮想かではなく、自分が何を感じ何を思ったかだ

という一言に尽きると思います。そしてこれは、意外に思われるかもしれませんが、科学的思考を突き詰めていった時に必然的に導き出されてくる結論なんですね。

現実世界も、仮想世界も、本質的にはまったく同じものなのだ。
なぜなら、人間は五感で収受した情報を脳で処理することによってのみ世界を認識しているからだ。ネットゲームが偽りの世界足り得るのは、マシンのスイッチを切ることによっていつでも離脱できるというその一点においてのみなのだ。
脳が電子パルスによって認識する、ログアウト不可能の世界。
それは、現実世界を説明する言葉そのものだ。*3

要するにSAOでは、仮想世界で得た経験の価値を現実世界レベルにまで引き上げることによってではなく、現実世界というものの価値を徹底的に揺さぶることによって、結果的に現実と仮想がほとんど等価であるという思想が導き出されているわけです。そしてこれが、現実か仮想かで価値を判断することは無意味であり、大事なのは自分がそこで得た感情や経験なのだ、という上のメッセージに繋がってきます。

電脳コイル』や『ソードアート・オンライン』で述べられていることは、人類にとって非常に根源的な問いかけであって、科学技術の発達に伴って今後ますます重要になってくるものだと思います。

*1:引用:『電脳コイル』、第24話

*2:引用:『ソードアート・オンライン』、第1巻、278~279P

*3:引用:『ソードアート・オンライン』、第4巻、163~164P