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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

受け継がれるゴンゾの遺伝子と「スカートはいてない」の誕生―『咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A』私論

アニメ

株式会社ゴンゾとそれに関連するアニメのパンツ表現についてちょっと整理してみよう。視聴者の期待や表現規制を逆手に取る「ぱんつはいてない」表現がいつ頃から始まったのか、詳しいことはよく分からないが、アニメ『咲-Saki-』が放送された2009年を一つの節目として考えることはできる。アニメ『咲-Saki-』は、「ぱんつはいてない」表現の最も洗練された完成形として後世まで語り継がれることになるであろうが、これを製作したのが、言うまでもなく株式会社ゴンゾである*1。ゴンゾは、他にも多数の「ぱんつはいてない」アニメを製作してきただけでなく、2008年放送のアニメ『ストライクウィッチーズ』において「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」を生み出すなど、日本アニメのパンツ表現においてパイオニア的存在であると言って間違いないだろう。ゴンゾ自体は経営不振により2009年に新しい経営体制に変わってしまったが、ゴンゾの第5スタジオのスタッフが独立して誕生したのが、Studio五組である。その初の製作作品である『Aチャンネル』では、極めてチャレンジングなパンツ表現が見受けられ、これを「メタ・ぱんつはいてない」と称する向きもある(詳しいことは、ブログ「水の音、無形の雫」の可視化される不可視性〜メタ・パンツはいてない〜 『Aチャンネル』という記事を参照していただきたい)。まさにこのStudio五組こそ、パンツ表現のパイオニアとしてのゴンゾの遺伝子を最もよく受け継いだ製作会社であると言えるだろう。

そのStudio五組が満を持して発表したのが、『咲-Saki-阿知賀編 episode of side-A』である。ここで我々は、「ぱんつはいてない」の進化系とも言うべき新たなパンツ表現を目撃した。

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主人公・高鴨穏乃が本来はいているべきパンツとスカートの類*2は、いずれもジャージによって隠されている。本来ならば「見える」はずの衣類は、視聴者からは一切確認できない。「ぱんつはいてない」「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」「メタ・ぱんつはいてない」に次ぐ、第4のパンツ表現、「スカートはいてない」の誕生である!

そもそも「ぱんつはいてない」が誕生した背景には、パンチラの多用によってそれが視聴者に与える性的インパクトが薄らいでしまうという懸念と、公共の放送における性的表現の規制の高まりがある。パンツが見えるか見えないかのギリギリを描くことによって、場合によっては直接パンツを描く以上に性的インパクトのある映像が生まれるという現象は、21世紀の日本アニメにとって最も重要な発見の一つだったと言えよう*3。そこでは我々視聴者は、キャラクターがパンツをはいているのか、はいていないのかを確定させることは出来ない。あたかも「シュレーディンガーの猫」のたとえ話のように、キャラクター(と我々の意識)は「はいている状態」と「はいていない状態」の間で宙吊りになっている。

それを踏まえた上で今回の「スカートはいてない」を見てみると、パンツに関する不確定要素が「ぱんつはいてない」よりも多くなっていることが分かる。すなわち、我々の意識は、

  1. パンツもスカートの類も両方はいていない状態(露出狂・裸族)
  2. パンツもスカートの類も両方はいている状態(常識人)
  3. パンツははいているけど、スカートの類ははいていない状態(スト魔女方式)
  4. スカートの類ははいているけど、パンツははいていない状態(ノーパン主義)

という4つの状態の間を宙吊りになっている。ここでさらに注目すべきなのは、「スカートはいてない」状態のキャラクターは主人公・高鴨穏乃だけであり、他の登場人物は通常の「ぱんつはいてない」状態になっているという点だ。スカートをはいている他キャラクターは、スカートをはいていないように見える穏乃とも普通に接している。そして、他キャラクターが少なくともスカートははいている以上、作中の世界はスカートの類をはかないで外を出歩けるような世界観にはなっていない。ましてや、穏乃本人も、麻雀をする時以外は、普通のスカート(学校の制服など)を着用している。であるからして穏乃も、ジャージに隠れてしまってはいるものの、何らかの衣服(パンツの上からはく衣服)を着用しているのだろうと推察される。上半身がジャージであることを勘案すれば、体操服の短パンもしくはブルマを着用している可能性が高い。余談だが、『Aチャンネル』の例からも分かる通り、Studio五組はブルマ表現のエキスパートであり、同作の主人公・トオルの「ブルマはいてない」表現に近い描写があったことも記憶に新しい*4

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以上のような点からして穏乃は、少なくともパンツの上からはく衣類については、何らかのものを着用しているという事が強く示唆される。ブルマの類に限った話であれば、はいてない・はいているの間の宙吊り状態は、完全なる不確定ではなく、限りなく「はいている」に近い宙吊りであると言えるだろう。しかし、パンツに関して言えば、推察できる事柄は全く見受けられなくなる。我々がブルマの類を「はいている」と推察する材料となったのは、他のキャラクターがスカートを着用しているという事実だった。しかし、その彼女らであっても、「ぱんつはいてない」状態であることには変わりない。穏乃のジャージの下はどうなっているのか分からないが、ブルマの類をはいているだろうということまでは推察できる。しかし、それでもなお、その下には未知の領域が残されている。

このように、「ぱんつはいてない」以上に視聴者に様々な事を示唆させる「スカートはいてない」という手法は、次世代を担うパンツ表現と成り得るものであり、Studio五組ならびに原作者・小林立のチャレンジ精神は称賛に値するものである。我々は今、新しいパンツ表現の誕生する歴史的瞬間に立ち会っているのだ。

*1:正確には、アニメ14話までをゴンゾが担当し、それ以降は製作協力という形で参加している。

*2:スカート・ズボン・短パン・ブルマなど、要するにパンツの上からはく衣類のこと。

*3:これは、パンチラ表現を是としない表現規制派にとっては、冷や水を浴びせられるような皮肉な出来事であっただろう。

*4:体操服の裾が長過ぎてブルマが見えなくなってしまってるだけということが作中で明記されている以上、「スカートはいてない」状態であるとは言いがたいが、『咲-Saki-阿知賀編』にもつながる注目すべき表現であることは間違いない。