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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『氷菓』のオープニングに京都アニメーションの本気を見た

アニメソング 古典部シリーズ

いやー、驚いた。アニメ『氷菓』のオープニング映像の圧倒的クオリティ。オープニングがそのアニメの「顔」となる以上、そこに持てる技術の全てを注ぎ込むのは当たり前と言えば当たり前だが、それにしても京アニ、頑張りすぎでしょ。

まず目を引くのが、灰色の画面に波紋が広がってゆく演出。下の画像を見ても分かるように、波紋の内側だけ色が付いていて、外側は白黒になっている。灰色で無味乾燥な奉太郎の心象風景が、里志・える・摩耶花と出会う事で初めて潤い鮮やかになってゆく、ということをよく表現している。

奉太郎が一人で階段を降りて(左上)、渡り廊下で里志と合流し(右上)、さらに階段を上がった所で摩耶花とも合流し(左下)、3人一緒にえるの居る部室に入って4人全員がそろう(右下)、という一連の流れが描かれているのがまた粋だ。

で、その後に続くのが、部室で他3人が議論している中で興味なさそうに奉太郎が本を呼んでいる場面。遠近法を駆使して斜め上から部室全体を描く構図は、言うまでもなく、同じ京アニ製作のアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の第9話「サムデイ イン ザ レイン」を彷彿とさせる。「サムデイ イン ザ レイン」では窓側から部室を描いているのに対して、『氷菓』ではその逆、すなわち、出入り口側から部室を描いている。

このように、過去の京アニ製作作品との関連性を指摘できる場面は他にもあって、例えば、オープニング中盤のどんよりした雨空と、サビの青空との対比は、アニメ『日常』のエンディング映像で、始めは雨が降っていた空が綺麗な夕焼け空に変わってゆく描写と似ている。

こういった天気の移り変わりから登場人物の心情の変化等を表現するのは、京都アニメーションの特徴なのかもしれない。

さらに、個人的に最も凄いと思ったのが、サビでえるが部室に入って来る場面。


  1. えるが部室の扉を開けて(左上)、
  2. それを他3人が見て(右上)、
  3. えるが奉太郎に駆け寄ってきて(左中)、
  4. その手を掴んで(右中)、
  5. 引っ張り上げて(左下)、
  6. 部室の外に連れ出してゆく(右下)

という一連の流れを描写する過程で、画面の構図が、

  1. 部室の中から、えると廊下を描き、
  2. えるの後ろから、部室全体を描き、
  3. えるの真横から、走り寄るえると机を描き、
  4. えるの後ろから、えると奉太郎の手を描き、
  5. 部室の窓側から、部員4人を描き、
  6. 廊下側から、立ちあがる部員達を描く

という具合に目まぐるしく変わってゆく。ここでは、オープニング前半の暗く静かな風景とは対照的に、躍動感あふれる賑やかな日常が描かれている。この対比も、里志・える・摩耶花との交流を通して奉太郎の心が変わってゆくことをよく表している。

そして、その後には、部員4人が河川敷の階段(左上)、神社の階段(右上)、学校の渡り廊下(左下)、河川敷の橋(右下)で一緒にいる場面が描かれる。

このほのぼのとした日常風景を見て、アニメ『けいおん!』第1期のオープニング映像との関連性を指摘することもできるだろう。事実、『けいおん!』のオープニング映像にも、軽音部メンバー4人が河川敷に居たり、階段を駆け下りたり、走って橋を渡っている場面が描かれている。

以上の点をまとめてみよう。

  • 波紋、サムデイ・イン・ザ・レインと同じ構図、雨空と青空との対比、河川敷、というように、「水」に関連した表現が多く見られた。
  • 雨空と青空、灰色とカラー、静かな日常と躍動感あふれる日常、といった対比を通して、奉太郎の心の変化が示唆されている。
  • 涼宮ハルヒの憂鬱』『日常』『けいおん!』『フルメタル・パニック!ふもっふ?』*1といった、過去の京アニ作品との関連性が指摘できる。

実に内容の濃い、これ以上ないと言っても良いくらいのオープニングだったと思う。『けいおん!』第2期の2クール目のオープニング映像を初めて見た時と同じかそれ以上の強い衝撃を受けた。