新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『銀の匙』第1話考察―理不尽な自然と向き合った時に得られるもの

荒川弘のエッセイ漫画『百姓貴族』には「農家の常識は社会の非常識」という台詞が登場する。高校入学まで全く農業と縁のない生活を送ってきた八軒勇吾にとって、エゾノーは正に「非常識」に満ち溢れた世界だった。家畜の放つ強烈な臭い、ニワトリの頭を切り落とす上級生、理不尽なほどに広い校内、巨大な農耕馬を難なく乗りこなすクラスメイト。そんな中でも一番八軒を戸惑わせたのは、周りの多くの生徒が具体的な将来の夢を持ってこの学校に入学してきたという事実だ。獣医、農家、酪農家など、様々な夢を持っているクラスメイトとは対照的に、ただ漠然と学力競争や両親から逃げるようにエゾノーにやってきたという負い目が八軒にはある。「なんだ、この、将来の夢持ってなきゃダメ人間みたいな空気は…」。

元来、八軒は良くも悪くも完璧主義な性格をしている。勉強も、与えられた仕事も、完璧にこなさなければ気が済まない。だから、教科書も徹底的に読み込み、内容を理解しようとする。ところが、教科書に載っている知識は、エゾノーでは全く通用しない。毎日が理不尽なハプニングの連続で、思い通りにいかない世界。子牛やニワトリは逃げるし、風でビニールハウスは壊れる。人がどんなに努力しても、自然を完璧にコントロールすることは不可能だ。それは、答案用紙上で完璧な解答を作ることができると信じ、それを目指して多大な努力を続けてきた八軒にとって、大きなカルチャーショックだったに違いない。

それでも八軒は、このエゾノーでの生活を少しずつ受け入れ始めている。卵が肛門から出てくるところを目の当たりにして、最初は抵抗を感じていた卵かけご飯も、最後には食べられるようになった。それは、彼にとってエゾノーでの生活が、活力と喜びに満ち溢れたものだからだ。汗を流した後に食べる食事の美味しさ、自然への畏怖と感動、自分の常識が通用しない世界との接触。そのどれもが、机の上で勉強するだけでは決して得られない体験であり、八軒は口では色々と愚痴を言いつつも、エゾノーでの生活に「居心地の良さ」を感じ始めているのだろう。そしていつか、この居心地の良い広大なエゾノーの大地で、自分のやりたい事、将来の夢を見つけられる日が来るだろう。

シャーマンキング』の木刀の竜は、自分の居心地の良い場所=ベストプレイスにこそ、自分のやりたい事があると言った。八軒にとって、エゾノーでの生活は決して「逃げ」などではなく、本当にやりたい事を見つけるための大切な時間なのだと思う。今後話が進むにつれて、エゾノーが彼にとっての掛け替えのないベストプレイスになってゆくことだろう。