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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

結局私たちはみんな『恋愛ラボ』の真木会長のように、的外れでおバカな妄想を繰り広げている恥ずかしい生き物なんだ

普通のスポーツや文化系の活動とは異なる、一般人から見たらどうでも良いと思えるようなことに青春をかける作品として、『ベン・トー』や『学校の階段』などが挙げられるが、今期からアニメ版が始まった『恋愛ラボ』もまた、そういった作品の一つである。この作品では、生徒会長・真木夏緒を始めとする個性的な面々が恋愛について真面目に「研究」をしているわけだが、その内容がパンをくわえながら男子と出合い頭にぶつかる練習だったり、男子がドキッとする女性の仕草についての考察だったりと、何処となく「ズレ」た活動ばかりしていてそれが読者の笑いを誘う作りになっている。これは、キスしただけで妊娠してしまうと勘違いしているお嬢様とか、ヒロイン達とのフラグにことごとく気付かない鈍感主人公といった設定のように、恋愛というものに対する捉え方の違いを利用したギャグの一種であり、実際に多くの読者が、恋愛経験の乏しい夏緒達のどこか「ズレ」た行動や恋愛観を見ながら「いやいやそれはねーよwww」とツッコミを入れつつ読み進めていると思う。

確かにこの作品にはそういう側面もあるんだろうけれど、私はこの作品を読んで、じゃあ果たして私たちは、恋愛ラボの的外れでおバカな活動をバカにして笑うことができるんだろうか、とふと思ってしまった。というのも私たち人間は皆、男女・年齢・人種などを問わず、他人から見れば本当に些細でバカらしい事に一喜一憂し、どうでも良い事や無価値なことに全身全霊で取り組んでいる生き物ではないだろうか。この作品はまさに恋愛ラボ(研究室)という空間の中で恋愛について大真面目に研究をするものであるが、現代科学が始まったばかりの時期には多くの研究者が、今日の科学的常識からすれば考えられないような錬金術や魔法の類を真剣に研究していたし、私たちも子どもの頃には、今から考えると有り得ないこと、馬鹿馬鹿しいことを本気で信じていたり、中二病的な恥ずかしい妄想に明け暮れたりしていたわけだ。

だから、真木のことを嗤える人間なんてこの世に誰一人として存在しない。それでも、自分の恥ずかしいところを見られたくない、かっこいい自分でありたいと思う私たちは、他人と違う事や馬鹿馬鹿しい事に必死になっている人たちを見下し嗤うのだ。それが相手を嗤うと同時に、自分自身を嗤う行為であるとも気付かずに。だからこそ、リコのような指摘をしてくれる人は、非常に重要だ。

みんなのために頑張ってきた奴を簡単に笑うな!
それにカッコいい彼氏がほしいとか かわいく思われたいとか
一度も妄想したことない奴いるか!?
恥ずかしいけど あたしだってあるよ
そんなの・・・フツーだろ
(『恋愛ラボ』第1巻、P110)

周りの空気に飲まれることなく、正しいことを主張できる勇気。自分の恥ずかしい内面を隠すことなく、それが普通なんだ、みんな同じなんだと言える勇気。こういう勇気ある行動のおかげで、我々は自分や相手を客観的に見つめ、有意義な議論を進めることができるのだろう。政治を志す人が肝に銘じていなければならないのは、人の数だけ異なる恋愛のあり方があり、人の数だけ異なる生き方があるという事に違いない。