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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『寄り道ファミリ』私論―高度にルール化された「家族ごっこ」

4コママンガ

萌え4コマ漫画に代表される、女の子どうしのユル~い日常を描く作品では、登場人物どうしの「共有」の感覚が大切にされているように思う。それには、「物理的な共有」と「精神的な共有」とがある。「物理的な共有」とは、物語の舞台となる「場」や、そこで起きた出来事を共有するという意味だ。『けいおん!』の軽音楽部、『ゆるゆり』の娯楽部、『ゆゆ式』の情報処理部。これらは全て、物理的な共有の感覚を生み出すための「場」だ。一方、「精神的な共有」とは、登場人物の間での「空気感」の共有だ。これは、会話の文脈・ノリ的なものの共有と言い換えてもいいだろう。登場人物の所属する「場」でしか通用しない独特の「空気感」を、上手く描いた作品として、『ゆゆ式』『プレフレ』『安達としまむら』などを挙げたい。

『寄り道ファミリ』は、その精神的な共有を支える「場の空気感」が「高度にルール化されている」という点で、他の作品と一線を画している。言うまでもなく「家族」というものは、物理的にも精神的にも、最も強固な共有がなされる関係性だ。その家族という関係性を、学校の中で疑似的に作り出しているのが、『寄り道ファミリ』という作品のユニークな点だ。

寄り道ファミリ (1) (まんがタイムKRコミックス)

寄り道ファミリ (1) (まんがタイムKRコミックス)

主人公・史夏(ふみか)の両親は仕事の都合により海外で生活をしている。一人日本に残った史夏は、高校の宿直室を借りて生活をしている。一人暮らしの寂しさから、ホームシックならぬ、ファミリーシックになる史夏。それを見かねた彩音夕希・さな子は、試しに自分達で史夏の「家族」を演じてみようと提案する。こうして、女子高生4人による奇妙な「家族ごっこ」が始まった。

この「家族ごっこ」は高度にルール化されている。彩音夕希・さな子はそれぞれ、史夏の父・母・妹役を演じている。彩音夕希のことを、他のメンバーは「お父さん」「お母さん」と呼ぶ。また、さな子は史夏のことを「お姉ちゃん」と呼ぶ。放課後に宿直室に入る時は「お疲れ」じゃなく、「ただいま」とあいさつしなければならない。それだけでなく、各キャラクターは自分に与えられた役柄に似合う行動をとるようになる。妹は姉に甘え、お父さんは家で新聞を読み、お母さんは家で料理を作る。娘がテストで悪い点を取ったときは叱ったりもする。宿直室=家では、皆が自分の役になりきって、「家族」を演じている。やがてその家族ごっこは、家の外にまで及ぶ。気が付けば家の外でも、お互いをお父さん・お母さんと呼んでいる。

彼女たちは、どうしてそこまで「家族」であろうとするのだろう。それはおそらく、彼女たちが皆、孤独を怖れ、決して揺るぎない強固な関係性を求めているからだろう。本物の家族と離ればなれになった史夏はもとより、彼女たちは皆、一見すると強固で一生変わらないとすら思える関係性が、実は非常に脆くて儚く、ちょっとしたきっかけて消えてなくなってしまう、あるいは形を変えてしまうものであるという現実を知り、不安を感じているのではないだろうか。クッキング同好会の先輩が卒業して部員が2人きりになってしまった彩音夕希。あまり仲が良くないらしいさな子とその本当の兄との関係。そういう描写の中にも、彼女らの抱える不安のようなものが垣間見える。であるからこそ、彼女たちは、決して壊れることのない理想的な「家族」の姿に憧れ、それを必死に模倣しようとするのだろう。『寄り道ファミリ』というタイトルにも含まれている「寄」という漢字には、「一時的に立ちよる」という意味の他に、「頼る、すがる」という意味もある。

まるで家族のような親密な関係性を描くという手法は、他の作品でも頻繁に登場するモチーフだ。例えば、『けいおん!』の澪と律、『ゆるゆり』の結衣と京子は、見方によっては現実の姉妹よりも姉妹らしい親密な関係と言えるだろう。しかしそこに、「お父さん」「お母さん」を加えて、意図的に家族を模した空間を作り出したという点で、『寄り道ファミリ』は百合的にも非常にユニークな作品だと思う。今後の展開に注目したい。