新・怖いくらいに青い空

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STAP細胞論文の不適切画像問題から見えてきたこと

体細胞を酸に浸すだけでES細胞やiPS細胞に似た万能細胞(STAP細胞)を得ることができる、という内容の論文がネイチャーに投稿され、その筆頭著者である小保方晴子さんの人となりなども含めて大きなニュースとなりました。しかし、これらの論文の一部に不自然な画像があるという指摘や、他の論文にある記載を無断で引用していたのではないかという指摘がなされ、さらに、世界中の研究者が追実験を行ってもSTAP細胞の作製を再現することができなかったことから、ここ数週間ずっと、ネット上でも論文の真偽について様々な憶測が飛びまわっていました。

そしてついに一昨日、論文の共著者である山梨大学の若山教授が、他の共著者らに論文の撤回を提案したという報道がなされました。報道によると、小保方さんの博士論文に掲載されていた画像が、今回のSTAP細胞の論文にある画像と酷似しているということが明らかとなり、若山さんは「STAP細胞の根幹にかかわる画像で使い回しが発覚し、信じ続けるのが難しくなった」という趣旨の発言をしているようです。

以前の記事でも述べたように、ネイチャーの論文の画像に訂正が必要なほどのミスがあることは、かなり早い段階から判明していたわけですが、STAP細胞というものができるという論文の根幹については、世界中の研究者の追試の結果を待たなければ確かなことは言えないと考えられてきました。小保方さん側に好意的な見方をすれば、論文の内容にミスはあるけれども、STAP細胞を作製したことは本当なのではないか、という解釈も可能だったわけです。しかし、一昨日から今日にかけて起こった出来事というのは、今回の論文が完全な捏造である可能性、そして、STAP細胞の作製に成功したという根幹の事実が間違いであったという可能性を強く示唆していると思います。

以前の記事では、この件に関するネット右翼の反応が、

  1. 小保方さんに見切りをつけて「日本の恥」とか「在日臭い」とか言って徹底的に叩いているパターン
  2. 小保方さんを擁護して「韓国政府の妨害工作」とか「マズゴミの歪曲報道」とか言っているパターン
  3. 白か黒かは現時点では分からないけど何とか本当であって欲しいと願うパターン

に大別されると述べましたが、若山教授の発表以降、小保方さんを黒と断定し叩きにかかる意見が増えているように感じます。しかし、一部のまとめサイトでは、いまだに根拠のない陰謀論を唱えて小保方さんを擁護する発言が見られるようです。

  • 全方位小保方潰し 頑張れ小保方!
  • 案の定つぶされたな 製薬会社やすでに予算が付いてるIPS組がつぶすと思ってた
  • でも、週末だったかな? 再現実験に成功したのじゃなかったのか?

STAP細胞 確信なくなった 論文取り下げへ - 政経ch

  • マスコミに迷惑だと言ったら突然叩きが始まったな
  • 査読した研究者も全員勘違いしてたってこと? にわかには信じられないな

痛いニュース(ノ∀`) : 【STAP細胞】 共同研究者「確信がなくなった」 論文の取り下げを呼びかけ - ライブドアブログ

はっきり言って、未だに陰謀論を唱えている人は、日本の威信が傷つくことを怖れて現実から目を背けているようにしか見えません。彼らの主張はどれも、感情的で根拠のないものばかりで、全く検討に値しないものです。彼らの主張と、それに対する反論をまとめると次のようになるでしょう。

  • 小保方さんがマスコミを批判した途端、マスコミが徹底的に叩きだしただけ。
    • そもそも、論文の不備が多くの研究者から指摘されていること自体が問題であって、それをマスコミがどう報じるかは問題の本質ではない。それらの指摘に対して、小保方さんや理研は説明責任を果たす必要があるが、今日まで「現在調査中だが論文の核心部分は揺るがない」という主張を繰り返すだけに終始している。
  • 特許の都合上、実験の核心部分を隠してるだけ。だから、現時点で再現性が得られないのは当たり前。
    • 特許とは、あらゆる実験条件をオープンにした上で申請するもの。そもそも、iPS細胞よりも簡単に作製できるという話だったのに、未だに再現性が得られないのは何故なのか。
  • 論文の問題点についてはまだ専門家による検証が必要。外野の我々やマスコミが騒ぐことではない。
    • STAP細胞がマウス体細胞由来であることを示すデータに不自然な画像が使われている。STAP細胞胎盤に分化したことを示すマウス胎児の画像にも使い回しが発覚した。STAP細胞が全身のあらゆる細胞に分化した事を示す画像も小保方さんの博士論文からの使い回し。他、博士論文の捏造疑惑、他論文からの無断引用など、問題点が多数。こんな状態でなお、理研は「核心部分は揺るがない」と繰り返すばかり。
  • 確かに論文に不備があったのは事実だが、STAP細胞ができたという事実は間違いない。
    • 画像の不備は本来であれば、たとえ故意でないとしても重大な問題。それどころか、ミスでは済まされない意図的な捏造の可能性が高い。もし、本当にSTAP細胞ができたというのであれば、何故画像の使い回しなどをする必要があるのか。
  • ハーバード大の教授がサルのSTAP細胞の作製に成功したとの報道があった。また、小保方さんも再現性の確認に成功したという報道があった。
    • その教授とは、小保方さんの共同研究者であるチャールズ・バカンティ教授のこと。つまり、小保方さんとその共同研究者以外で再現性を得たという報告は現時点では無い。また、それらの報道もハーバード大や理研の発表をそのまま記事にしただけであって信憑性が無い。

繰り返しますが、この問題はすでに論文捏造「疑惑」ではなく、捏造であることがほぼ間違いないという段階にまで来てしまったと思います。著者らが「論文は間違っていたが、STAP細胞自体は存在する」と言うのであれば、ネイチャーの論文をいったん取り下げて、一点の曇りもない確かなデータを載せた論文を再度発表するしか道はないでしょう。また、その場合でも、何故画像の使い回しなどの問題点が生じたのかについて、きちんと説明する必要があると思います。しかし、これは私の推測ですが、やはりSTAP細胞は存在していない可能性が高いと思います。これが論文の中のごく一部のデータにだけ問題があるという話であれば、そのデータの訂正をするだけで済む可能性もあったでしょうが、論文の核心に関わるデータにことごとく問題があるとなると、もはやSTAP細胞の存在自体疑わしいと言わざるを得ません。

おそらく、実験中に何らかの手違いが生じて万能細胞が得られたかのようなデータが出た。本来ならそのデータをさらに詳しく解析しなければならなかったのに、「これは万能細胞に違いない」と早合点した。それを裏付けるデータを取って論文にしようとしたが、それらは全く上手くゆかなかった。けど、一番最初のデータは本物であるに違いない。だからこそ、最初の結果と合致するようなデータを偽装し、それを論文に載せるしかなかった。事の真相はこういうことなんじゃないかと思います。生物学者の福岡伸一さんは著書の中で次のように述べられています。

往々にして、発見や発明が、ひらめきやセレンディピティによってもたらされるようないい方があるが、私はその言説に必ずしも与できない。むしろ直感は研究の現場では負に作用する。これはこうに違いない! という直感は、多くの場合、潜在的なバイアスや単純な図式化の産物であり、それは自然界の本来のあり方とは離れていたり異なったりしている。
(『生物と無生物のあいだ』、55~56P)

「細胞に刺激を与えれば万能細胞ができるに違いない!」という思い込みが、まさに今回のような論文の不正につながったんじゃないかと思います。

私も実験をしている身なのでよく分かるのですが、あらゆる実験には、その実験者にしか分からない作業上の「コツ」みたいなものがあって、それは他の学生や指導教官ですらよく把握していません。ですから、意図的にその「コツ」の部分を操作して、自分にとって都合の良いデータを出すということは、ある程度可能なのです。仮に意図的でないとしても、その「コツ」の部分が少しでも乱れると、実験結果が変わったりすることはよくあります。であるからこそ、実験者はデータの公平性を保つために、毎回同じ条件で実験をするとか、同じ実験を繰り返して再現性を取るとかして、細心の注意を払いながら実験を行うわけです。しかし、そのような注意を払っていたとしても、「これはこうに違いない!」という思い込みがあると、無意識のうちに都合の良いデータだけを取捨選択しがちになるのです。ネガティブなデータの方はただの操作ミス・コンタミ・ノイズなどと断言して切り捨ててしまい、ポジティヴなデータだけを重要視してしまいがちです。でも本当は、ポジティヴなデータの方こそ、操作ミス・コンタミ・ノイズなのかもしれないのです。

これが普通の実験であれば単なるおっちょこちょいなミスで済んだでしょうが、そのデータが科学の歴史を塗り替えるような重大な事実に関するものだったとしたら、大変なことになります。「これはこうに違いない!」という思い込みがバイアスになって、都合の良いデータの抽出が繰り返され、やがて後戻りのできないところまで行ってしまうでしょう。その取捨選択がエスカレートして、ついには意図的な捏造にまで発展してしまうのです。「嘘つきは泥棒の始まり」ならぬ「思い込みは捏造の始まり」というわけです。なので、予断を持たずに公平な目でデータを見ること、操作ミスなどあらゆる可能性を考慮してデータを見ることが非常に重要になってくるわけです。全ての研究者が今回の事件を教訓にしなければ、また同じような事が繰り返されると思います。