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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

STAP細胞問題で「再現性が確認出来さえすればOK」と考えるのは間違ってる

科学技術と社会

9日の小保方さんの会見を見て、マイケル・サンデルが著書『これからの「正義」の話をしよう』の中で述べていたクリントン弾劾裁判についての話を思い出した。

モニカ・ルインスキーさんとの不倫疑惑が浮上した当初、クリントン大統領は「彼女と性的関係はなかった」と証言していたが、その後DNA鑑定などを通して2人がオーラル・セックスをしていた事が明らかとなり、彼は弾劾裁判にかけられる事となった。その公聴会で共和党の議員から「大統領は嘘を付いていたのか?」と問われた際、クリントンの弁護士は「辞書の定義に従えば、『オーラル・セックス』は『セックス』には含まれない。であるから、大統領は嘘を付いていたわけではない」と主張した。

質問に立った共和党議員とクリントンの弁護士はどちらも、クリントンは嘘をついたのか、それとも単に国民を誤解させ欺いたのかをはっきりさせることに重大な何かがかかっていると考えていた。Lで始まる言葉――「彼は嘘(Lie)をついたのか」――をめぐる二人の熾烈なやりとりは、嘘と誤解を招く真実とのあいだには道徳的な違いがあるというカントの考えを裏づけている。
(中略)
私が思うに、違いはこうだ。念入りにこしらえた言い逃れは、真実を告げるという義務に敬意を払っている。だが真っ赤な嘘は違う。単純な嘘をつけば用が足りるのに、わざわざ誤解は招くが厳密には嘘ではない表現を使う人は、遠回しではあっても、道徳法則に敬意を示しているのだ。
マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳、『これからの「正義」の話をしよう』、P178)

まさに今回のSTAP細胞問題と同じではないだろうか。小保方さんも会見で「結果的に間違ったデータを発表してしまったのは事実だが、意図的に捏造を行ったわけではない」という趣旨の内容を繰り返し述べていた。これは、洋の東西を問わず、「結果的に皆様に誤解を与えてしまいましたが、意図的に嘘をついたわけではありません」と「意図的に嘘をついて皆さんを騙しました」との間には大きな隔たりがあるという認識が存在していることをよく示している。

もうここまで来たら、小保方さんは最後まで自分に「悪意」があったことを認めないだろう。仮に今後、小保方さんが200回再現に成功したと言っているSTAP現象が、実は全く別の現象を誤認していただけだと分かったとしても、彼女は「結果的にSTAP細胞は存在していなかったが、悪意を持って論文を書いたわけではない」と言い張るだろう。そうやって、小保方さんが黒か白かのライン上ではどんどん黒の割合が濃くなってゆくけれども、完全に黒ではなくちょっとは白も混じってましたよという主張を繰り返しながら、一連の過熱報道が過ぎ去るのを待つ戦略だ。

小保方さんが会見の中で何度も反省の言葉を口にしていたにも関わらず、論文の捏造に関しては一貫して否定し続ける強気の姿勢を崩していないのは、やはり根底に「STAP細胞の作製自体は真実だ」という自信があるからだろう。しかし、その根底の事実ですら、単なる勘違いである可能性が高い。そして、その勘違いが「STAP細胞はあるに違いない」という思い込みを生み、それを裏づける新たなデータを出すために捏造をせざるを得なくなったのだろう。

小保方さん側を擁護する意見として、「犯罪を犯したわけでもないのに、ここまで叩かれるようなことなのか」とか「本当に小保方さんだけが悪いのか、事態をここまで大きくした理研やメディアには責任はないのか」といったことが言われるのは、私ももっともな事だと思う。しかし、「STAP細胞が存在するかどうかの方が大事」とか「再現実験の結果が出るまでは分からない」というのは、もはや通用しないと思う。日本分子生物学会は、かなり早い段階で次のような声明を出している。

残念ながら、今回の論文等に関しては、データ自体に多くの瑕疵が有り、その結論が科学的事実に基づき、十分に担保されているものとは言えません。また多くの作為的な改変は、単純なミスである可能性を遙かに超えており、多くの科学者の疑念を招いています。当該研究の重要性は十分に理解していますが、成果の再現性は別問題として、これら論文に対しての適正な対応を強くお願いします。
理事長声明『STAP 細胞論文等への対応についての再要望』より引用)

ここに書かれている通り、「成果の再現性は別問題として」考えるべきだ。たとえ、今後の研究によってSTAP細胞が存在するということが明らかになったとしても、論文の不備について責任を負わなくていい、という事には決してならないはずだ。