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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『アオイハルノスベテ』―世界を変えるために「祭り」を起こす才能とは何か?

ココロコネクト』の庵田定夏と白身魚のコンビが贈る新作ラノベ『アオイハルノスベテ』読みました。やっぱりこの人は期待を裏切らないというか、なんかもう第1巻から庵田節全開で強烈なエネルギーの塊をぶつけられた様な感覚に陥ります。前作では、太一と稲葉が恋人になるあたりまでは軽いアップみたいなもので(そのアップですら、十分に強烈で中身の濃いものではあったけれども)、その後から話は一気に壮大になって怒涛のクライマックスを迎えました。しかし今回は、最初からエンジン全開で、俺と一緒に世界を変えてやろうぜ!うおおおおぉぉぉぉぉ!!というエネルギーに満ちています。

しかも、そういう熱血で体育会系なノリに有りがちなある種の「気持ち悪さ」みたいなものが、彼の作品からはほとんど感じられない。すでにこのブログでも何回か言ってきていると思いますが、私は「努力は絶対に裏切らない!」的な部活・スポ根的空気が大嫌いで、そういう雰囲気に毒されて熱血ぶってる体育会系の人間を見てると腹が立ってきて仕方なくて、ふざけんなよお前!何で貴重な学生生活の大半の時間を今後の人生の中でほとんど意味を持たない競技や大会に捧げる必要があるの?しかも教師や先輩からは体罰やいじめやしごきを受けるし、毎日疲れてぶっ倒れるまで活動して一生棒に振る怪我や病気を背負うリスク侵してまでする努力の意味って何?それでもそこに価値があるっていうんならまずはお前が体罰やいじめを受けて自殺未遂を計った挙句一生治らない障害負ってから同じ事言えよ、って思ってしまう捻くれた性格の持ち主なんですが、不思議なことに庵田さんの作品からはそのような生理的嫌悪感は感じませんでした。

閑話休題。この『アオイハルノスベテ』という作品の根底にあるものを一言で言い表すなら、それは「祭り」を起こすエネルギーでしょう。それもただの祭りではない。世界から拒絶されたマイノリティ達が、その世界を変えるために仕掛けた起死回生の「祭り」です*1。これは『ココロコネクト』ではあまり見られなかった要素だと思います。アスランダム編のラスト、文研部の7人は「みんな」という一まとめの集団ではなく、集団の一人ひとりと真摯に向き合う事が重要なのだと気付きました*2。しかし、『アオイハルノスベテ』の主人公・横須賀浩人は基本的に、〈シンドローム〉に敵対するクラスメイト達を一括りの「みんな」として見ていたと思います。それはある意味で仕方のない事でもありました。文研部の場合は、第1巻から積み上げてきた絆や人脈があったからこそ、あのような解決策が可能だったのに対して、浩人達の場合は、高校1年のまだ右も左も分からない段階でマイノリティとなって孤立してしまったわけですから。その状況を打破するためには、一発逆転の祭りを仕掛けて、名前も性格も分かんないけどとりあえずみんな一緒に盛り上がろうぜ!的な勢いで持っていくしかなかった。

このやり方は確かに乱暴だったかもしれないし、もしかしたら他の穏便な方法だってあったかもしれない。それでも私が浩人に対して強く共感を覚えたのは、彼の行動の根底に、いわれのない差別や偏見に苦しんでいる友人を救いたい、という正義感が常にあったからでしょう。彼は、泣いている友人を慰めることも、その友人がマジョリティの側に戻れるように上手く介添えしてやることもしなかった。そんな事をしても、問題の根本的な解決にはならないと気付いていたからです。たとえ岩佐が学校に戻れたところで、彼女がマイノリティであることには変わりない。世界はこれからもずっと、何かあるごとに彼女を異端者として迫害するだろう。では、どうすればいいのか。それはもう「祭り」しかないでしょう! 〈シンドローム〉発症者=悪という価値観を覆すほどのインパクトのある盛大な「祭り」を仕掛けるしかない。

本作における祭りは、〈シンドローム〉発症者どうしのプロレス大会という、いかにも庵田さんらしいものでしたが、これは別にどのような形をしていても良くて、例えば、1963年のワシントン大行進なんかもある意味、アメリカ社会を変えるためにキング牧師達が仕掛けた壮大な「祭り」だったと言えるでしょう。しかし、そういう「祭り」をいざ起こすとなると、なかなか難しい。それは、マジョリティの安全を脅かすような過激なものであってはならないし、マイノリティだけが満足するような独りよがりなものでもいけない。多数派と少数派が一緒になって、やっぱりこの社会はおかしいよね!みんなで力を合わせて社会を変えて行こう!という空気を盛り上げることができるような「企画力」が必要です。それゆえに「それって誰もが出来ることなの?」「やっぱり祭りを起こすにも才能が必要なんじゃないの?」という疑問も当然湧いてくるわけですが。理不尽な差別や偏見に苦しむ隣人や友人を前にした時、人――たとえどんなに平凡な一般人であったとしても――は「祭り」を起こせるのか? という問いに、皆さんならどう答えるでしょうか。

と、ここまで真面目な話をしてきましたが、結局私が一番言いたかったことは、
主人公の幼なじみ・岩佐美帆ちゃんが可愛すぎじゃね?
という事です。ココロコネクト』では描かれることのなかった幼なじみキャラです。もう、それを聞くだけで素晴らしいと思いませんか? 幼なじみですよ、幼なじみ。人見知りでいつもキョドってるのに、浩人にだけは結構フランクに話しかけてきたりするんですよ。萌えませんか? というか、そんな幼なじみがいる時点で浩人は十分恵まれてるじゃねえか!って思います。ところが、幼なじみというポジションの宿命で、すでに大河内葵さんという超強力なライバルもいるんですね。2巻以降、俺の大河内さんと幼なじみが修羅場すぎる状態に突入しそうで怖いんですが、ここは何としても岩佐ちゃんに勝ってほしいと心から願っております。