新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『イチゴーイチハチ!』―挫折と再生の物語、そして、ヒロインの圧倒的可愛さ!これぞまさに青春!

さて青春とはいったい何だろう
その答えは人それぞれで違うだろう
ただ一つこれだけは言えるだろう
僕たちは大人より時間が多い
大人よりたくさんの時間を持ってる
大人があと30年生きるなら
僕たちはあと50年生きるだろう
この貴重なひとときを僕たちは
何かをしないではいられない
この貴重な時間を僕たちは
青春と呼んでもいいだろう
青春は二度とは帰ってこない
皆さん青春を……
今このひとときも 僕の青春
(『青春の詩』、作詞・吉田拓郎

「挫折」の物語としての『イチゴーイチハチ!』

『イチゴーイチハチ!』第2巻が発売されたのを機に、第1巻からじっくり読みなおしてみました。これはすごい漫画です。読めば読むほどハマっていく。表向きは生徒会執行部を舞台にした青春漫画だけれども、これは紛れもなくスポーツ漫画でもある。でもそれは、天才がさらなる高みを目指してスポーツに打ち込んでゆく物語ではないし、弱小チームが努力と創意工夫によって次第に強くなってゆく物語でもない。これは、夢を諦めざるを得なかった少年少女たちの挫折と再生の物語だ。

中学時代、野球のクラブチームでエースとして活躍していた烏谷公志朗は、肘の怪我のために野球を続けられなくなり、心にぽっかりと穴が開いた無気力な状態のまま高校に入学する。担任の勧めで生徒会の仕事を手伝う事になった烏谷に、生徒会長が「野球への未練、あたしが断ち切ってやろう」と言って勝負を申し込む。実はその生徒会長も中学時代に野球をやっていたのだが、男子に交じって野球を続けることに限界を感じるようになり、ついには試合で烏谷に打ち込まれて引導を渡されたという苦い経験をしていた。野球をやっていた頃の烏谷の背番号は15、生徒会長の背番号は18。第1巻ではこの2人が経験した「挫折」が物語の大きな核になっている。

これはただの「挫折」ではない。「自分には才能がある、努力を続ければ夢は必ず叶う」と信じて一つの事に打ち込んできた者が、個人の努力ではどうすることもできない壁にぶつかって夢を諦めざるを得なくなるという重大な「転換体験」だ。血のにじむような努力によって積み上げてきたものを全てバラバラに崩されるような、そんなとてつもない痛みと絶望と伴った体験なのだ。

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にも関わらず、生徒会長は過去をきっぱりと振り払って、今は生徒会の仕事に全力で取り組んでいる。烏谷もまた次第に生徒会活動にやりがいを見出していき、野球をやめて以来ずっと灰色だった彼の生活は少しずつ色を取り戻してゆく。この一連のストーリーが本当に見ていて心温まる。確かに、生徒会長や烏谷は大きな挫折を経験した。それはとても辛く、立ち直るのに長い時間を必要とするものだろう。でも、作中に描かれる彼らの学校生活は眩しいほどに輝いている! もちろん、一つの夢をずっと追いかけることは大変素晴らしい。でも、その夢が叶わなかったとしたら? 解決不可能な壁にぶち当たって、涙を流しながら道を降りることになったとしたら? そこで人生は終わってしまうのか? いや、そうではない! たとえ敗者となり悔し涙を流したとしても、夢を諦めてしまったとしても、途中で別の道に進んだとしても、心の持ち方次第で世界はこんなにも燦然と輝く! そんな希望に満ち溢れた「挫折」の物語が『イチゴーイチハチ!』なのだ。

それが一番よく分かる場面が第1巻の50ページだと思う。生徒会長が烏谷に「生徒会に入って部対抗リレーに出よう」と勧めると、彼は半分やぶれかぶれになって「リレーで勝ってどうなるんですか」と聞く。すると生徒会長が「じゃあ野球で勝ってどうなるんだ?」と聞き返す。これが結構本質を突いた台詞だと思う。

結局、学生時代に勉強や部活や学校行事などに全力で取り組んだとしても、それが将来に役に立つ保証など何処にもない。野球に勝ってもプロに行ける確率は極めて小さい。ましてや怪我していればその確率はさらに小さくなるだろう。これは、野球に勝つことも結局は、体育祭のリレーに勝つことと同じ程度の意味しか持たないんだよ、という価値の相対化だ。今、君は夢に破れて他の事が手につかないくらい落ち込んでいるかもしれない。でも、ちょっと見方を変えて周りを見渡してみれば、野球以外にも無数の道がある。最初に決めた道をただひたすら進むことだけが人生じゃない。時には道を引き返したり、別の道に進んだり、脇道に逸れたりすることがあっても全然構わないんじゃないか。…というようなことを生徒会長は言いたかったんじゃないかと思う。

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もちろんそう簡単に割り切れないのは当たり前だ。でも、烏谷を見れば、何やかんや言いながらも生徒会活動を楽しんでいるように見える。他の生徒会メンバーと一緒に仕事をし、知恵を絞り、生徒達が充実した学校生活を送れるように汗を流す。これを青春と言わずして何が青春か。絶望の中で烏谷が見出した新しい道の先には、輝かしい青春の日々と希望に満ちた未来が広がっている。

青春ラブコメとしての『イチゴーイチハチ!』

以上が導入で、ここからがいよいよ本題です。烏谷の置かれている状況を冷静に分析してみましょう。生徒会役員になっているのは、3年生の生徒会長と副会長、2年生が2人、そして1年生では、烏谷の他に丸山幸という女の子も居ます。彼女は中学時代から縁のあった生徒会長に誘われて、入学早々に生徒会に入りました。この子がとにかく可愛いし良い子なんですよ!

烏谷の境遇を聞いて泣いてしまった幸は、神社でこんなお祈りをします。

神様どうか 奇跡を起こして烏谷君のケガを治してください。
それが叶ったら 私の人生は平凡なままでかまいません。
(第1巻、186ページ)

ね~、良い子でしょう!

その後、リハビリに失敗して完全に野球部復帰を諦めると決めた烏谷にむかって、「この先っ、野球とは違う楽しさが…きっとあるよ!」と言って励ます幸。さらに圧巻なのが1巻ラストのモノローグです。

特にやりたい部活がなかった私は、
中学の先輩のいた生徒会を手伝うことにした。
何事にも情熱をかたむけることができずにいた私…
その私はついに目標を見つけた。
この男の子を笑わせてやろうって。
だって、
彼の心の底からの笑顔が見たくなったんだもの。
(第1巻、200~202ページ)

おぅ…完全に烏谷君のこと好きになってるやん! というか、幸は中1の時に一度烏谷がピッチャーやってる試合を見て一目ぼれしてるんですけどね。いや~、これはもう烏谷君、約束された勝利やんけ!

ところがどっこい、この子、自分が烏谷君のこと好きだっていう自覚が全くないんですよ! それどころか、中1の時の輝いてた烏谷君とはまるで別人で、ちょっとがっかりした、とか言ってるんですよ。でも、先輩が「じゃあ何で烏谷に構うんだ」って聞くと、「別人になっても、がんばってるからです」だって。う~ん、やっぱり烏谷のこと少しは意識してるっぽい?

で、新入生歓迎マラソン大会のためのシューズを買いたいとか言って、休みの日に烏谷君を誘って買い物とかしてるんですわ! ヤバい、ヤバい! そんなことしたら烏谷くん勘違いしちゃうやろ! しかもその日、烏谷君の兄さんとも会って、兄さんから「弟をよろしく頼みます」とか言われてるんですよ。もう完全に周りは、この2人の事カップルと思ってるやん! マラソン大会の後も、二人でアイス買っていい雰囲気になってるし。もうお前ら付き合っちゃえよ!

ああ~~~~~~これは今後の展開が気になりますよ~。上で述べたようなスポーツ漫画としてのストーリーは、烏谷が野球という道を諦めて生徒会で頑張ろうと決めた時点で、ある程度の区切りがついたと思うんですね。じゃあ第3巻以降は、どのようにして物語が駆動していくのか? それはまだ未知数ですが、普通に考えれば、幸と烏谷のイチャイチャっぷりに拍車がかかって、ただでさえ可愛いのに、ますますニヤニヤが止まらなくなるんじゃないかと思います。