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CRISPR-Cas9技術について解説するDoudna博士の動画

何気なくCRISPR-Cas9技術について調べていたら、開発者の一人であるJennifer Doudna氏の動画(日本語字幕付き)があったので、早速見てみました。


We Can Now Edit Our DNA. But Let's Do it Wisely | Jennifer Doudna | TED Talks

これはすごい。今、我々人類はとてつもないブレークスルーの瞬間に立ち会っているんだ、ということが一発で分かる動画です。私も一応、生物と化学をかじっている人間ですから、その方面のニュースをよく見ているのですが、最近の科学界ではこのCRISPR-Cas9が大ブームとなっています。

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この技術については上の参考記事で非常に分かりやすく解説されているので、ここでは詳しくは述べませんが、非常に簡単に言ってしまえば、CRISPR-Cas9とは、生物が持っているゲノムの狙った箇所だけを選択的に切断できる技術です。その切断されたゲノムは、生物に元々備わっている修復機能によって再び繋ぎ合わされるのですが、その時にミスが生じてゲノム配列が変わってしまうので、結果的にゲノムを「編集」できるというわけです。また、これを応用すれば、その切断箇所に別の遺伝子を「挿入」することも可能です。この技術を使うことで、特定の遺伝子の機能をOFFにしたり、逆にONにしたりすることが可能になります。例えば、ある病気の原因となる遺伝子をCRISPR-Cas9を使って切断・編集することでその病気の発症を抑える、というような事が可能になるかもしれません。

これまでにも似たようなゲノム編集法は存在したのですが、それらは時間も手間もかかる複雑な方法だったのであまり普及しませんでした。どういう事かと言うと、従来の方法では遺伝子A・遺伝子B・遺伝子C……というふうに複数のターゲットがあった場合、それぞれの遺伝子を切断するタンパク質をタンパク質A・タンパク質B・タンパク質C……という感じでいちいち合成してやらないといけなかったのです。このタンパク質A・B・C……を作るのがあまりにも大変だったので、これらの技術は臨床レベルではなかなか普及しませんでした。一方、CRISPR-Cas9では、Csa9というタンパク質とガイドRNAとの複合体を用いて遺伝子を切断します。Cas9は全てのターゲットに共通して使えますので、あとは切断したいターゲットに合わせてガイドRNAを合成してあげるだけでいいのです。このガイドRNAは核酸自動合成装置というやつで簡単に合成できるので、従来法に比べてはるかに低コスト・短時間で簡単にゲノム編集を行うことが可能なのです。

もちろん、良い面ばかりではなく、CRISPR-Cas9によって新たな倫理的問題が浮上してきています。例えば昨年4月ごろ、中国の研究者が世界で初めてヒトの受精卵の遺伝子操作に成功した、というニュースが話題になりましたが*1、記事中にある「ゲノム編集」技術というのは、言うまでもなくCRISPR-Cas9のことです。この研究を受けて、国内外の専門家が会議を開き、技術の悪用を防ぐ早急なルール作りが必要だと訴えています*2。政治哲学者のマイケル・サンデル複数の著書でゲノム編集法による身体機能の改変・エンハンスメントに関する問題提起を行っていますが、そのような議論がこれまでは「原理的には可能だけど実際は…」というレベルだったのが、CRISPR-Cas9の登場によって夢物語では済まない現実的な問題となっていくでしょう。

完全な人間を目指さなくてもよい理由?遺伝子操作とエンハンスメントの倫理?

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これほどインパクトのある技術であるにも関わらず日本ではまだそれほど話題になってないようですが、世界ではあのiPS細胞と同じかそれ以上に注目されている技術であり、開発者であるDoudna氏とCharpentier氏のノーベル賞は確実とも言われています。また、サイエンス誌が2015年のブレークスルー・オブ・ザ・イヤーとしてCRISPR-Cas9技術の発展を挙げていますし、TIMES誌が選ぶ2015年「The 100 Most Influential People」にDoudna氏とCharpentier氏が選出されています。

という感じで、CRISPR-Cas9に関する研究が今後ますます発展していくことは間違いないでしょうし、科学の世界だけに限らず、2016年のニュースを見る上で重要なキーワードになるかもしれません。