新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

史上最強のトライアングル百合漫画『ななしのアステリズム』

ガンガンONLINEで無料公開されていた『ななしのアステリズム』の単行本がついに発売されました。まだ読んでいない人はネタバレ的な情報を一切入れないまま、まっさらな気持ちで読んでほしい。次から次へと描かれる怒涛の百合描写に悶絶すること間違いなしです(以降の文章はネタバレ満載で行きますのでご注意願います)。

最初からアクセル全開の第1巻前半

主要な登場人物はこの3人。

白鳥司(つかさ)は、黒髪ロングで言動がボーイッシュな子で、女子サッカー部に所属してます。琴岡みかげは、ひっきりなしに彼氏を作っては別れ、作っては別れを繰り返す恋多き女の子で、演劇部に所属、手芸が得意。鷲尾撫子は、落ち着いた雰囲気の子で、3人の中で一番背が高く、天文部に所属してます。3人は同じ中学に通う同級生で親友同士です。

中学入学直後のある出来事がきっかけとなって、司は撫子に恋をしてしまいます。しかし、3人の関係を壊したくないという思いから、その気持ちを誰にも打ち明けられずにいました。ここまでは、よくある百合漫画の設定なのですが……

ある時、体調不良で休んでいる琴岡の様子を見に、司が保健室を訪れると、……そこには、寝ている琴岡の顔を見つめて今にもキスしようとしている撫子の姿があったのです!

なんと、撫子は琴岡に恋をしていたのです! しかも、その後のノリで、司は、撫子の恋を応援すると宣言してしまいます。なるほど、関係を図で説明すると、

司→撫子→琴岡

という感じになっていて、その上、司は自分の気持ちを隠して撫子の恋が成就するように協力を申し出るという状況。ふーむ、なかなか面白い展開になってきましたね。

しかしこの共闘が思わぬ形で波紋を広げてしまいます。琴岡に渡すバレンタインチョコを作るために、内緒で密会していた撫子と司でしたが、そこで偶然にも琴岡に遭遇! 2人からハブられたと勘違いした琴岡は、「明日から別のグループに入るから」と言い残してその場を立ち去ろうとします。慌てて呼び止めた2人が見たものは……

(´;ω;`)ブワッ

ああ~~~~萌え死ぬんじゃ~~~~。その後、誤解も解けて和解した3人。このように、琴岡は3人でずっと友達のままでいたいという気持ちが強い子であるわけですが、それがこの後の展開で重要な意味を持ってくることになります。

思わぬ伏兵の登場でストーリーが一気に複雑化する第1巻後半

さて、バレンタインの一件からしばらく経った後、朝倉恭介という男子がやってきて司に告白します。はじめての経験に困惑する司に、一回会って話してみればとアドバイスする琴岡。そこに追い打ちをかけるように撫子が凄いことを言い出します。

朝倉君 悪い人じゃなさそうじゃない
話してみたら気が合うかもしれないし それに
白鳥は好きな人いないんだし
(第1巻、136頁)

ちょいちょい、ちょいちょい! 好きな人いるよ! しかもお前だよ!

そして司は、あんまり拒否したら自分の気持ちに気付かれるかもしれないと考えて、朝倉と会ってみることにします。おう……大変なことになってしまった……

で、結局、休日に司と朝倉がデートみたいなことするわけですが、なぜか琴岡と撫子もこの2人をくっつけようとして暗躍します。特に、琴岡がもう、第1話での乙女っぷりが嘘だったかのように、とにかく司と撫子の心をナイフでグサグサ刺していきます。

何でそんなに深く考えるん?楽しく付き合えばいいやん?的なことを言いまくる琴岡の言葉を聞き、撫子の想いを否定されたように感じた司が「そういう考え方は理解できない!」と激昂したり。

極めつけが、撫子と二人きりになった琴岡が矢継ぎ早に、またとんでもないことを言うんですよ。

司ってこういう話なかったから
つい口出ししたくなるっていうか…
でもその内 好きな男子出来るでしょ
だって それが普通じゃん?
(第1巻、218頁)

もうやめろ…。仲間どうしで傷付け合うのはやめろ! お前ら一体誰と戦ってるんだ。

そして第1巻のラスト、司のモノローグがこれ。

あの頃の私は わからなかった
自分の胸の中にある
宝箱のようで 檻のような
小さなハコの中身を
それは
確かにそこに在るのに
自分では見つけたくなくて
大切なものだけど
失くしてもしまいたいもの
名前のない感情だけが
夜空に浮かぶ星の様に輝いていた
(第1巻、232頁)

悲しすぎだろ! 自分の中に芽生えた撫子への恋心。でもそれを表に出してしまったら、私たちの関係はどうなるんだろう? だからもう、この気持ちに蓋をして、無かったことにしてしまいたい…。悲しい…悲しすぎる…

司が自分の中の気持ちと向き合えるようになる第2巻前半

最初のデートの後、どんどん自分のことが分からなくなっていく司。たしかに朝倉君は良い人だし、会って話をしてたらドキドキしたし、このまま自分の中にある撫子への気持ちを無かったことにしてしまえば、誰も苦しまずに済むのでは?的な感じで、朝倉と付き合ってみると決心します。やめろ!それ以上いけない!

その夜、司の心の揺らぎを察した撫子が司に電話をかけてきて「ちゃんと自分の気持ちを優先してる?」と聞いてきます。それ、お前が言うのかよ。司の心を現在進行形で揺らしてるの、お前じゃん!

その後も会話は続きます。

撫子「白鳥が私を否定しなかった だから今の私があるのよ だから絶対 白鳥にも好きな人ができたら 応援するって決めてたの」
司「でも ドキドキしちゃったよ…好きって…言われただけなのに…」
撫子「大丈夫 普通のことよ そっか白鳥 なんというか…そこまで混乱してたのね 誰かに想われたら嬉しいのよ」
司「鷲尾も?」
撫子「もちろん ま そんな人がいたらね」
司「もし 私が…本当に朝倉君と付き合ったら…どう思う?」
撫子「それは白鳥が決めることよ」
(第2巻、33頁)

おお!奇跡が起きた! 撫子は司の想いに全く気付いていませんが、奇跡的に会話が噛み合い、司の気持ちがようやく落ち着きます。

結局、朝倉君の告白を断ることにした司。「白鳥、本当にいいの?」と尋ねる撫子。司は心の中でこのように語ります。

いいのかはわかんないよ 
でも 私頑張るから
琴岡にも嫌な思いさせないように
鷲尾に嬉しいと思われる私になれるように
この先も何回迷うことになっても
今のこの気もちを大切にしたい
たとえ伝える日が来なくても
(第2巻、40頁)

そして最後だけは声に出して「いいんだ、私が決めたんだから!」と力強く言う司。

ああ~~~~たまらないんじゃ~~~~

あまりの衝撃に言葉を失う第2巻後半

話がようやく一段落つき、ホッとしたのもつかの間、衝撃の事実が発覚します。

司は、自分の誕生日を前にして、「2人でプレゼント用意してほしい、当日までワクワクして待ってるから」みたいなこと言い出します。それを見た琴岡が心の中でこうつぶやきます。

本当は自分の一緒に選びたいんじゃないの?
撫子の事 好きなくせに
(第2巻、54頁)

うわああああああああ!!!琴岡ああああああ!!!

そうなんだ…知っていたのか…。いや、たしかに第1巻でも、知っているような素振りを見せていた。けど、これまでは話が司視点で進んでいたので、実際のところ琴岡が何を考えてるかは分からなかった。ここで視点が琴岡に移り、実はもうかなり前から、司の気持ちに琴岡は気付いていた、ということが発覚するのです!

司の撫子への気もちは知ってた
私はずっと司を見てたから
少しずつ司が誰を見ているのか
気づいてしまって
(第2巻、57頁)

ぐはっ!!!(悶絶して血を吐く音)

大変なことになってしまった。そう、琴岡は司の気持ちに気付いていただけでなく、司のことが好きだったのです! 撫子と一緒にプレゼント選んでる時も、「撫子が選んだものなら司はなんでも喜ぶし」と胸の中で嫉妬心を燃やしているのです! これヤバすぎだろ! 

でも、ここからが本当の地獄だ……。

撫子の気もちに気付いたのは つい最近
司が撫子を見ていたように
本当は撫子も誰かを見てるんじゃないかって
(第2巻、75頁)

ぐはっ!!!(悶絶して血を吐く音、本日2度目)

そうなんです。撫子と何故か良く目が合うという事実! それとなく好きな人はいないのかと聞いた時の反応! 察しのいい琴岡は、ついに、撫子の気持ちにも気づいてしまったのです!

でも私 撫子の気もちには応えられないよ
…あれ? でもそうしたら 司に振り向いてしまうかもしれない?
それは嫌!!!
司と撫子はお互いの気もち わかってるの!?
てゆーか…
私達 どう転んでもドロ沼…!?
どうしたら3人でいられる?
私はこれからも楽しい思い出 たくさん作りたくて…
(第2巻、82頁)

そして、誕生日当日、琴岡の心の声がこちら。

ねぇ 司
私は最初から 司との“これから”なんて望んでないよ
だから二人も望まないでよ 二人だってわかってるよね?
(中略)
撫子 私はもう答えてるよ
あふれ出てしまう前に 消してしまおう?
私達は同じ気もちで 同じ強さで 同じ重さで
お互いを“好き”じゃないとダメなんだから…
私 間違ってないよね?
(第2巻、89頁)

ぐはっ!!!(悶絶して血を吐く音、本日3度目)

そうか…そうだったんだ…。撫子の行動の意味が全て分かった。ひっきりなしに彼氏を作ろうとするのは、司への気持ちにフタをするため。司と朝倉をくっつけようとしてたのは、司が男子と付き合ってしまった方がいっそ楽になれると思ったから。そして、撫子に「その内好きな男子出来るでしょ、だってそれが普通じゃん?」と言ったのは、遠回しに「告白してくるな」と伝えるため。

こんなにも苦しいのなら、いっそのこと男子と付き合ってしまった方がいい。お互いの感情を無かったことにすれば、ずっと3人でいられる。

…そんなことを思ってしまうほど追いつめられている琴岡ですが、司から「ありがとな琴岡!!」と言われた時の表情は…

あ…ダメだ…。これはもう、気持ちにフタをするのは不可能だわ。完全に恋してるわ。もうどうすればいいんだ、これ……。

…という感じで、話がどんどん拗れてひっちゃかめっちゃかになっていきます。しかしこの後、さらに追い打ちをかける事態が発生します。

3人の置かれた状況を整理してみた

誕生日の後、単純に「撫子に喜んでほしい」という理由から、やたらと撫子と琴岡をくっつけようとする司。撫子は、司を呼び出して「自分を犠牲にして私と琴岡をくっつけようとするのはやめろ」と言います。あんまりあからさまにやると琴岡に気付かれるかもしれないし、3人がずっと一緒にいるためにも、一旦この話は置いておこう、と決める2人。そして、その会話を木の陰から聞いているのは……

ぎゃああああああああああああ!!!

自分の好きな人(司)と自分のことを好きな人(撫子)とが二人で話し合って、自分を困らせないように内に秘めた想いについて一旦考えないようにしようと決めた、まさにその瞬間を目撃してしまった琴岡の図!

この瞬間、琴岡と読者の持っている情報がほぼ一致するに至ったのです。状況を整理してみましょう。まず、琴岡は司のことが好き。他の2人はそれを知りません。次に、司は撫子のことが好き。その事実に気付いているのは(司本人を除けば)琴岡だけです。そして、撫子は琴岡のことが好き。他の2人もそれを知っています。

この関係を図にすると次のようになります。ハート付きの赤線が恋愛感情を表し、青線がその感情に気付いているということを表します。灰色の点線は、その感情にまだ気づいていないということを表します。

ちょっともう…マジでどうすんだよこれ…。もう破滅の未来しか見えないんだけど…。でも、まだ話は終わりません。次に、撫子視点から3人の関係を見ると、図は次のように変わります。

なんてことだ…なんてことだ…。そうなんです。撫子はまだ、琴岡の気持ちにも司の気持ちにも気付いていません。さらに、「琴岡は他2人の気持ちに気付いている」という事実を、撫子(と司)はまだ知りません。そして、「『司は撫子の気持ちに気付いて協力している』という事実を琴岡は知っている」という事実についても、撫子(と司)はまだ知らないのです。

なんだか話が混乱してきましたね。でも、こんな風に各登場人物の視点に立って、現時点で何を知っているのか、逆に何を知らないのか、ということをじっくり見ていかないと、この作品の素晴らしさは理解できないでしょう。ちなみに、司視点から見た相関図は次のようになります。

しかし、この相関図ですら、あくまでも読者(と琴岡)の視点から見たものでしかないのです! これからストーリーが進むにつれて、撫子や司の知っている情報はどんどん増えていくでしょう。いや、もしかしたら、まだ作中で描かれてないだけで、本当はもう琴岡の気持ちにも気づいている? ひょっとしたら撫子も司の気持ちに気づいている? ……なんていう可能性もゼロではないのです。

しかも、この3人に加えて、朝倉とか、司の弟である昴とかも絡んできて、これから状況はますます混迷を極めていきます。これから一体どうなってしまうのか、全く予想がつかないですね。

タイトルの意味

最後に、『ななしのアステリズム』というタイトルの意味について考えてみましょう。ウィキペディアwikipedia:アステリズム)で調べると、アステリズムとは「複数の明るい恒星が天球上に形作るパターン」のことであると書かれています。星座もアステリズムの一種です。

星座というものは、この宇宙に昔から「存在」しているのではありません。これらはあくまでも、人間が夜空の星と星を線で結んで、そのパターンのことを「〇〇座」とかいう名前を付けて勝手に呼んでいるに過ぎないのです。

人と人との関係もまた、名前を付けることができます。例えば、恋人どうしとか友人関係とか。でも、本作の登場人物たちの関係性に名前を付けることは極めて難しい。彼女たちは、自分と他者との関係性をどう定義付けていいのか分からずに、名前のないこの関係性を前にしてただ茫然と立ち尽くすしかないのです。だからこそ、このようなタイトルが付けられているんだと思います。

この関係性に名前を付ける日はやってくるのか、続きが非常に気になります。