新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『冒険王ビィト』の思い出

1990年代を中心に人気を集めたマンガ「DRAGON QUEST -ダイの大冒険-」の原作・三条陸さんと作画・稲田浩司さんのコンビによるマンガ「冒険王ビィト」が、15日発売の「ジャンプSQ.CROWN 2016SPRING」(集英社)で約10年ぶりに連載再開された。サーバロン編完結まで連載される。
[冒険王ビィト]10年ぶりにマンガ連載再開 | マイナビニュースより引用)

約10年間待ち望んだ日がついにやってきました。この機会に『冒険王ビィト』を1巻からずっと読み返してみたんですが、グリニデ編は何度読んでも素晴らしいですね。

みんな大好きグリニデ閣下は当初、魔人(ヴァンデル)の中では珍しい頭脳派キャラとして登場してきました。二つ名は深緑の智将(自称)。グリニデ閣下は、自分の城の周りで虫型のモンスターを繁殖させて勢力圏を拡大しようという作戦で活動しているのですが、その戦い方を他の魔人にバカにされると次のように反論します。

私を挑発しているつもりなのかね?坊や…
…私は野蛮で見苦しい戦い方が嫌いなだけだ
ただでさえ魔人というと粗暴で原始的思考の者が多すぎる…!
効率良く魔物を増やし勢力を拡大して人間社会に甚大な被害を与える…
私の理智的なプランの何がいけないのかな…?
さあ!言ってみたまえ
それが正しい意見なら私は否定しないから………
(第2巻、76~77頁)

そう。聡明で理智的なグリニデ閣下は、何も知らない若造が失礼な口を叩いても、見苦しく激昂したりなんかしません。ちゃんとこんな風に、自分の考えを理論的・紳士的に説明してあげるのです。相手の肩の骨を砕きながら!

やべえよ…やべえよ…。こいつ、一番怒らせたらいかん奴や。その後も、ビィトとの戦いをベルトーゼに邪魔されて*1怒り大爆発など、序盤からクレイジーさ全開でございます。どこが「智将」だよ、これ…。

その後、グリニデ閣下の本拠地に乗り込んだビィトとポアラですが、ビィトの友人であるキッスが寝返ってグリニデ閣下の部下になっていることが発覚。さらに、閣下は優秀な部下を次々に送って、ビィトたちを暗殺しようとします。この部下たちがまた強いんだわ…。そして、その戦いの合間にも、グリニデ閣下のマジキチっぷりが随所で描かれているという…。

ビィト側に寝返ったキッスに対して、閣下の部下であるロズゴートが「今ならまだ戻れる」とか言って必死に引き留める場面がすごい。かつてロズゴートは自分の城を持っていたのですが、グリニデ様が部下にならないかと誘いに来て、その会談の席でついうっかり「お前」と言ってしまったせいで…

グリニデ様マジギレ! 片目潰されるわ、城を破壊されるわ、部下を殺されるわ、もう散々な目に遭ったのでございます。そして、キッスにこう語りかけます。

あの日…私は生まれ変わった!
グリニデ様が私の身体に刻みつけてくれたのだ! 力こそ全て!
理由抜きに他を服従させうるもの…それは力以外にないのだと!!
いわば…あの方が私を一人前の魔人にしてくださったのだ!!
目を覚ませ キッス
力に恐怖し…力に従う… 実に明確な生き方だ
考えずに強い方につけば良い…!!
ビィトを見殺しにすればおまえの心には大きな傷が残るだろう…
この私のように
だが後年 必ずそれが誇らしく思えるようになるッ…!!
(第5巻、76~77頁)

ロズゴートさん、完全にブラック企業で働く社畜みたいになってんじゃねえか! 不憫すぎるやろ…。しかも、命を賭して立ち上がったキッスの攻撃を受けて死んじゃったし…。

さあ、そして、ついにグリニデ様の本拠地であるグリニデ城に潜入! 優秀な部下を殺されたせいで、さぞかし怒り狂っているだろうと、ドキドキしながらページをめくると…

な、なんと、グリニデ様が怒りにまかせて暴れ回ったせいで、お城は半壊しちゃってました! ヤベえよ、ヤベえよ、どうすんだよこれ…。そして、キッスを捕まえて自分の元に戻るように説得(という名の脅迫)するグリニデ様でしたが、それをキッスが拒絶してまたマジギレ。その最悪のタイミングでビィトが乱入してきて、「キッスはもうお前の部下じゃねえ!」とか言っちゃたよ! ぎゃああああ!! 「お前」ってそれ禁句中の禁句じゃねえか!!!

ついにグリニデ様の緑色の表皮が剥がれ、赤い化け物じみた本来の姿が露わになります! ほら、言わんこっちゃない! 怒剛裂波とかいう強烈な必殺技で、周囲にある全ての物がなぎ倒されます。怖ろしさのあまり、ずっとグリニデ様に付き従っていたモンスターも逃げ出してしまいます。それを見たグリニデ様は…

…そうだ…それでいい とっとと逃げろ ダンゴール
この姿になってしまったからには…
………オレは…また一人だ…
(第6巻、152頁)

グリニデ様……。あれ、何でだろう…。凶暴な魔人のはずなのに、ビィト達を散々苦しめてきた敵役のはずなのに、私の目から涙が…。深緑の智将の正体、それは、その凶暴性ゆえに一人になり、ただ怒り狂うことしかできない孤独な男だったのです。

さあ、戦いはついにクライマックスに突入。キッスが怒剛裂波を切り裂き!ポアラが足止めして時間を稼ぎ!ビィトが上空からグリニデ様の角をへし折る! やった!ついに勝利したぞ!……と思いきや、まだまだ立ち上がってくるグリニデ様! このしぶとさはさながらターミネーターを彷彿とさせます。

致命傷を受け、怒りが静まったグリニデ様が、死ぬ間際にビィト達に語りかけます。

…もっと早く…つぶしていればな…
だが…まあ良い …この方がマシだ…
上級な魔人の最期としては ね
“血塗られた獣”のままで死んでいくのに比べれば
多少は知的でクールだろうからな…!
…そう…それほど私はこの自分の真の姿が嫌だった
野蛮で!粗暴で!暴れ狂うことしかできない…まさに魔人の典型…!
私の一番嫌いな者…それは“自分”だったのだ…
ゴールを目前にして…君らのような若造に倒された事は素直に悔しいが…
「よくぞ倒してくれた」…そんな気にもなる
かすかにだがね…
(第7巻、109~111頁)

あれ…何でだろう…また涙が…。敵が倒されるハッピーエンドな場面なのに…どうしてこんなに悲しいのだろう。人間とか魔人とか、正義とか悪とか、そんなものはもう関係ない。そこにはただ、自分のことが嫌いで嫌いで仕方がなくて、何とかして自分を変えようともがき苦しんで、それでも結局自分を変えられないまま、全てを失って死んでゆく、一人の孤独な男がいるだけなのです…!

これほどまでに強烈に印象に残る敵キャラはなかなか居ないでしょう。というかこの作品の敵キャラは皆、単に人類を皆殺しにしようというだけでなく、何か心の中に一本の「芯」のようなものを持っていて、ある種の矜持を持って人類と戦っている感じがして、とても印象に残ります*2

そして、深緑の智将(自称)とは違って本当に紳士的で、人間との戦いの中で自分を高めていこうという崇高な精神を持った魔人・バロンがビィト戦士団を攻撃! 絶望の淵から立ち直ったキッスが再びバロンと対峙し、バトルはいよいよクライマックスに突入!

…というすごいタイミングで連載休止になって10年が経ちましたが、ようやくこの続きが読めると思うと本当に感慨深いです。第13巻が発売されたら、また感想を書きたいと思います。

*1:余談ですが、『冒険王ビィト』のバトルって大抵、1回目のバトルで絶対絶命のピンチに陥る→魔人側の都合で戦闘中止になり助かる→再戦でその敵を倒す、という「テンプレっていうレベルじゃねーぞ」感が半端ないのですが、それが1周回って「逆に凄いんじゃね?」とすら思わせてくれますね。

*2:唯一例外が、不動巨人ガロニュートであるわけですが、あの人をイラつかせる性格と強烈なザコキャラ臭は逆に凄いとも言えます。