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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

「愛」と「多様性」にまつわる物語―『この大陸で、フィジカは悪い薬師だった』

『ひとつ海のパラスアテナ』*1に続く鳩見すたさんの新作ラノベ『この大陸で、フィジカは悪い薬師だった』を読みました。ここに来てようやく、鳩見すた作品の根底に流れるテーマが見えてきた気がします。それはすごく月並みな言葉かもしれないけれど「愛」としか言いようがありません。

『ひとつ海』におけるタカとアキの関係性と、本作におけるフィジカとアッシュの関係性も、非常によく似ています。要するに、物知りで頼りがいがあってとっても素敵な女の子(ヒロイン)と、その子に惚れた男(主人公)、という構図です。まあ、アキの方はボーイッシュなボクっ娘なので実際は女性ですが、でも、アッシュの方も作中で2度も女装してアシュリーになってるので、もうこの2人は実質同じようなものですね。対する「ヒロイン」の方は、とにかく最初は完璧超人なんですよね。知識とかサバイバル術とか頭の回転とか、あらゆる面で主人公より秀でていて、主人公はヒロインに頼りっぱなしで、主人公の方が一方的にヒロインに執着しているように見える。でも、そういった一方通行的な関係に見えてたのは実はミスリードで、ヒロインもまた主人公によってある意味救われていたのだという事が後になってから分かる。そして、物語が進むにつれて、お互いが自分に無いものを補い合うような強い協力関係が生まれていき、クライマックスでは2人が強い愛によって結ばれる。『ひとつ海のパラスアテナ』は百合、本作は男女の間の愛という違いはあるけれど、もはや性別は関係ない。これぞまさに、純粋な愛の物語でなくて一体何でありましょうか。

さらに、フィジカさんが全編を通して守ろうとしていたものも、まさにこの「愛」に他ならないのです! 人類に害をなす害獣ばかり治療して、人間の患者には法外な治療費を求める、一見すると冷酷無比なフィジカさんですが、アッシュとの旅の様子が描かれる中で、次第に彼女の真の目的が明らかになっていきます。人間も獣もひっくるめて全ての生き物が豊かな生態系の中で共存し愛を育み、その証を次の世代に伝える――この何億年と続く愛の連鎖を、彼女はたった一人で必死に守ろうとしていたのです。そして、「愛を守る」ためには何をすべきなのか、その答えももう作中で示されているのです。それは、世界全体の生態系において、あるいは人間社会において、「多様性」を維持することです。そして、それを達成するための第一歩は、自分の中の常識や固定観念を疑ってかかること、自分とは全く異なる考え方や価値観を持つ人がいるのだということを受け入れること、自分の五感を使って何が真実なのかを見極めることなのです。本作において宗教(エイル教)とはまさに、そのような寛容さ・多様性を認めない存在として、フィジカと対を成すものです。

うっそうとした森と谷とキノコと、そこで生きる珍獣と人々。前作に描かれた広大な海や空とは雰囲気が大きく異なりますが、緻密に作り込まれた魅力的なファンタジー世界になっているのは共通です。そんな世界で芽生えた尊い愛。フィジカとアッシュの旅をずっと見守っていたくなる、そんな美しい作品でした。