読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

お祭りで一人だけふんどし履いてる吹雪という概念

今日は上のマンガを見て思ったことを書きます。

なんて言えばいいんだろうなあ…。この概念の良さを上手く言葉にするのは難しいのだけれど…。

吹雪は、周りに娯楽施設もほとんどないド田舎の出身なんで、年に数回行われる村の祭りとか大好きなんですよ。で、艦娘になって、「今度、鎮守府で秋祭りやるから」って聞かされてメッチャ楽しみにしてたわけです。しかも、村にいる時は同年代の子とかあんまり居なかったから、仲間と一緒にわいわいガヤガヤ準備する文化祭的なノリも新鮮で、そうそれ自体もメッチャ楽しくて、前日とかワクワクしすぎてなかなか寝付けなかったりするわけです。

そんなこんなで、お祭り当日になって、法被とふんどし付けて意気揚々と部屋を飛び出したまでは良いんですが…。なんか、他の艦娘たちはせいぜい制服の上から法被を着てる程度で、ましてや、ふんどしまで付けてる子とか誰も居ないわけです。みんな吹雪の格好見るたびに「ちょwwwなんだよそれwww」みたいな感じで笑うし、「うわ~女子なのにふんどしとかあり得ないわ~マジで引くわ~」とか心無いこと言ってきたりするんですよ。

で、それを聞いた吹雪は、「あれ?村では毎年この格好だから何とも思わなかったけど、冷静になって考えたらこの歳にもなってふんどしってメッチャ恥ずかしいことなのかな?」みたいなこと考え始めて、時間が経って人がどんどん集まってくるにつれて羞恥心が沸々と湧き上がってきて、表情がどんどん曇ってゆくんです。一人だけ「異質」な格好をしているという恥ずかしさに押しつぶされそうになって、お祭りを楽しもうなんていう気持ちはもう完全に消えてしまって、一刻も早くこの恥ずかしさから解放されたいという気持ちしかなくて、やがて、何も知らずに一人はしゃいでいた昨日までの自分がバカみたいに思えてきて…。お祭りを他の誰よりも楽しもうとしていたのに全然楽しめなくなってる自分がいて、その周りには一点の曇りもない笑顔で祭りを心の底から楽しんでいる他の艦娘達がいて…。ふんどしなんていうしょうもない理由のせいで周囲から浮いてしまっている自分がたまらなく情けなくて、恥ずかしくて、悲しくて…、ついに耐えきれなくなって泣き崩れてしまう吹雪ちゃん、ホント尊いと思います。

誤解の無いように言っておきますが、ここで述べているのは、吹雪が他の艦娘と比べて「子どもっぽい」から可愛い、という話ではありません。吹雪と同年代の艦娘で吹雪より「子どもっぽい」艦娘なんてたくさんいると思います。同様に、特I型駆逐艦を愛する提督たちがよく言っている「芋っぽい」という概念とも少し違うんですよ。う~ん、うまく説明するのが難しいんだけど…。

例えば、昭和のある時代の子どもって、冬でもピチピチの短パン履いてたし、下着も白のブリーフでしたよね。でも、今の子どもで、そんな格好してるのってほとんど居ないですよね。なら、昭和の子どもは今の子どもより子どもっぽかったり芋っぽかったのでしょうか? そういうわけではないですよね。これはただ単に、昔はブリーフとか短パンを着るのが当たり前だったというだけの話です。

吹雪の場合も同じだと思うんですね。吹雪の生まれ育った村では、お祭りで女子がふんどし付けるのは、「付けても付けなくてもどっちでもいいけど、まあお祭りだし、本人がそうしたいって言うんなら付けてもいいんじゃね?」みたいな感じです。つまり吹雪にとって、それは、ごく自然な当たり前の光景として、これまで認知されていたわけです。しかし、、艦娘になり都会に出て初めて、それが実は普通とは違う、ともすれば物凄い恥ずかしいことなんだと気付くわけです。この「気付き」によって生まれる羞恥心や葛藤、繊細な心が揺さぶられていく様こそが、吹雪という少女の持つ最大の萌えポイントだと思いますね。上でも述べた「芋っぽい」と同じように、何かこの概念を一言で表せる言葉があれば便利なのですが、今のところそんな言葉は思いつかないですね。

さらに、この概念は、別の事例でも当てはまると思います。例えば、休日に皆で海水浴に行くことになって、吹雪はめっちゃテンション高めで服の下から水着きてたりしてて、海(鎮守府の周りとは違うちゃんとした海水浴場)に着いて一目散に服を脱いでスクール水着姿で遊び始めたわけですが、更衣室で着替えてやってきた他の子達はみんなスク水じゃない普通の水着を着ていて、「ぎゃはははwww学校の授業でもないのにスクール水着とかwww小学生かよwww」とかバカにされて、顔真っ赤になって泣きそうになってる吹雪ちゃんとか、すごく良いと思いませんか。