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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『月とライカと吸血姫』第2巻感想

第1巻に引き続き、第2巻も本当に素晴らしかったです。

国家(特に旧ソ連のような全体主義的な国家)において、個人はあまりにも弱い存在です。しかしそこにも、国家の作り出す大きな流れに翻弄されながらも、時にはそれに必死に食らいつき、時にはそれを上手く利用し、時には真っ向からそれに反旗を翻す、かけがえのない個人がいるのです。彼らを突き動かすのは一体何なのか。それは名声を得たいという野心だったり、未知の世界への好奇心だったり、誰かを愛する気持ちだったり、千差万別です。しかし、全体主義の暗い社会の中でも、一人ひとりがオリジナルなかけがえのない人生を送っている。そのことを見事に描き切った第2巻だったと思います。

正直言うと、作品のエモーショナルな部分、つまり、どれだけ心震わせるものがあったかという点については第1巻の方に軍配が上がると思います。でも、それはある意味当たり前で、何故ならば、第1巻のイリナの宇宙飛行こそが人類初の快挙だからです。レフの飛行はあくまでも2番手。ここが史実と大きく異なるポイントで、人々がレフを称賛すればするほどに、彼の心がどんよりと黒ずんでゆく描写は見事だと思います。

「では、地球はどう見えましたか!?」
「青みがかっていました。青いヴェールがかかって、光輝いていました」
イリナの言葉を代理で告げているようで、次第に罪悪感を覚える。
レフの心が冷えていく一方で、記者の声はさらに熱を帯びる。
「なるほど、地球は青かったと! (中略)」*1

日本では何故かガガーリンが「地球は青かった」と言ったという間違いが広まっているのですが、同じエピソードを小説に入れることで、真実が捻じ曲げられていく様子を表現しているわけですね。

この他にも、史実の使い方が本当に秀逸です。宇宙に旅立つ前にレフがバスを降りて立ちションしたというのも史実通りなのですが、これをレフとミハイルが和解するシーンとして仕立て上げているというのが、もう最高じゃないですか。何人かの候補の中から最初の宇宙飛行士としてガガーリンが選ばれた理由も、やはり誰とでも分け隔てなく接することのできる朗らかな性格によると言われていて、そういう部分も小説でちゃんと再現されているのが凄いです。おそらく作者は、心から宇宙開発を題材にした小説を書きたいと思っていて、そのために長い時間をかけて資料を集め、構想を練ってこの作品を書いたんだという事がよく分かります。

話をガガーリンとレフとの対比に戻しますが、史実のガガーリンはある意味、悲劇の英雄とも言えるでしょう。彼はソ連の英雄となったがゆえに自由を奪われ、再び宇宙へ飛び立つこともなく、1968年、訓練飛行中の事故で亡くなります。ところが、イリナという大切なパートナーを得たレフは違います。彼の翼をもぎ取ろうとする勢力との戦いに打ち勝ち、再び大空へと飛翔していくことになったのです。この史実と小説との違いもまた実に面白い点です。

国家の思惑に翻弄されながらも、それに負けない強く大きな翼を手にし、真実を伝えようと戦ったイリナとレフ。その翼は、彼らを再び宇宙へ、そして月へと向かわせることになるのか、それとも、史実と同じように他の国の誰かが月への第一歩を踏み出すのか。第3巻を楽しみに待ちたいと思います。

*1:第2巻248~249頁