新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『プリンセス・プリンシパル』とイギリス政治

暴力による革命を否定し、あくまでも穏健な方法で国を変えようとするプリンセスの立場は、実にイギリスらしいと思いました。

よく言われるように、フランスが革命と人権宣言の国だとしたら、イギリスはコモン・ローの国です。フランスが過激な暴力革命によって民主主義を確立していったのとは対照的に、イギリスは、もちろん決して流血の惨事が無かったわけではありませんが、比較的穏健な方法で何百年もかけて緩やかに民主主義国家となっていきました。

なぜそういう事が可能だったのかと言うと、それは、国全体を統治する絶対的な王権の登場がかなり遅れたからというのが一つの理由になると思います。中世のイギリスは隣国との戦争や内戦に明け暮れていたので、神聖で絶対的な王権というものが誕生しませんでした。王という存在が他国と比べてかなり世俗的であったがゆえに、たとえ王であっても侵してはならないコモン・ローが存在する、という考え方がかなり早い段階で確立しました。

であるからこそイギリスでは、王と貴族が伝統や慣習と、その時の社会情勢などを照らし合わせて、新たなルールを作りそれを必要に応じて明文化する、という作業を何百年も続けてこれたわけです。これは、人々が普遍的な理念を掲げて封建的な支配者を打ち倒そうとするフランス革命の思想とは全く正反対のものです。

もちろん、自由や平等といった普遍的な価値を掲げることにも大きな意義があります。しかしそれは時に、空虚で非現実的な理想論となり、過激なものに変容する危険を孕んでいます。そうではなくて、目の前の現実と真摯に向き合い、実際の人々の声に意味を傾け、対話を重ねていく、というのがイギリス流のやり方であり、プリンセスの選択した道なのだと思います。そして、そのような地道で大変な選択こそが、時間はかかるかもしれませんが、人々をより豊かで幸福にすることができるのだという確信が、プリンセスの心の中に、そして、イギリス国民の心の奥底にも根付いているのだと思います。

本作は王国と共和国に分断された架空のイギリスを舞台としていますが、現実世界を見るとまさに今、イギリスは分断の危機にあると言っていいでしょう。社会福祉の充実を図る社会民主主義と、サッチャー政権的な自由主義との対立。伝統的な白人社会と、主にイスラム圏からの移民との対立。親EU的なグローバリズムと、反EU的な地域主義との対立。それらの対立を乗り越えるために果たしてイギリスはどういう選択をしていくのでしょう。

アニメの舞台は19世紀のイギリスですが、非常に現代的な社会問題とイギリスの歴史についてのメタファーに富んだ面白いアニメでした。最終話も2期やる気まんまんだろっていう終わり方だったので、今後の展開にも注目したいと思います。

参考書籍:王様でたどるイギリス史 (岩波ジュニア新書)