新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

青春の「光」と「闇」―『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』

低音パートに巻き起こる波乱

凄い小説でした。何が一番凄いって、前編188ページの夏紀先輩と久美子の会話ですよ。後輩との接し方に悩む後藤を夏紀が次のように評します。

「後藤ってさ、ああいうところあんねんなー。人間関係下手というかなんというか、言葉が足りてへんねん。もっと素直になればええのに」
「それ、夏紀先輩もですよね?」(前編188ページ)

ええええええええ!!!??? こいつ、マジかよ…。久美子さんもう毒舌ってレベルじゃねーぞ…。

こんな感じで久美子は2年生になっても相変わらず一言多くて、夏紀先輩は大天使なんですが、それに輪をかけて強烈なキャラクターとして新1年生が登場してきます。特に、久美子・夏紀と同じくユーフォニアムの久石奏っていう子がもうヤバ過ぎるんですよ。彼女は中学時代からユーフォをやってたので、ぶっちゃげ夏紀先輩より演奏が上手いんですが…。例えば、奏が久美子に相談しにきたシーン。

奏は他者を頼るのが上手く、わからないことがあればすぐに久美子に相談してきた。二人のやり取りはすべて、すぐ前の席に座っていた夏紀には筒抜けだっただろう。そしてこのときには、夏紀はすでに気づいていたに違いない。
入部して以降、奏は一度として夏紀に助言を請うたことがなかった。(前編132ページ)

さらに、サンフェスの練習で夏紀がうまく演奏できず、梨子に怒られるシーンでは…

三年生二人のやり取りを、一年生部員たちが見守っている。奏は普段どおりの人当たりのいい笑顔で、そして美鈴は無表情のまま。彼女たちが内心で夏紀にどんな印象を抱いているかはわからない。だが、それがあまり芳しいものではないことだけは、端から見ている久美子にも容易に察せられた。(前編177ページ)

あ、ヤバい…。これ、去年のトランペットと同じや。後輩が先輩より上手いせいで部内ギスギスしちゃうパターンやん…。こんな感じで、夏紀と奏の関係が上手くいってない感じが、久美子視点で何度も書かれているので、読者ももういたたまれないし、これからどうなるんや…という恐怖でページをめくる手が震えます。

でも、こういった事件が起こるのは読者も何となく分かっていたことでしょう。高校からユーフォを始めた夏紀は正直言って実力的には久美子やあすか先輩より下です。しかし去年北宇治が全国大会に行ったことで、今年は優秀な1年生が大勢入部してくるということは容易に想像できます。

さて、奏と同じく1年生でチューバ担当の鈴木美鈴という子がいるんですが、その子も中学時代から吹奏楽をやっててプライドが高くて、自分より下手くそな子が先輩からちやほやされてるのが許せないみたいな感じでついにキレて練習を抜け出してしまいます。久美子は「美鈴ちゃんの言ってる事も分かるけど自分から歩み寄ることも大事」みたいなアドバイスをして、そのおかげで美鈴も徐々に部内で居場所を見つけていきます。ところが奏は、「美鈴の方が正しい」「美鈴は変わる必要なんてない」と久美子に食ってかかり、自分の経験を語り出します。中学時代、短時間だけど効率的な練習方法を実践し、学年で1番ユーフォが上手くなったこと。ところが、より長時間練習している子の方が先輩から可愛がられ、コンクールでもAに選ばれたこと。

「頑張るって何ですか? 先輩たちに向かって、居残りして練習している姿をアピールすることですか。私は、美鈴は美鈴のままでいいと思っています。美鈴がほかのやつらのために変わる必要なんてない。美鈴は正しいんだから!」
しんとした音楽室に、奏の叫び声が響く。叫ばれた台詞に、久美子は初めて彼女の本音に触れたような気がした。(前編204ページ)

このように、学校や部活における美談を描くだけでなく、その背後にある闇をきちんと描いているのが、『響け! ユーフォニアム』の特徴だと思います。

青春エンタメ小説の王道と青春の闇

『ユーフォ』のような青春エンタメ小説で軸となるのは、結局のところ「努力」「友情」「勝利」なのです。かけがえのない仲間とともに必死に努力を重ねて勝利を目指すというその営みを肯定的に描く。このような輝かしい青春の光を描くのが青春エンタメ小説の醍醐味と言ってもいいでしょう。

しかし、その光はあくまでも幻想であり、建前であり、綺麗事なのです。青春に光があるというのなら、その背後には必ず「闇」が存在します。それは「努力」「友情」「勝利」の価値を徹底的に揺さぶる世界、例えば、努力したって無理なものは無理だよ、勝利にこだわらない生き方があってもいいんじゃないの?という世界です。この青春の闇をきちんと描写した作品は、名作となることが多いと思います。古典部シリーズとか『桐島、部活やめるってよ』も、ちゃんとそれを描いていますよね。

『ユーフォ』のキャラクターはほぼ全員、「光の世界」と「闇の世界」を行ったり来たりしている人物として描かれます。ずっと光の世界にいるのは麗奈くらいじゃないでしょうか。では、この『ユーフォ 第二楽章』では、どのような闇がクローズアップされたのかと言えば、主に「友情」に関連しています。それは「友情は時に人間の客観的な判断能力を奪う」という闇です。

夏紀が他の部員と友情を築けば築くほど、皆が夏紀先輩に今年こそはAチームに入ってほしいと強く願ってゆく。これは読者も同じです。何故ならば、端的に言って、夏紀先輩って大天使じゃないですか。性格悪いパッと出の1年生なんかより夏紀先輩にAに行ってほしいと思うのは、人間として当たり前じゃないですか。でも、その人間として当たり前の感情が、どうしようもなく誰かを傷付けることもあるのです。

部内オーディションの日、奏はわざと手を抜いてオーディションに落ちようと試みます。それに気付いた夏紀が珍しくブチ切れると、奏はようやく自分の心情を話し始めます。

「あなたがいい人なことぐらい知ってます。副部長で、人望があることも、練習だって真面目にやってる。あなたを見て、皆が頑張ってると評価する。そして、あなたがオーディションに落ちたら、声をそろえて言うでしょう。『あんなに頑張ってたのに、どうしてあの子がAじゃないんだろう』って。努力してた三年生が落ちたのに、どうして何食わぬ顔で一年生なんかがAにいるんだろうって。声に出さなくたって、そう心のどこかで思うに決まってます。私は、周りから疎まれたくない。敵を作りたくないんです。オーディションでミスしたのは、あなたのためなんかじゃない。私自身の身を守るためですよ」(前編367ページ)

どれだけ努力しても、どれだけ上手くなっても、自分が上に行くことは望まれていない、みんな夏紀先輩がAに行くことを望んでいるに違いない…。そんなふうに思い詰めてしまったからこそ、奏は今まで夏紀先輩に心を閉ざし続けていたのです。

なんというか、これはチューバの美鈴ちゃんにも言えることなのですが、奏の心の底にあるのは「私の方が努力してるし実力もあるのに何で誰も評価してくれないの、ムキーッ!」みたいな感情なんですよね。確かに自分は夏紀先輩と違って誰からも好かれるような性格ではない。愛想はないし、生意気だし、性格ひねくれてるし。でもそんな性格でも、いや、そんな性格だからこそ、他人から好かれたい!もっと自分を評価してほしい!先輩に可愛がられたい!

でも、周りは誰も自分を評価してくれない。やはり人間っていうのは感情で動く生き物ですから、どうしても明るくて、誰とでも仲良くできて、性格も良い人のほうが評価されやすい。自分みたいな奴が上に行くことを望んでる先輩なんてどこにもいない…。これが、奏の抱える「闇」の正体だったのです。

「光の世界」へと戻っていくカタルシス

奏の本音を聞いた久美子は、奏ちゃんが手を抜いたところで夏紀先輩のオーディション結果が変わるわけではないと告げ、続けて語り掛けます。

「みんなが上を目指している。そりゃあもちろん、夏紀先輩と一緒にコンクールに出たいってみんな思ってるよ。でも、だからといって奏ちゃんが落ちろって思う人間は絶対にいないよ。毎日練習で顔を合わせて、毎日演奏する音を聞いて。そうやって過ごしてきて、奏ちゃんのことを頑張ってないって言う人なんているわけがない」(前編370ページ)

それを聞いて泣き崩れる奏。その後、夏紀先輩に謝罪した奏は、オーディションに全力で臨みます。オーディションには3人とも合格し、奏も夏紀先輩と普通に話せるようになっていきました。

久美子の言葉を聞いてようやく奏は「闇の世界」から「光の世界」へと舞い戻ることができました。これは大事なポイントなので強調しておきますが、「闇」が完全に消えてなくなったわけではありませんそれはまだ純然と心の中に存在し続けています。それでもなお、奏は前を向いて「光の世界」を歩み始めます。自分の努力は必ず報われると信じて。

ずっと闇の中を進む物語というものもあることはあるのですが、やはりそれは万人に受け入れられる「王道」の物語にはなり得ないと思います。逆に、光の中を突き進むだけの物語というのも、陳腐で空虚なものになるでしょう。『ユーフォ』のように、登場人物が思い悩みながら「光」と「闇」を行き来するからこそ、物語に厚みが生まれ、クライマックスで「光の世界」へ戻る登場人物を見て我々もカタルシスを得るわけです。

みぞれと希美の抱える闇

読んだ方ならお分かりだと思いますが、驚くべきことに、上で語ったことは『ユーフォ 第二楽章』のごく一部でしかありません。本作のメインディッシュは何と言っても、みぞれと希美、リズと青い鳥の物語なのです! でも、こちらについては来年公開の映画を見た後でじっくり語りたいと思いますので、今回は要点だけを簡潔にまとめたいと思います。

これまでのエピソードでは、どちらかと言えばみぞれの抱える闇の方がクローズアップされることが多かったと思います。希美さえ居てくれればいいと願うみぞれ。でも、希美にとってみぞれは沢山いる友達の中の一人でしかない。その事実を突きつけられるのがたまらなく辛い。そんなみぞれの闇を振り払い、光の世界へと導いたのが優子でした。

一方、『ユーフォ 第二楽章』では、希美の抱える闇の方に焦点が当てられたように思います。それは、みぞれの才能への嫉妬という予想外の形ではありましたが、これによって、みぞれと希美との間にあった互いを思う気持ちの温度差は少しずつ解消されていきます。

そして、関西大会の直前、2人が自分の気持ちを相手に伝えて抱き合い、長年積もり積もったディスコミュニケーションがようやく解消されるシーンが、本編の百合的クライマックスとなっています。しかし、希美がみぞれに対して抱いている複雑な感情を目の当たりにすると、果たしてこれが完全なるハッピーエンドと言っていいのか、一抹の不安がよぎるシーンでもあります。

しかし、しんみりしてる空気を一変させるようなシーンがすぐ後にやってきます。

「もしかしてアンタ、さっきの見てうらやましくなった?」
「は? うらやましいって何が?」
「しゃあないなあ。センチメンタルな部長さんにうちがハグしたろか?」
揶揄めいた言葉に、優子が頬を膨らませる。肩に置かれた腕を振り払い、そのまま彼女は飛びかからんばかりに無防備な夏紀の背中に抱きついた。衝撃で、夏紀の身体が前方に傾く。うおっ、と珍しく焦った声が夏紀の口から飛び出した。ハグというより、もはやタックルだ。眺めていたみぞれと希美が、呆気に取られた顔をしている。
「センチメンタルな副部長さんを、慰めてやろうと思って」
「あらあら、それはご丁寧にどうも。うちもお返しにハグしてあげるな」
「うぎゃっ。痛いんですけど!」
「鍛え方が足りひんとちゃう?」
「はぁ? 言うたな?」
どうしてそうなったのか、優子と夏紀はにらみ合いながら抱きしめ合っている。ギリギリと力の込められた腕が、互いの背中を拘束していた。一般的な友好的行為からはかけ離れているが、これこそが二人の親愛の形なのかもしれない。(後編307~308ページ)

結論

優子先輩と夏紀先輩はもう、結婚すれば良いんじゃないかな?