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最近読んだ本まとめ(5)―『系外惑星と太陽系』『抗生物質と人間』『すごい分子』

系外惑星と太陽系

系外惑星と太陽系 (岩波新書)

系外惑星と太陽系 (岩波新書)

太陽系外惑星の発見は我々の宇宙観を変える大きな出来事として語り継がれていくだろう。天文学者がずっと問い掛けてきた「我々が生きるこの惑星という存在は非常に珍しいものなのか、それとも、この宇宙ではありふれたものなのか」という疑問の答えが後者である、ということがようやくはっきりとしてきたのだ。

一方で、太陽系外惑星の発見は、人類が全く想像もしなかった惑星の姿を描き出すことになった。恒星のすぐ近くを短い周期で公転する巨大ガス惑星、いわゆるホットジュピターというものがたくさん発見されたのだ。これは、恒星の近くには地球のような岩石惑星があり、その外側に木星のようなガス惑星が形成される、という太陽系のモデルしか知らなかった人類にとって、あまりにも衝撃的な結果だった。

しかし、ここで注意しなければならない事がある。太陽系外惑星を発見する方法としてよく用いられるのはドップラー法とトランジット法である。ドップラー法は、恒星が惑星の重力に引きずられて揺れ動く際に発生するドップラー効果を観測する。トランジット法は、惑星が恒星と地球との間を通過する時に更生の光がわずかに弱くなる現象を利用する。これらの方法は、大きくて恒星に近い距離を周っている惑星を発見することは容易だが、恒星から離れたところにある惑星を見つけるのは難しい。

ゆえに、最初のうちは最も観測しやすいホットジュピターが数多く見つかり、センセーショナルに報道もされるが、それは宇宙全体の惑星の平均的な姿とはかけ離れている。事実、観測技術が進歩するにつれて、地球と似たような岩石惑星も多数発見されるようになってきた。

これはどんな分野にも言えることだが、目の前に提示された事実だけを見てそれが全てだと判断することは非常に危険である。これは、集団の中では声のデカい人の意見が通りやすいが、それが必ずしも集団全体の意見を反映しているわけではない、という事と似ている。太陽系外惑星の科学は、科学者にとって大切なんだけれども忘れがちな教訓を思い起こさせてくれる。

抗生物質と人間 マイクロバイオームの危機

1990年代から2000年代は、人類がヒトやその他生物の全遺伝情報の解析に注力した時代、つまり、ゲノムの時代だった。しかし現在は、個々の細胞や組織がどのような遺伝子を転写・翻訳しているのかを調べる時代、つまり、トランスクリプトームやプロテオームの時代である。語尾のオーム(-ome)は、ギリシャ語で「全体」を表す言葉である。しかし、そう遠くない未来に、腸内細菌がヒトに与える影響を調べる時代、マイクロバイオームの時代がやってくるかもしれない。

本著では、抗生物質の歴史と腸内細菌研究の歴史が概説され、抗生物質がヒトに害をなす細菌を殺すのと同時に、ヒトにとって有益な腸内細菌まで殺してしまうという危険性を指摘している。著者によると、以下のような事実により、抗生物質の投与(によるマイクロバイオームの変化)とある種の病気や肥満との関連性が明らかになりつつあるという。

  1. 抗生物質が発見されて以降、人類の肥満率が急増した
  2. 家畜に抗生物質を投与すると体重の増加が見られるようになる
  3. 抗生物質を投与されたマウスほど肥満になりやすい
  4. クーロン病のモデルマウスに健康なマウス由来の腸内細菌を移植したらクーロン病が治った
  5. 生後間もなく抗生物質の投与を受けた子どもほど肥満になりやすい

これだけ見ると、確かに腸内細菌・抗生物質・疾患の間には密接な関係がありそうだと思える。しかし、腸内細菌が死滅したことによって一体どういう不都合が生じ肥満が生じるのか、という具体的なメカニズムは書かれていない。唯一、腸内細菌の死滅によって免疫系に異常が生じることが関係しているのではないか、といった事が書かれているが、漠然とした表現にとどまっており、著者もその他の研究者も結局のところまだ詳細なメカニズムは掴みきれていないのだろうと思われた。

また、仮に腸内細菌と病気との間に関連が認められたとしても、それがどの程度の関連なのかについては慎重に議論されなければならない。例えば、肥満に関わる遺伝子というものがすでに発見されているが、だからと言って肥満が全て遺伝や遺伝子疾患で説明できるなどという人はいないし、多くの人が肥満は食事や運動不足と関連があるという事実を経験的に知っている。なので、マイクロバイオームの研究が進んだとしても、それで全てが説明できるなんてことはまず有り得ないだろうと思う。

そして、これは著者自身も口酸っぱく書いていることだが、これらの研究は、抗生物質の使用を全面的に禁止しようなんていうバカげた主張をするのが目的ではない。薬剤耐性菌の問題とも絡んで、あくまでも不必要な抗生物質の乱用こそが問題なのであって、「抗生物質は全部ダメ!」みたいな極論を言い出す人が居たとしたら、それはオカルト・疑似科学の類と同じであろう。

すごい分子 世界は六角形でできている

著者の佐藤健太郎氏は有機化学美術館というブログでも秀逸な記事を多数書いている。彼の記事や著書の面白いところは、何と言っても膨大な知識に裏打ちされた「化学トリビア」だろう。その中でも本著は、sp2炭素の化学、要するに、芳香族性を有する化合物に焦点を絞って書かれているようだ。

著者は、炭素は自然のレゴブロックのようなものだと述べている。人類は炭素を駆使して様々な形や機能を持った分子を自由自在に作り上げることができる。本著を読むと、人間の好奇心・探究心とは、かくも凄いものなのかと驚かされる。芳香環どうしをつなげて行ったらどうなるのか? 本来平面の芳香族化合物を捻じ曲げたら? 芳香環の中に炭素以外の元素を入れたら? 誰も見たことのない化合物を作って、その性質を調べてみたい。炭素と炭素を自由自在につなげてみたい。希少な化合物を安く大量に作りたい…。そんな人類の情熱が、数え切れないほどたくさんの新しい物質を生み出し、新しい分野を生み出していく。

そこには、自然の原理を解明したり人類の進歩を目指したりする他の学問とは少し毛色の異なる何かがある。まるでレゴブロックで遊ぶ子どものような、自由さとワクワク感に満ちた研究だ。しかし、研究者個人の遊び心からスタートしたような研究であっても、それが後に人類に多大な貢献をする場合があるから面白い。

例えば、本来平面的な形の芳香族化合物を曲げるのは極めて難しい。だからこそ多くの研究者が、まるでエベレストに挑む登山家のように、野心を抱いてそれを作り上げようとしてきた。彼らはきっと「それは一体何の役に立つのか」なんて最初は考えていなくて(研究費を獲得するために建前として少しは考えていたかもしれないが)、ただ純粋に自分がやりたい研究をしていたのだろう。けれども、そうやって作られた新しい化合物は、他の化合物とは反応性やその他の物性がまるで異なっていて、そこから様々な応用研究が生まれたりしている。

そのような有機化学の奥深さを知れば知るほど、今の日本政府がやっているような、最初から何の役に立つかとかビジネスになるかとかばかりを考えて研究者を選別し金を配るような政策が、いかに馬鹿げたことであるかがよく分かる。