新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『継母の連れ子が元カノだった』感想

これは面白い! 最近読んだラノベの中では圧倒的にギャグセンスが高い!

水斗と結女は共に読書が趣味の陰キャだったが、中学時代に図書館で意気投合し付き合うことになる。付き合い始めたばかりの頃は初々しいバカップルのような関係だったが、様々な出来事が重なって恋は完全に冷めてしまい中学卒業前に別れることとなる。そして高校入学直前、水斗の父親が再婚、その再婚相手の連れ子はなんと別れたばかりの結女だった! こうして一つの屋根の下で暮らすことになった2人は、両親に心配をかけないために仲のいい義兄妹を演じながら高校生活を送ることに…。

なんという悲劇だろう。いや、ラノベの設定的に言えば、これ以上の喜劇はない。

各章冒頭、「今となっては若気の至りとしか言いようがないのだが」という決まり文句の後に続くのは、水斗と結女が付き合っていた頃の黒歴史開陳の時間である。高校生となった2人が今考えると恥ずかしくて仕方のない中学時代を振り返るという構図なのだが、これが死ぬほど面白い。例えば、中学時代の体育の授業で、水斗たち男子生徒がサッカーをしているのを、結女たち女子生徒が見ているシーンは、次の通り。

なーにが『せーのっ……がんばってー!』だ。何を頑張らせるんだ、たかが体育で。彼氏でもない男に甲高い声出しやがって洒落臭い。
その中でも最も洒落臭い女が、何を隠そう私であった。
何せこっそり付き合っている彼氏をこっそり応援していたのだから、洒落臭さでは一線を画している。脳内では白いタオルを彼に渡しに行く妄想が留まるところを知らず、汗臭いままの彼に校舎裏で壁ドンされるところまで進行していた。
(中略)
残念ながら――否、幸いなことに、その妄想は実現されることはなかった。
あの男が。私の彼氏が。
……一瞬たりとも、活躍しなかったからである。
試合を終えたあの男の顔には、一滴たりとも汗がなかった――それも当然だ。何せこの男、コートの右端で身動ぎ一つするすることなく、全身から溢れる『近付くなオーラ』のみをもってしてディフェンスと成すという、サッカー界に革新をもたらすプレイを披露していたのだから。
(第1巻、102~103ページ)

もうこのくだりだけで、作者の並々ならぬ才能が見て取れるだろう。それにしても、これは完全に余談になるのだが、先日読んだ辻村深月さんの『オーダーメイド殺人クラブ』でも陰キャ男子のサッカー授業時における悲哀が印象的に描かれていて、やはり日本の中学校でのサッカーの授業というのは、スクールカーストを白日の下に晒す舞台装置としてこの上ないものなのだなぁと思った次第である。

さて、陰キャうしの痛々しくも可愛らしい恋愛描写が終わって舞台は現在に戻り、すっかり高校デビューに成功した結女と、相変わらず陰キャを通す水斗が、延々といがみ合う高校生活が描かれる。しかし、言葉では散々相手を罵り、椅子を蹴り合ったりしてる関係でも、より深い精神的な部分で、2人の間に強い絆が芽生えていく。例えるなら、『響け! ユーフォニアム』における中川夏紀と吉川優子のような、喧嘩ばかりしているけどお互いがお互いのことを深く理解し繋がっている、そんな不思議な関係が描かれていくのだ。

それは、2人が恋人としてよりを戻したとかいうような単純なものではない。むしろ水斗と結女は、兄妹としての新しい関係を築いていこうと試行錯誤を繰り返しているようにも見える。2人をそこまで突き動かすのは、2人の心の中に強く残る後悔の念なのかもしれない。

水斗は幼い頃に母親を亡くし、結女は両親の絆が崩れ離婚するのを見てきた。そして、かけがえのない初恋の思い出が短時間で色褪せていくのを身をもって経験した。そんな彼らだからこそ、強固で一生変わらないとすら思える関係性が、実は非常に脆くて儚く、ちょっとしたきっかけて形を変えてしまうものであるという現実を痛いほどよく理解しているのだろう。だからこそ水斗と結女は、せっかく芽生えた新しい関係性を壊してしまわないように、今度こそ後悔しないように、相手に対して誠実であろうとし続けるのだろう。

そのような相手への誠実さを突き詰めた先に、第2巻クライマックスのあの選択があるのだと思う。正直、水斗と東頭いさなは十中八九、恋人になると思っていた。それが水斗にとってもベストな選択だという確信があった。それでも水斗はそうしなかった。輝かしい未来がすぐ届くところにありながら、水斗はそれに手を伸ばそうとはしなかった。恋人でも何でもない結女という少女のそばにいたいという、合理性の欠片もない意志、であると同時に心の奥底にある否定しがたい本心に従って、水斗は東頭いさなの告白を受け入れないという選択をしたのである。

登場人物がただ杓子定規に合理的な選択をするだけでは、そこに心揺さぶられるものは無い。登場人物がその選択をすることが間違いなく正しいとすら思えるような、強烈な合理性と読者の納得感がある中で、あえてその逆の選択を取るからこそ、そこに読者の魂を揺さぶるものが宿るのだ。福部里志が摩耶花のチョコレートをちゃんと受け取るという選択、ナツキ・スバルエミリアを救う事を諦めてレムと一緒に逃げるという選択、櫛枝実乃梨が高須竜児の告白を受け入れて2人が恋人になるという選択、そういった選択の先に読者は輝かしい未来を垣間見た。それでも、そこであえて違う選択をしたからこそ、その物語は唯一無二のものとなり、読者の心に深く刻み込まれるのである。

しかし、こういう選択にまつわる物語を作り上げるのは並大抵のことではない。それは、何巻にもわたって物語を積み重ねてきた上でようやく生きてくる手法だろう。その「極致」に、2巻の時点で既に到達しているということが如何に凄いことか。いずれ発売される第3巻も間違いなく素晴らしいものになっているだろう。