新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

最近読んだ本まとめ(6)―『オーダーメイド殺人クラブ』『14歳からの哲学入門』『植物たちの戦争』

オーダーメイド殺人クラブ

これは我々一人ひとりの物語でもあり、少年Aの物語でもある。我々は一歩間違えれば少年Aのようになっていたかもしれないという事実を描き、同時に、やはり我々と少年Aとの間には大きな隔たりがある(我々は少年Aになりきれなかった大人である)という事実も描く物語だ。

動物の死骸や少年犯罪などの猟奇的なイメージに憧れるアンと徳川。それは我々自身の姿をした写し鏡のようでもあり、その関係性の萌芽は色々な作品の中にも垣間見える。中二病をこじらせた小鳥遊六花や岡部倫太郎、理不尽なスクールカーストの中で鬱屈した高校生活を送る比企谷八幡雪ノ下雪乃、夜の山で「特別になりたい」と願う麗奈と久美子、のぞみぞ、安達としまむら。彼女達もまた、ほんの少し運命の歯車が狂ってしまっていたら、アンと徳川のようになっていたかもしれないのだ。

ある生物学者はガンのことを「我々自身の歪んだバージョン」(我々が元々持っている遺伝子が何らかの理由で暴走したり働かなくなったりすることでガンが発生する、というガンのメカニズムを表現する言葉)だと述べているが、アンと徳川もまた、我々の心の歪んだバージョンなのである。

一方で、我々の心の中に少年A的なものが内在するという事実は、逆説的に、少年Aのように行くところまで行ってしまう例は極めて少ない、という事実を示唆している。であるならば、我々と少年Aを分けたものは一体何だったのだろう、という問いが生まれてくる。私はそれは「人と人とのつながり」だったのではないかと思っているが、その答えは人の数だけ存在するだろう。

14歳からの哲学入門 「今」を生きるためのテキスト

これは良い。ニーチェ、カント、キルケゴールウィトゲンシュタイン、そういった哲学者の語った思想体系を、非常に大雑把ではあるものの、極めて簡潔に分かりやすくまとめてある。読みながら「こういう本を待っていた!」と思った。

私は別に哲学を学びたいわけではないし、構造主義とか実存とか言語ゲームといった哲学用語について調べてるわけでもない。ただ純粋に、哲学という分野において、どういう人達が、どういう主張をしてきたのか知りたいだけなのである。例えば「今度お札になる北里柴三郎って何やった人?」「自分と同じ誕生日の有名人って誰がいるんだろう」「今やってるアニメのあのキャラの声優誰だっけ?」みたいな疑問が湧いてきた時、スマホでサッと調べれば簡単に分かるけれども、哲学に関してはそんな風に気軽に調べることがなかなか難しい。

要するに、哲学や哲学史についてのざっくりした流れみたいなものを一応知っておきたい、というただそれだけなのだ。いつ使うかわわからないけど、そりあえずそういう「ざっくりした流れ」を頭の引き出しの中に入れておけば、後で使いたいと思った時にそれを足がかりにして色々深く掘り下げていけるのである。この本は、そういう需要を満たすのにうってつけの本だと思う。だから本書を何らかの哲学についての入門書や教科書のようなものと考えるのは間違いで、「入門書の入門書」だと考えた方が良い。

植物たちの戦争

植物たちの戦争 病原体との5億年サバイバルレース (ブルーバックス)

植物たちの戦争 病原体との5億年サバイバルレース (ブルーバックス)

本書は一言で言えば、植物が持つ免疫系の話である。当然だが、我々動物と同じく植物も微生物やウイルスに感染するが、植物に感染する微生物の多くを占めるのは、カビなどの真菌の仲間であるらしい。元々死んだ植物などに寄生していた菌の中で、生きた植物に寄生できるものが現れ、さらに植物の方も感染を防ぐための様々な防御機構を進化させ、菌の方もそれに対抗して…というようなイタチごっこが何億年も繰り返され、動物の免疫系に勝るとも劣らない複雑な免疫システムが存在する。

免疫と聞けば多くの人が抗体を用いた獲得免疫を想像するし、最近では自然免疫とかガンの免疫療法とかが注目されているが、それらは全て動物の免疫系についてのお話である。植物の免疫というのは、動物の自然免疫に似たような部分(例えば、植物も菌類の鞭毛を認識して感染を防ぐ仕組みを持っている)もあるが、動物の免疫とは大きく様相が異なる。

しかし、そういうニッチな領域の研究が、意外と身近に応用されているというのが面白い。例えば、ゲノム編集で用いるタンパク質として有名なTALENは、元々、植物感染菌が持つTALエフェクターというたんぱく質の研究から生まれたものである。これは、細菌の免疫システムというニッチな研究分野からCRISPR/Cas9という現在最も広く使われているゲノム編集ツールが生まれたこととよく似ている。結局、科学というのは本当に何が起こるか分からない、誰も注目してないようなところから予想外の大発見・大発明が生まれることが有り得る世界なのだ。