新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

部活動論1―『白球少女』、野球部

白球少女 ? (フレックスコミックス)

白球少女 ? (フレックスコミックス)

いやあ、『白球少女』のラストは深いなあ。この作品って、ハッピーエンドに見せかけて、実は物凄いバッドエンドなんじゃないかと思った。第5巻ラストでの円の涙は、大切な仲間が出来たという嬉し涙であると同時に、やっぱり自分は野球から逃れられないんだという悔し涙でもある。

主人公・白石円は卓越した怪力と野球センスを持つ女子高生だが、野球のことは嫌っていて一向に野球部に入ろうとしない。それは、野球指導者である父に幼い頃から無理やり野球をさせられ、野球のことしか考えてない父に愛想を尽かして母も失踪してしまった、というトラウマを持っているからだ(『美味しんぼ』の雄山・士郎親子を彷彿とさせる設定だ)。転校先の高校でも、野球部の面々が執拗に入部してくれと勧誘に来るが、円はそれを頑なに拒む。そんなこんなで円と野球部員とのグダグダな毎日を描くことで物語は第5巻まで進む(野球をする描写は一回もないwww)。

巻を重ねるごとに野球部員と円との友情は深まってゆく。また、円が野球をやめたせいで、「円と一緒に野球をしたい」と思っていた少女が深く傷ついていたという事も知る。そんな中、失踪していた母親が見つかり、円は母親と一緒に暮らすためにアメリカに行く決心をする。しかし、野球部員たちは円を連れ戻すために空港まで行き、「お前をアメリカなんかに行かせねえ!」*1と叫ぶ。彼らの姿に胸を打たれた円は、「何も言わなくたって言葉が通じる仲間がいる だから私の居場所はたぶん此処だ」*2と再認識し、アメリカ行きを取り止める。

これは一見、感動的なエピソードに見えるけど、円は大嫌いな「野球」という場所に戻らざるを得なかったのだ、という風にもとれる。結局、あの畜生な父親の思惑通りになったわけだ。第5巻109Pでの円が泣くシーンは、やっぱり私には嬉し涙には見えない。もちろん、部員達が自分を連れ戻しに来た事は嬉しかったはずなんだけど、それ以上に「ああ、結局自分はどんなに抗っても野球からは逃れられないんだ」ということを悟って、悔しさと悲しさがこみ上げてきた結果、ああいう涙になったんじゃないかと思う。

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円は「野球から離れたい」という気持ちと、「皆と一緒にいたい」という気持ちの中で葛藤し、最終的に後者を選んだ。こういう葛藤・ジレンマは、社会で生きている以上誰もが向き合わなければならない事だと思う。どちらに転んでも円にとって苦しい決断になるけど、最終的に彼女は部員たちとの絆の方を選んだ。もちろん「絆」っていうものはとても大切なものではあるんだけど、同時にそれは「しがらみ」にもなるんだよね。円は野球のせいで大切な家族を失ったわけだけど、その野球によって大切な仲間を得たのも事実。そして彼女は、大切な仲間との絆を得てしまったがために、大切なものを奪った野球から離れられなくなった。何という皮肉だろう。

円と部員たちがクリスマス・イヴの試合(おそらく円の父親も一枚かんでるであろう試合)をすっぽかすってのは、彼女たちのせめてもの抵抗なんだろう。「野球は続けるけど、親父の言いなりにはならないぞ」っていう。

*1:第5巻、107P

*2:第5巻、108P