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(ネタバレ注意)〈古典部〉シリーズ『鏡には映らない』考察―摩耶花の圧倒的可愛さ!

先日、ようやく<古典部>シリーズの文庫本未収録エピソード『鏡には映らない』を読むことができたので、今日はその感想を書く。ネタバレ満載なので、くれぐれもご注意願いたい。

刑事・摩耶花の捜査

卒業制作で大きな鏡を彩るレリーフを作ることになった折木・里志・摩耶花たち鏑矢中3年生一同は、分担して各パーツに彫刻を彫り進めていく。ところが、いざパーツを組み合わせて鏡を完成させてみると、折木の作ったパーツだけ、明らかに設計図を無視した手抜きとしか言いようのない代物になっており、レリーフのデザインを考案した生徒もそれを見て泣き出してしまう。手抜きをした生徒は他にも大勢居たにも関わらず、折木はクラスメイトから一斉に非難を浴びせられる。摩耶花もまた、折木だけが責められる状況に疑問を抱きつつも、彼に対して面倒くさがりで協調性がない奴という印象を強めていった。高校入学後も摩耶花が折木に対して冷たい態度を取り続けていたのには、彼が里志と仲良くしているという理由の他に、上で述べたような中学時代の遺恨が背景にあったのだ。

しかし、共に古典部に入部して1年を過ごすうちに、次第に折木に対する印象は変化していく。確かに普段は省エネ主義で物ぐさだけれども、千反田さんのために孤軍奮闘したこともあったし、文集『氷菓』の原稿も締切前にきちんと提出してくれた。折木は、自分がやらなくてはいけない仕事を途中で投げ出して皆を悲しませたり落胆させたりするような奴じゃない。だからこそ、あの時折木が手抜きをしたのには何か深い訳があったのではないだろうか。そう考えた摩耶花は、当時の関係者のもとを自ら訪ねて回り、決して鏡には映らない隠された真実を見つけ出そうとする。

折木奉太郎が与えられた情報だけを頼りに答えを導き出す安楽椅子探偵なら、伊原摩耶花は自分の足で地道に情報を集めていく刑事だろう。よくある探偵ものや刑事ものに有りがちな常人離れした推理力や特殊技能に頼ることなく、まるで『廃墟に乞う』の主人公・仙道孝司のように、自分の足でコツコツと関係者に話を聞きに行くスタイルは、摩耶花の実直で生真面目な性格をよく表している。

しかし、仙道が知人や警察関係者からの依頼で動いていたのとは対照的に、摩耶花の場合は自分の中から湧き上がる「私、気になります!」という好奇心から行動していた。いや、好奇心という言葉には語弊がある。結局のところ摩耶花を突き動かしていたのは、折木に対してのこれまでの非礼を恥じ、彼の手抜きに隠されたやむを得ない事情を知った上で折木に謝りたい、という切実な思いだったのだろう。これは、短編『大罪を犯す』の中で数学教師の間違いに怒った千反田が、その間違いにも三分の理があると考えて間違えた理由を知りたがったこととよく似ている。他人の取った行動によって自分が不利益を被ったり嫌な気持ちになったりしたら、誰でもその人に対して怒りを覚えるし軽蔑したりする。それでも、そこから一歩引いて冷静になって、彼が何故そういう行動をしたのか、彼の行動にも正当な理由があったのではないか、という風に真剣に考えることができるのが、千反田と摩耶花の優しさであり誠実さなのだろう。

「鏡には映らない」ものとは何か

卒業制作時に折木と同じ班だった女子生徒に話を聞きに行った摩耶花は、そこで折木の手抜き行為には鳥羽麻美という生徒が関わっていたらしいという情報を得、彼女のもとへ向かう。摩耶花は麻美の忠告に従って、例の鏡が置いてある中学校に向かい、鏡を写真にとって逆さまにして見てみた。すると、レリーフの模様の中に確かに「We hate A ami T」と読める箇所が! 実は、このレリーフのデザインを担当した鷹栖亜美という生徒は、麻美に対して陰湿ないじめを行っており、末永く学校に残るであろう鏡に「We hate Asami T」(私たちは鳥羽麻美が嫌いだ)という呪いのメッセージを残そうと画策していたのだ。その陰謀に気付いた里志と折木は一計を案じ、「s」の部分をわざと手抜きすることで、メッセージを「We hate A ami T」(私たちは鷹栖亜美が嫌いだ)という風に書き換えたのだ。その書き換えに気付いた亜美が常軌を逸するほどに泣き喚いていた理由、麻美があらゆる人を拒絶して一人で居ようとする理由、そして、折木が手抜きをした訳を頑なに話そうとしない理由。それらが一気に氷解し、読者は「おおっ」と唸らされることになる。

この短編はまさに「鏡には映らない」人の本音・本性を明らかにしようとする話だった。いや、本作に限らず同シリーズの話はどれも、古典部のメンバーが表に出てこない本当の感情・願望・意図を明らかにしようと奮闘するものだった。しかし、そうやって出てきた真実は、必ずしも読者が清々しい気持ちになったり、胸をなで下ろすような安心感を与えてくれるようなものばかりではない。鏡に映らない真実というものは往々にして、嫉妬や憎悪といったあらゆる黒い感情を含んでいるが故に、隠されるべくして隠されたものなのだ。

本作における「鏡に映らない」ものというのは、人間が持っている黒い一面のことだろう。それは、レリーフに酷いメッセージを残そうとした亜美の陰湿な本性の事だけを指すのではないはずだ。その亜美に仕返しをしようとした麻美と、それに加担した折木と里志。折木に全ての責任を押し付けたクラスメイトと、それをおかしいと思いつつも見て見ぬ振りをし、彼に対して不誠実な態度を取り続けた摩耶花。彼ら全ての心の内にある黒い一面のことを指しているのだと私は思う。

摩耶花が可愛すぎる

それにしても、この麻耶花の可愛さは何なのだろう。文章の端々に垣間見える漫画にかける並々ならぬ情熱とか。中学の卒業アルバムから里志の写真を見つけ出してニヤニヤするところとか。文集の原稿をなかなか提出しないふくちゃんを座らせ説教する時の台詞とか。出身中学に高校の制服で入る気まずさから、いっそのこと中学の制服に着替えてから入ろうか、いやいやそれじゃまるでコスプレじゃないか何考えてるんだ私は、と一人悶々とする場面とか。その他、卒業制作に非協力的だった男子生徒に「ばっかじゃないの」と言い放つところとか、手抜きの理由を探ろうと折木に詰め寄るところとか、クライマックスで折木に謝るところとか、挙げればキリがない。

その全てが、私の頭の中で茅野愛衣の声と京アニの映像を伴って再現することが可能だ(あのジト目で詰め寄られる折木と里志が羨ましい)。これがアニメ化されないどころか、文庫本にも掲載されていないなんて、あまりにも勿体ない話だ。そして何より悲しいのは、この話が掲載されている雑誌『野性時代 2012年8月号』を読む手段が非常に限られているということだ*1。しかし、全国の摩耶花ファンなら絶対ニヤニヤできること間違いなしなので、是非、読んでいただきたい*2

*1:私の場合はこれを読むために、書店で買おうとするも在庫がないと諦め、市立図書館に行ったが見つからず、県立図書館に行っても見つからず、結局、所属している大学の付属図書館の地下倉庫から何とか雑誌を見つけ出してきて読んだという次第だ。大学院生という身分が無ければ、これを読むのはさらに困難だっただろう。

*2:逆に言えば、今回は千反田さんは若干ハブられ気味で出番がかなり少なかったが、それは今回に限っては致し方のないことだろう。