新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

やられたらやり返す倍返し少女・小佐内ゆきが可愛いすぎる〈小市民〉シリーズ感想

「小市民」を目指す謎の高校生2人組

米澤穂信の〈小市民〉シリーズの内容を一言で言い表すならば、やられたらやり返す倍返し少女・小佐内ゆきと、見た目は小市民だけど頭脳は超明晰な名探偵・小鳩常悟朗が織り成す、少し甘くて、めちゃくちゃ苦い青春ミステリ劇、という感じです。

主人公・小鳩常悟朗は、日常の中に溢れている謎を推理し解き明かすのが大好きな一風変わった高校生で、中学時代は様々なことに首を突っ込んでは謎解きを披露するということを繰り返してきました。しかし、その行動があだとなって他人から恨みを買ったり、色々なトラブルに巻き込まれたりしたため、高校では探偵ごっこをやめて、ごく普通の「小市民」として生きようと決心しています。そんな小鳩君といつも行動を共にしているのが、同じ学年の小佐内ゆきという子なのですが、彼女もまた、「小市民」として平凡で静かな高校生活を送りたいと願ってやまない少女です。

ところが、この小佐内さんが隠し持っている驚くべき本性が、同シリーズ第1巻『春期限定いちごタルト事件』の後半で明らかとなります。彼女はなんと、自分に危害を加えたり、加えようとした相手に対して徹底的に復讐することに喜びを見いだす、とんでもない嗜好の持ち主だったのです! 小佐内さんが復讐しようとする相手は、確かに悪い奴ばかりです。例えば、小佐内さんの自転車を盗んだ挙句ボロボロにして道端に放置した窃盗犯とか、彼女のことを良く思っていない不良グループとか。けれども、その復讐の方法が非常にえげつない。復讐相手のことを綿密に調べあげて、その相手の社会的立場を徹底的に陥れ、プライドをへし折ってしまいます。しかも彼女は、その復讐の過程を心の底から楽しんでいて、復讐達成の喜びを得るためには手段を選びません。そんな小佐内さんの本性を知っているのは小鳩君だけ。2人は、自らの本性を周囲からひた隠しにし、平和な高校生活を送れるように時には協力し合い、時には利用し合う互恵関係を結んでいるというわけです。

倍返し少女・小佐内ゆきの圧倒的可愛さ

もし小佐内さんが、見た目も派手でいかにも性格悪そうなビッチ女だったら、いえいえそんなヒロイン結構ですと言って本を閉じてしまうところですが、困ったことに、この小佐内さんは普段は実に可愛らしくて萌えるんです。まず、小佐内さんは小学生と間違えられるくらい背が小さくて、見た目は小動物のように可愛らしいので、とても復讐大好きな悪女には見えません。しかも、美味しいスイーツの店を巡ることに生きがいを感じていて、スイーツの話をしてる時はとても素敵な笑顔を見せます。そして、普段は人見知りがちな小佐内さんが、互いに素性を知っている小鳩君にだけは良くなついていて、周りからはカップルだと誤解されるくらい常に一緒に行動しているんです。このシチュエーションは、男だったら絶対憧れると思います。

きわめつけが、同シリーズ第2巻『夏期限定トロピカルパフェ事件』の小佐内さんですね。小佐内さんは、お気に入りのスイーツ店を記したお手製の地図をドヤ顔で小鳩君に見せ、夏休みを利用して市内のスイーツを食べ歩くのだと言います。そして、ことあるごとに小鳩君を誘っては、一緒にお店でスイーツを食べたり、一緒に家でスイーツを食べたりするんです! しかも、2人でスイーツ巡りをしている時の小佐内さんは、いつも楽しそうにニコニコしていて。なんなんだ、このイラ壁カップルは!

でも、小佐内さんが小鳩君をデート(?)に誘うのも、思わせぶりな態度を取るのも、全て狡猾な作戦だったということが、後半で明らかになります。彼女は、円滑に復讐を達成するために計算して、ああいう行動を取って小鳩君を利用しているんです。推理大好きの小鳩君は、最初から小佐内さんの行動には裏があると確信しています。読者も、第1巻を読んで彼女の本性を知っているので、絶対怪しいと思いながら読み進めます。でも、絶対裏があると分かっているのに、小鳩君はスイーツ巡りをやめないし、読者もそれを見てニヤニヤしっぱなしになるんです。

これは非常に不思議な感覚でした。後で裏切ること間違いなしなのに、小鳩君をデート(?)に誘う小佐内さんがもうメチャクチャ可愛いく見えるんです。いや、むしろ、そんな可愛い彼女が、心の中でとてつもなく腹黒い復讐計画を練っているというギャップが、より一層彼女の可愛さを増強しているんですね。

これは、最近流行りのウザ可愛いヒロインと共通する萌えだと思いました。『WORKING!!』の山田、『キルミーベイベー』のやすな、『日常』のゆっこみたいなキャラは、最初は「ウザっ」って思うけど、次第にそのキャラの魅力に引き込まれていって、最終的に視聴者は「次はどんなウザいことするかな~」とニヤニヤしながらキャラを注視するようになるんですね。小佐内さんもこれと全く同じで、彼女が可愛らしい行動を取るたびに、「心の中ではどんな酷いこと考えてるんだろう」「次はどんなえげつない事するのかな~」と考えてしまって、ニヤニヤが止まらないのです。

小佐内さんと小鳩君との揺るぎない絆

こんな良い感じの2人でしたが、第2巻のラストで、一緒に行動しても「小市民」にはなれないと悟った小佐内さんが、「わたしたち、もう、一緒にいる意味ないよ」と別れ話を切り出します。こうして別れることになった2人ですが、最後の最後、小佐内さんは「でもね。小鳩くんとのスイーツめぐり。……楽しい気持ちも、なくはなかったの」と言って立ち去ります。この言葉が本心なのか、それともまた嘘なのか、それは読者からは分かりませんが、おそらく本心なのだと思います。

現実の世界を見渡してみても、お互いの利益のためだけの仕事上の関係と、純真な絆によって結ばれた友人関係・恋人関係との間に、明確な区別など付けられないと思います。小佐内さんと小鳩君にとっては、互いに小市民を目指したいというのも本心、ただ一緒にいたいというのも本心だったのです。

そんなほろ苦い別れを経験した後の、シリーズ第3作目『秋期限定栗きんとん事件(上・下)』では、なんと、瓜野という男子が小佐内さんに告白し2人は付き合うことになってしまいます! しかも小鳩君は小鳩君で、クラスメイトの仲丸さんに告白され、付き合い始めるのです! 何という超展開。これまでずっと行動を共にしてきた2人が、今回は終盤まで一切会話することもなく、それぞれ別々に「ある事件」について調べ始めます。結局、小鳩君は仲丸さんと上手く行かずに別れることになり、瓜野も小佐内さんの逆鱗に触れてみっちり復讐されてしまいます。

そして終盤、約1年ぶりに言葉を交わした小佐内さんと小鳩君は、小市民になるという目的のための互恵関係ではなく、ただ純粋に分かり合える人のそばにいたいという気持ちから、「また一緒にいよう」と約束し合うのです! これまでずっと自らの中に眠る本性を恥じ、それを隠しながら生きてきた2人でしたが、ついにその本性を受け入れ、たった一人理解してくれる人がいればそれでいいと思えるようになったのです! なんて可愛いんだ、この人たち。もうニヤニヤが止まりません。是非とも、その後の2人が描かれた続編を読んでみたいものです。

そして、これは余談ですが、〈小市民〉シリーズを見て真っ先に思い浮かんだのが、角川スニーカー文庫の『“菜々子さん”の戯曲』でした。この作品のヒロイン・菜々子さんもかなり腹黒くて悪女なんですけど、メチャクチャ可愛いんですよね。ご存じでない方は是非一読をお勧めします。