新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『スロウスタート』感想―秘密を抱え込む苦しみとカミングアウトの恐怖

篤見唯子作『スロウスタート』は日常系4コマ漫画でありながら結構重い設定とストーリーが特徴的な作品です。主人公・一之瀬花名は、受験シーズンにおたふく風邪に感染して高校受験ができず、高校浪人してしまった女の子です。地元を離れ、従姉妹の住んでいるアパートで1年間引きこもり生活を送った後、1年遅れで高校に入学。浪人していることを友達に隠しながら高校生活を送っています。

花名は、ふとした一言から自分が浪人生であることがバレてしまう事を極端に怖れているように見えます。例えば、友達と出身中学の話になって、何故わざわざ地元から遠い高校に入学したのかと聞かれたり*1、体育の授業時に「中学卒業してから全然運動したりしてなかったから体力が…」と口走ったら「そんなひと月くらいで?」と言われたり*2。そのたびに、秘密がバレないように必死に言い訳を考えて何とかごまかそうとしているんです。もちろん、普通の萌え4コマ漫画と同じようなほのぼのした日常も描かれてはいるんですが、なんかもう、見ているこっちまで辛くなってくるような場面が結構描かれてます。

友達がふとした瞬間に口にする何気ない一言が、花名の心をえぐるように傷つけてしまうこともあります。例えば、友達の誕生パーティで、その友達から「同い年ですねえ花名ちゃん」と声をかけられた瞬間、花名の目からどうしようもなく涙があふれてきてしまうんですね*3。お互いに誕生日を祝う間柄の大切な友達にすら、本当は同い年じゃないという事実を伝えることができないのです*4

確かに、花名が周りの視線を気にしすぎて少し神経質になっている部分もあるにはあります。けれども、私達が同じような立場に置かれた時、自分の秘密をカミングアウトできると胸を張って言える人はいるでしょうか。「どんな秘密でも打ち明けてしまえばすっきりする」とか「友達との間で隠し事をするのは良くない」という言葉をよく耳にしますが、それが時として、あまりにも辛辣で無責任な言葉の暴力になる場合もあると思います。

そして、私達はよく「辛い経験をしたからこそ今の自分があるんだ」などと言って過去を美化しがちですが、スロースタートという一生続くかもしれないハンデを背負わされ、それを身近な友達にすらカミングアウトできずに苦しんでいる人を前にして、過去を美化するような言葉を軽々しく口にしていいんだろうかと考えてしまいます。それでも2巻以降、花名が秘密を打ち明ける時がきっと来ると思います。その時にこそ花名は、大切な親友と出会うことができたから、自分のスロースタートは決して無駄ではなかったと思えるようになるでしょう。

で、それとは全く関係のない話なんですが、十倉さんと榎並先生の間で醸し出させるイケナイ百合の雰囲気がたまらなく好きです。主人公の今後とあわせて、この二人の関係にも注目していきたいと思います。

*1:第1巻、39P

*2:第1巻、44P

*3:第1巻、86~87P

*4:唯一、同じアパートに住んでる浪人生の女の子(こちらは大学浪人ですが)には、自分も浪人生だったという事を打ち明けています。