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話にならない下町ボブスレー側の言い訳

おもに東京都大田区にある町工場が立ち上げた下町ボブスレーネットワークプロジェクトの作製したソリが、五輪ジャマイカ代表に採用されていたのに、急遽ラトビア製の別のソリを利用することになり、下町ボブスレー側が契約違反だとしてジャマイカに違約金の支払いを求める事態に発展しています。

「遅い、安全でない、検査不合格」ジャマイカ側の言い分 - 2018平昌オリンピック(ピョンチャンオリンピック)- 五輪特集:朝日新聞デジタル

朝日新聞はこの件に関してジャマイカ側の言い分を載せており、それによると、(1)下町ボブスレーのソリはラトビアBTC製のソリよりも2秒以上遅かった、(2)下町ボブスレーのソリはレギュレーションチェックでたびたびNGとなることがあり五輪本番もNGとなる危険性があった、(3)下町ボブスレーのソリは安全性に問題があった、という理由を挙げています。

これに対して、下町ボブスレー側が公式ホームページで反論をしています。

ジャマイカ連盟との交渉について | 下町ボブスレーネットワークプロジェクト公式サイト

本来は下町の小さな町工場だったはずなのに、随分とご立派なホームページをお持ちなようで…。自分たちの正当性を訴えようと、情に訴える文章や写真まで多用して、重要個所は太文字で強調…。実に高い情報発信力がお有りのようですね。バックにいるのは広告代理店?それとも政府?

…という第一印象はさておき、とにかくこの反論がまるで反論になってない、苦しい言い訳のオンパレードで、「あ、駄目だ、この人たち…」となってしまい、こんな人たちにソリを押し付けられるジャマイカが本当に可哀想、ジャマイカには是非ともラトビアのソリを使ってメダルを取ってほしいと心から思いました。

スピードについて

事の発端は、輸送時のトラブルにより下町ボブスレーが会場に届かず、ジャマイカ側が急遽BTC製のソリで大会に出場したことでした。下町ボブスレーよりもBTC製のソリの方が性能が良いということが発覚し、結局ジャマイカ側はオリンピックでもBTC製を使うことに決めたようです。しかし、下町ボブスレー側は納得行かず、自分たちのソリが決して遅いわけではないと主張しています。そして、実際にテスト走行をして下町ボブスレーはBTCより速いという結論が出ている、などという主張を展開しています。

しかし、彼らの主張するテストというのが、どうも怪しい。先のホームページには次のような記述が。

このドイツでのワールドカップで7位に上位入賞したことにより、ジャマイカ連盟は下町ボブスレーのさらなる改良の要望などが始まりました。我々としては即対応しオーストリアへ飛び対策を開始しました。ジャマイカ連盟が指名したオーストリア人技術者と共に改良し、オーストリア代表女子選手で12/9のワールドカップにて5位獲得のBEIERL Kartin選手がテスト滑走しました。

テストを行ったのはジャマイカの代表選手ではなく、オーストリアの選手って…。もうこの時点でテストの意味無くないか?*1と思うんですが、さらに呆れ返る内容が続きます。

ジャマイカチームがBTCを持ち去ってしまったため、比較対象はドイツのワルナーというソリにしました。このソリはテストを開催したインスブルックのコースで最速と評価されており、そのソリとリザルトタイムのデータにおいても滑走評価でも同等でした。

は? え? 何言ってんのコイツ? 本来であれば、ジャマイカチームが使いたいと言っているBTCのソリと下町ボブスレーとを比較すべきところを、BTCが無かったから別のソリと比較しましたって…。確かに「このソリはテストを開催したインスブルックのコースで最速」なのかもしれないが、それは理由にならないでしょうが。

下記数値データを参照ください。*2Japanが下町ボブスレー10号機です。この数字・データによりジャマイカ連盟が指名したオーストリア人技術者は「下町ボブスレーはBTCより速く、ワルナーと同等」と評価しました。

こんな比較にもなってないバカなやり方で「下町ボブスレーはBTCより速く」なんて評価出せるわけねえだろ。ちゃんとジャマイカの選手が同じ条件でBTCと下町ボブスレーに乗ってみないと、下町の方が速いなんて言えないだろ。これは例えるなら、「この薬はサルを使った実験で効果が確認された。だから同じ哺乳類である人間でも効果がある」という乱暴な主張をしてるのと同じことですよね。

科学論の世界でも「何故、本来ならこういう比較実験をすべきなのに、それをしてないの?」と言いたくなるような論文は山ほどありますが、その理由はたいてい、(1)そういう比較をすることが技術的・時間的・金銭的に難しいからか、(2)比較はしたが思うような結果が得られなかったのであえて論文では触れていないか、どちらかです。もし前者なら、その理由をちゃんと明記すべきなのにそうしないのは何故?となるし*3、後者だったら、もう彼らの主張は全く聞く価値のない信用できないものということになります。

でも、もっと許せないのはその後の発言。

BEIERL Kartin選手の滑走後のコメントでは「下町の方がハンドルが繊細など操作の特性はそれぞれ特徴があるが、性能は同レベルで、振動も気にならない。」と言っております。我々もこのデータを根拠としてジャマイカ連盟に伝えています。

「下町の方がハンドルが繊細」…。なんか、スゲー重要そうなことがしれっと書かれてるんですけど…。

ただ、ジャマイカ連盟とは下町ボブスレー採用の契約を結んでいるのであり、本来なら他のソリとテストをして”比較”するという事自体受け入れがたいのですが、選手のため、下町ボブスレーをさらに速くするために全力を挙げました。以後スピードについてはジャマイカ連盟より言及されていません。

ちょっとこれはもう信じられない主張ですよね。「比較するという事自体受け入れがたい」って、お前ら何様のつもりなの? というか、すでにある高性能のものと比較しないで、それよりも良いものを作ることなんて出来るんでしょうかね? どんな企業であっても、他社の製品を取り寄せて自社製品と比較することは当たり前に行っているはず。市場で売られている他社の製品を買ってきて、分解して、徹底的に調べて、自分たちの製品との比較をする。そうでなければ、他社のものと比べて自分たちの方が優れているなんてことは証明できないでしょう。他との比較をせず、それでも自分たちの製品の方が優れていると言い張るのは、もう、自分たちの製品を使えと無理やり脅してるのと同じではないでしょうか。

はっきり言って下町ボブスレーは、技術者なら絶対に守るべき最低限の科学的態度すらも放棄して、ひたすら自分たちが正しいという理屈を捏ね繰り回してるだけです。

その他の問題点

レギュレーションチェックで不合格になったことについても、下町側は次のように主張して問題はなかったと言い張っています。

レギュレーションチェックを短期間の中で3回にわたり行いました。1回目に受けた指摘はすべて対応済みで、2回目は審判員から「ソリは問題ない」とスムーズに合格しました。合格したレギュレーションの証明証の書類を請求し、揃い次第送ってもらえる手配となっています。3回目は2点の軽微な修正を指導されました。パンバーの厚みがわずかに足らないという指摘にはCFRPシートを貼ればOKといった軽微なもので対応は万全です。

「パンバーの厚みがわずかに足らない」って本当に「軽微な修正」なのかなあ? CFRPシート、つまりカーボン製のシートを貼って厚みを増せばOKってことらしいけど、そのシートを貼ることでソリの形も変わるし重量も重くなるわけでしょう…。あと、「2点の軽微な修正」のもう1点はどこ行った?

また、安全性についても次のように述べています。

契約の第4条にあるのですが、ソリ引き渡し後の責任はジャマイカ連盟にあり、またジャマイカスペシャルと呼ばれている女子選手用の9号機と10号機に関してはジャマイカ連盟の要望どおりに製作した形状であります。男子用の6号機と8号機は下町モデルです。9号機のジャマイカモデル製作後に、2017年にもジャマイカ選手の要望を反映して再度10号機を製作しました。だからといってただソリを製作しハイどうぞということではなく、協力を表明し最大限対応してきました。

わざわざ向こうから「だからといってただソリを製作しハイどうぞということではなく」とか言って読者からの反論を予想したかのような記述をしてるのは何か笑えるけど、そもそも、ジャマイカ側の要望に合わせて作ったソリなんだからこっちは悪くないという主張も苦しいと思うんですけどねえ。この書き方だと、ジャマイカ側が要望していたものと違うものを作製して引き渡してる可能性を排除できないですよね。

まとめ

正直、レギュレーションと安全性だけなら下町ボブスレーの言い分にも多少は納得していたかもしれない*4。でもこの人たちは、スピードの比較という点で、明らかにトンチンカンなことを言っている。

本来であればBTC製のソリと比較すべきなのに、それをせずに別のソリと下町ボブスレーを比較している。しかも、そのテストに参加したのはジャマイカの選手ではない。にもかかわらず、この無意味なテストの結果から「下町ボブスレーはBTCより速い」という自分たちに都合のいい結論を導き出している。そして、「比較するという事自体受け入れがたい」などという、ものづくりに携わってるものなら絶対言わないような発言をして、BTC製のソリと下町ボブスレーとを比較する作業ですら放棄しようとしている。

その上、下町の町工場が作った事になってるけど実際は大企業もプロジェクトに参加している、公式Twitterアカウントが五輪開催国である韓国を揶揄するような発言をしている、という事実も明らかになって、「あ、こいつらの言ってる事は全く信用できないんだな」って思うようになりました。

残念だけど、下町ボブスレーはマーケティング的な失敗だと思う
道徳の教科書に載った「下町ボブスレー」が公式ツイッターで保守速報を拡散&他国チームを「笑い者」呼ばわり | BUZZAP!(バザップ!)

下町ボブスレーの関係者も、おそらく自分たちのソリの性能が他社製よりも劣る(劣るは言い過ぎとしても不利になる要素はいくつかある)ということを理解しているんじゃないでしょうか。それでもなお、自分達の正当性を必死にアピールする。それは企業の営業担当者であれば求められるスキルなのかもしれません。しかし、技術者であれば、それはちょっと違うんじゃないの?と言いたくなります。

下町ボブスレーは、ジャマイカ側の不義理を並べ立て、自分たちがいかに酷い目にあってるかを必死にアピールしていますが、そもそも、自分たちが本当に納得できる高性能なソリを開発できたのであれば、今こんなことにもならなかったでしょうし、ジャマイカ以外の国も下町のソリを採用していたでしょう。下町ボブスレーの関係者には、利根川進博士の「自分を本当に納得させることができれば、人を納得させることは簡単である」という言葉を送りたい。

*1:しかも、ジャマイカが出場するのって、女子2人乗りじゃなかったっけ? なんでテストをするのがBEIERL Kartin選手一人だけ?

*2:上記HPでは、ワルナー製と下町ボブスレー製のタイムが書かれた紙の写真が添付されている。

*3:一応言っておくと、「ジャマイカチームがBTCを持ち去ってしまったため」は全く理由にならない。後述するように、ソリの研究開発をするのであれば、当然、他社のソリを手に入れて、自社製と比較したデータを取っておくのが当たり前だから。

*4:そもそも私はボブスレーの関係者じゃないので、パンバーの厚みが足らないのが本当に軽微な修正で済むのかも分からないし、ジャマイカ側が言っている危険性がどれほどのものなのかも分からない。