新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『ドラえもん のび太の新恐竜』と羽毛恐竜について

藤子・F・不二雄が手がけた作品でも、それ以降の作品でも、ドラえもん映画は常に、その時々の最新の学説を取り入れて子ども達に紹介してきた。その中でも繰り返し登場してきたのが恐竜だった。最初のドラえもん映画『のび太の恐竜』では、当時まだ発見されて10年ちょっとしか経っていないフタバスズキリュウが描かれた。『のび太と竜の騎士』では、恐竜絶滅の最有力仮説となりかけていた巨大隕石衝突説と、恐竜人*1が描かれた。リメイク版の『のび太の恐竜』では、学説の変化に伴って恐竜の名前や姿が変わっていた。そして、最新作『のび太の新恐竜』では、キューとミューという双子の羽毛恐竜を中心に据えて、恐竜から鳥類が進化したという学説が紹介されている。

もちろん、始祖鳥の発見は19世紀の事であり、当時から恐竜と鳥類との関連性は指摘されていたので、恐竜から鳥類が進化したという説は最新の学説とは言い難い。しかし、近年そういった学説が注目された理由は、第一に恐竜と鳥類の中間的な特徴を持つ様々な化石が見つかった事、第二に数多くの羽毛恐竜が発見された事などによる。特に、1996年に中国で発見されたシノダウロプテリクスの化石には尻尾から首までびっしりと羽毛の痕跡が残っていた。また、2012年にはティラノサウルスの仲間が羽毛を持っていたことが明らかとなる。それらの発見によって「実はかなり多くの恐竜が羽毛を持っていた」という事実が明らかとなり、恐竜が鳥類の起源であるという説が最終的に確定し、恐竜と鳥類が非常に近縁な関係にある事が明らかとなった。そうした過程の末に、この学説がついにドラえもん映画のテーマとなる日が来たのだ。

だが、最新の学説を取り入れて行こうという意気込みがある割に、本作で描かれる恐竜絶滅と鳥類進化のシナリオは間違いだらけである。本作を見ると、隕石衝突による熱風によって恐竜が死滅したかのような描写があるが、実際には、そのような事が起こったのは衝突地点の近くだけで、ほとんどの恐竜は衝突で巻き上げられた塵による気候変動によって絶滅していった*2

また、キューとミューが鳥に進化したような説明がされているが、実際には白亜紀前期には既に原生鳥類に近い種が空を飛びまわっていたので、この描写も科学的には明らかに間違いである。そもそも始祖鳥が生きていたのは、映画の舞台となる白亜紀後期よりはるか昔のジュラ紀であるし、始祖鳥より1000万年古い地層からアウロルニスという別種も発見されている。また、現生のカラスによく似たコンフキウソルニス(孔子鳥)という鳥類の化石が白亜紀前期の地層から見つかっている。

また、のび太達の介入によってキュー達の仲間が住む島が守られ、その結果として原生鳥類が誕生したのだという描き方も、進化という現象の本質からは程遠いものだと言わざるを得ない。『竜の騎士』においてのび太達が助けた恐竜が地底人という架空の存在に進化したというのと、『新恐竜』においてのび太達が助けた羽毛恐竜が現存する鳥類に進化したというのとは、似て非なるもの。後者が進化という現象に対して極めて不正確で誤ったメッセージを与えかねないものであるという事は、少し考えれば誰でも理解できるであろう。*3

もちろん、こうした間違いは、製作者が何も考えずにテキトーに脚本を作ったから発生したのではなく、科学的に正しくないことなど重々承知の上であえて間違いを犯しているのである。白亜紀の酸素濃度は現代とは異なるとか、ジュラ紀白亜紀では棲息していた恐竜の種類が違うといった説明が入れられるなど、細かい箇所では科学的に正しい描写となるよう心掛けられている(つまり、本作のスタッフは中生代や恐竜のことを徹底的に調べ上げたうえで製作している)からだ。演出の都合上どうしても必要だからあえて不正確なことを描いたのか? 子ども向けアニメだから多少間違いがあっても許されると思ったのか? でも、子ども向け作品だからこそ正確な描写をすべきだと私は思うのだが。

*1:当時の子ども向け図鑑には「恐竜の中にはとても知能が高いものがいて、彼らがもし絶滅しなかったら恐竜人間に進化していたかもしれない」という仮説が恐竜人間の想像図とともに紹介されていた。

*2:そもそも熱風が地球を覆ったのであれば恐竜以外にもありとあらゆる生物が絶滅しそうであるが、そういうツッコミどころが多い描写を何故してしまったのだろう。

*3:もっとも、ドラえもん達がひみつ道具を使って箱庭的な空間を作り上げ、そこで生物が独自に進化を遂げるというモチーフ自体は数多くのドラえもん映画でも見られ(例えば、『竜の騎士』における聖域、『ねじ巻き都市冒険記』におけるねじまきシティー、『ワンニャン時空伝』におけるワンニャン国)、それが今回も踏襲されたと考えれば興味深いことではあるのだが。