新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『タコピーの原罪』感想

宇宙からやってきたハッピー星人であるタコピーは、小学生の女の子・久世しずかと出会う。タコピーは様々なハッピー道具を使ってしずかを笑顔にしようと試みるが上手く行かず、ある日、しずかは自宅で首を吊って死んでしまう。その理由を探るために、タコピーはハッピーカメラの能力で過去に戻る。

タコピーが出してくる様々な道具、しずかというキャラクター名、空き地に置かれた土管など、明確に『ドラえもん』へのオマージュが見受けられるけど、本家と根本的に異なるのは、舞台が東京ではなく地方であるという点と、不思議な道具を使ってもしずかちゃんを救うことができない点だと思う。

作中では細かい場所などは示されてないが、舞台が北海道であることだけは明記されている。また、作中の風景などから推察するに、舞台は札幌のような大都市ではなく、森や田畑が近くにあり建物が疎らにしか存在していない田舎のような土地である。少子高齢化が進んで活気を失ってしまった現代日本の地方都市。例えば、同じ北海道を舞台にした『僕だけがいない街』、あるいは『半分の月がのぼる空』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』『スーパーカブ』などを彷彿とさせる。

タコピーはしずかちゃんに連れられて学校に潜入するが、そこでは雲母坂まりなという同級生からしずかちゃんが壮絶なイジメを受けている。しずかの親や教師はイジメについて見て見ぬ振りを続けており、誰もしずかを助けてはくれない。現実の日本はここまで酷い状況ではないと思いたいが、これは教育や福祉といった行政サービスがほとんど機能していないという状況を示唆しているのではないだろうか。

一番分かりやすい例が交通網である。国鉄民営化の後、北海道内にある路線は次々に廃線となり、路線バスなどに置き換わった。そのバスですら、過疎化が進む地域では維持することが難しくなっている。多くの地域で、交通網だけでなく、地元企業や町内会や神社・寺といったあらゆる地域コミュニティを維持することが困難になってきている。本作に描かれているのは、鉄道やバスが次々に廃止され、あらゆる地域コミュニティが崩壊した先にある、地方都市の姿かもしれない。

一方、ここで物語の視点が入れ替わり、まりなちゃんサイドの悲惨な状況も判明していく。実はまりなの父親はしずかの母親と不倫関係にあり、そのことが原因でまりなの母親は精神的に不安定になり、家庭環境は崩壊してしまっている。であるがゆえに、まりなはしずかへの憎悪を募らせ、執拗にいじめを繰り返すようになったのだ。

タコピーはハッピー道具を使ってしずかちゃんを救おうとするが、その試みはどれも的外れで問題の解決には繋がらない。しかも、しずかちゃんが大切にしている愛犬・チャッピーがまりなちゃんに噛みついてしまい、保健所へ送られてしまう(作中では明記されてないがおそらくは殺処分されてしまう)。タコピーはハッピーカメラで何度も過去に戻るが、その度にまりなちゃんが上手く立ち回ってチャッピーが保健所送りになるよう仕向けるため、未来を変えることができない。

ひみつ道具を駆使してのび太を助けるドラえもんとは真逆の状況。目の前に道具はあるにもかかわらず、タコピーはしずかちゃんを救うことができない。それはまるで、様々な福祉制度が十分に機能していない日本の現状を見ているよう。新自由主義の影響を受けて貧富の格差が増大した後も、政府は貧困対策と称して様々な政策を打ち出しているが、それが十分に機能していない。例えば各種の手当や奨学金、減税措置、生活保護などの制度で救われた人がいる一方で、そのセーフティネットでカバーできない人々がいる。富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる。最も支援を必要とする人達が、その支援制度にアクセスできていないという矛盾。本作は、21世紀の日本にドラえもんは居ない、という事実をこれでもかと突きつけてくる。

そしてここから物語は怒涛の展開を見せる。まりなちゃんに暴力を振るわれていたしずかちゃんを助けるために、タコピーがまりなちゃんを殴打し殺してしまう(その際、ハッピーカメラは壊れて過去に戻れなくなる)。しずかちゃんは、まりなちゃんが死んだことを悪びれる様子もなく、その場に居合わせていた同級生・東くんを焚きつけて死体の隠蔽を諮る。東京にいる父親のもとに行けばチャッピーに会えると思い込んだしずかちゃんは、東くんと共に東京行の旅行計画を立てる。

その後、隠蔽工作がバレて警察沙汰に発展。しずかちゃんは東くんに罪をかぶせ*1、しすかちゃんとタコピーの2人だけが東京へ向かう。父親の住むマンションを訪れたしずかだったが、そこにチャッピーはおらず、父親はしずかの知らない子ども達と一緒に新しい家庭を築いていた。しずかは「あの子たちがチャッピーを食べちゃったのかも」「人間をつかまえて胃の中を調べる道具 出して」などとタコピーに迫り、もはや正気を失っているのが見て取れる。タコピーは震えながら「わかんないっピ…」と返し、この場面が「無理難題を吹っ掛けられて困惑する」というシチュエーションを表すコラ素材としてネット上でバズった。

何故タコピーはしずかちゃんを救うことが出来ないのか。それは、「分からない」からである。宇宙からやってきたタコピーにとっては、しずかちゃんやまりなちゃんの苦しみはなかなか理解することができない。それは、国民全体を一まとめにして「こうすれば皆が幸せになれるんだ」と上から押さえるような、今の日本の政治状況と全く同じであるように感じる。耳障りの良い言葉や強い言葉で人々を従わせるだけでは、国民が何を望んでいるのかは分からない。

タコピーがもう自分を助けてくれないと分かると、しずかはタコピーを殴打、タコピーはかつての記憶を思い出す。高校生になったまりなちゃんに拾われたタコピーだったが、ここでも上手くいかずにまりなちゃんは母親を殺したのちに自殺する。自殺の原因となったしずかを殺すためにタコピーは過去に戻ったが、記憶を失ってしまった状態で小学生の久世しずかと出会う。

全てを思い出したタコピー。まりなちゃんが幸せになるためにしずかちゃんを殺さなければならない。だが、しずかちゃんはタコピーを救ってくれた。タコピーの中の善悪は揺さぶられ、思考は混乱する。そこに東くんが現れ、タコピーへの感謝の言葉を述べて去っていく。東くんが残した「助けてあげようなんて思うのが違ったんだ」という言葉を胸に、しずかちゃんと対峙するタコピー。ボロボロになりながらもお互いの気持ちをぶつけ合い、ようやく仲直りする。

そして最後はタコピーが自らの体を犠牲にしてタイムスリップし、「おはなしがハッピーをうむんだっピ」という言葉と共に物語は幕を閉じる。一人一人と真摯に向き合い「おはなし」を続けなければ、人を救うことはできない。「おはなし」は全てを解決する魔法ではないし、「おはなし」しても他人を完璧に理解することなどできないが、それでも「おはなし」こそが最後の希望なのだという高らかな宣言。

全く救いのない状況からよくこのエンディングに辿り着いたと思う。その間、SNSなどで多くの人が物語を見守り、数多くの考察がなされ、その反応まで全て込みで完成された作品だった。単行本にしてわずか2巻という短さで、作中の細かい設定や展開などはあまり描写されず分からない部分もあるが、別にそれで構わないと思う。しずかちゃんと、まりなちゃん、そして東くんが、無事に大人になり、幸せになってくれれば、それでいい。

最終回のラスト、高校生になったしずかとまりなが並んで買い物に行く姿が、2人の明るい未来を何よりも明確に物語っていた。

*1:作中では明確に自首したとは描写されてないが、東家に悪い噂が立ち大変な状況の追い込まれていることが示唆されている。