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クレヨンしんちゃん映画全部見た(2008~2022)

前回の記事では、第1作目から第15作目までのクレヨンしんちゃん映画について見てきた。

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本記事では、第16作目『ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者』から、今年公開されたばかりの第30作目『もののけニンジャ珍風伝』までを解説していこう。

クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者

映画クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者
【あらすじ】暗黒世界の帝王アセ・ダク・ダークは「金の矛」と「銀の盾」を使って世界征服を企てるが、マタタビはそれを阻止するために矛と盾を人間界へと送る。しんのすけは偶然「金の矛」に選ばれた勇者となり、マタタビの娘マタタミと共に、襲い掛かってくるダークの刺客と戦うこととなる。

2008年公開。12年ぶりに本郷みつる氏が監督を務めた。ファンタジックな世界観や奇怪な敵キャラクターが特徴的で、『アクション仮面VSハイグレ魔王』や『ヘンダーランドの大冒険』など初期クレしん映画の雰囲気を感じられる。ヒロインは堀江由衣声のボクっ娘・マタで、その中性的で可愛らしい見た目はしんのすけのみならず、現実世界の「大きいお友達」をも虜にする。

しかし、ストーリー設定上しんのすけが一人で戦うシーンが多くなるため、アクション描写は単調で盛り上がりに欠ける。不必要なカットや、不自然な長い台詞がところどころで見られ、そのせいで映画のテンポは悪く退屈な印象を与える。

クレヨンしんちゃん オタケベ!カスカベ野生王国

映画クレヨンしんちゃん オタケベ!カスカベ野生王国
【あらすじ】しんのすけが拾ってきたドリンクを飲んだひろしとみさえは動物の姿に変身してしまい、さらには過激な環境テロリスト集団・SKBEに誘拐されてしまう。SKEBのリーダー・四膳守は、全人類を動物にすることで環境破壊を阻止しようとする「人類動物化計画」を進めようとしていた。

2009年公開。本作と次作『超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁』がしぎのあきら監督作品。本作は、環境問題とエコテロリスズムという題材により、行き過ぎた正義感に警鐘を鳴らすとともに、地球を守るといった壮大な意思の根底にも必ず個人的な家族愛があることを描く。また、次作は大企業が支配するディストピアを描くなど、両作品とも現実世界の問題とリンクしたテーマを選んでいるように見える。

クレヨンしんちゃん 超時空!嵐を呼ぶオラの花嫁

映画クレヨンしんちゃん 超時空! 嵐を呼ぶオラの花嫁
【あらすじ】ある日突然、しんのすけの未来の婚約者だと名乗る金有タミコがやってきて、とある目的のためしんのすけ達を未来へと連れていく。未来の日本は金有電機という大企業に支配され、一般市民は貧しい生活を強いられていた。未来のしんのすけは明るい世界を取り戻すために活動していたが、金有電機トップ・金有増蔵に捕えられてしまう。増蔵は自社の利益の為に、娘であるタミコと、金有電機でエリート社員となっていた風間トオルを結婚させようと画策する。

大人になったしんのすけ達が活躍する異色作。未来の世界は、隕石の衝突によって日光が遮られ、電力を独占支配する金有電機によって支配されているという設定。徹底的に利益を追求しようとする増蔵によって、ひろしの勤める会社は倒産に追い込まれ、物価は上昇し、貧富の格差も広がり、野原家がある付近は荒廃している様子が見て取れる。ディストピア小説のような細かい描写によって、行き過ぎた新自由主義的の先にある日本の姿を見ているような感覚に陥る。

最後は未来の野原一家・かすかべ防衛隊らが協力して敵を倒し、しんのすけが持つとされる謎の力・おバカパワーによって街に日光が戻る。作中でタミコは、しんのすけの魅力について「一緒に居て楽しい」ことだと語っており、暗い世の中にあっても常に明るくマイペースな性格が、お金や社会的地位などでは測れないしんのすけの長所として描かれる。ドラえもん映画で言うところの『のび太結婚前夜*1のような構造を持つ作品だと言えるだろう。

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦
【あらすじ】スパイの少女・レモンは、自分はアクション仮面の部下だと偽って、しんのすけに仕事を手伝ってほしいと頼みこむ。まんまと騙されたしんのすけは、とある研究所から、食べるとオナラが止まらなくなる物質「メガヘガデルII」を盗み出すことに成功する。レモンの雇い主であるスカシペスタン共和国は、メガヘガデルIIを利用して兵器を作り出そうとしていた。

メガヘガデルIIを保管してある部屋を開けるためにはヘガデル博士の体型データが必須であるため、ヘガデル博士と同じ体型を持つしんのすけが必要だった、という設定。同様の理由でしんのすけが拉致された『ブリブリ王国の秘宝』のセルフオマージュと言えなくもない。かすかべ防衛隊や野原一家の見せ場は少なく、代わりに、「子どもはたまには親にワガママを言うことがあってもいい」というテーマを軸にして、ゲストヒロインであるレモンの成長を描くという側面が強い。

クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ! オラと宇宙のプリンセス
【あらすじ】突如現れた宇宙人によってヒマワリ星に連れていかれた野原一家だったが、そこで何故かひまわりは熱烈な歓迎を受ける。ヒマワリ星人によると、現在、太陽系の平和を保つために必要なヒマ・マターが枯渇しつつあり、それを防ぐためにはひまわりがヒマワリ星で暮らすことが必要だという。野原一家は、家族の絆か、地球の未来かという究極の二択を迫られる。

記念すべき第20作目のクレしん映画ということもあり、ところどころで回想などが入れられて野原一家の絆が強調されているが、脚本はかなり支離滅裂で、意味不明な演出が繰り返される。クライマックスでも、天球儀を模した謎の部屋で野原一家が奮闘すると、何故か世界にヒマ・マターが満ちてあっさり問題解決になるなど、ご都合主義で視聴者置いてけぼりな印象が強い。

クレヨンしんちゃん バカうまっ!B級グルメサバイバル!!

映画クレヨンしんちゃん バカうまっ! B級グルメサバイバル!! 
【あらすじ】B級グルメカーニバルの会場が突如、B級グルメを嫌悪し根絶させようと企む集団・A級グルメ機構に占拠される。かすかべ防衛隊は、B級グルメを救うカギとなる「秘伝のソース」を持って会場へ向かおうとするも、トラブルと敵襲によって森に迷い込んでしまう。5人は時には喧嘩をしつつも一致団結してソースを守り抜き、B級グルメカーニバルへ突撃する。

2013年公開。監督は『TARI TARI』『ソウルイーターノット!』などの橋本昌和。この年以降、橋本昌和氏と高橋渉氏が1年おきに監督を務める体制となる*2。敵キャラとして中村悠一神谷浩史早見沙織など有名声優を起用していることでも話題に。

キャビア、トリュフなどの高級食材の名を冠した敵キャラが次々に襲い掛かってきて、かすかべ防衛隊は内輪揉めで解散の危機に瀕するも、最後は知恵と勇気で敵を蹴散らしてゆく。ラストまで大人の出番は極めて少なく、かすかべ防衛隊の活躍をメインに据えた作品である。

また、敵のボス・グルメッポーイの幼少期の回想なども挿入され、どんなに高級な食材を使った料理でも、マナーなどに雁字がらめになり笑顔を忘れてしまった状態では美味しくない、というテーマ性が浮き上がってくる。最後は「秘伝のソース」で作った焼きそばの美味さが敵すらも感動させ、大団円を向かえるという、クレしん映画史上随一の飯テロ映画である。

クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん

映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん
【あらすじ】腰の治療のためマッサージ店に入ったひろしはそこでロボひろしに改造されてしまう。最初は戸惑いつつも次第にロボひろしを受け入れていく野原家だったが、ある日ロボひろしが豹変し暴力的な性格となってしまう。これは、情けない男達をロボットに改造して昔ながらの「強い父親」を復活させようと目論む組織「父ゆれ同盟」によって仕組まれた事だった。父ゆれ同盟の基地に潜入したロボひろしとしんのすけは、そこで捕えられていた「本物」のひろしを発見する。

脚本は『天元突破グレンラガン』『キルラキル』の中島かずき。子ども向け作品でありながら、人間の意識とは何か、力とは何か、家族とは何か、というSF的・哲学的なテーマを描き出した怪作。

映画前半でひろしの記憶をコピーしたロボットの側に感情移入させることで、人間とロボットとの境界線が揺らいでいく様を描き出す。「テセウスの船」というパラドックスでもたとえられるように、生命の本質とは、体を構成するパーツを入れ替えながらも同一のパターンを保ち続けようとする作用に他ならない。それは、組織の構成員が次々に入れ替わってもずっと継続している会社やスポーツチームなどと本質的には何ら変わりなく、そのような物質の入れ替わりの中で保たれ続ける一定のパターンのことを我々は「生命」と呼び、その中で行なわれる電気信号のやり取りのことを「意識」と呼ぶのである。だとするなら、「ひろしの脳内のパターンをコピーしたロボット」と「本物の肉体を持つひろし」との間に、本物か偽物かという区別はつけられないのではないか。このような科学哲学的問題を、子ども向けアニメの文脈に落とし込みながら描く技法は見事という他ない。

と同時に本作は、家族の在り方について極めて批評的な物語を展開していく。「父ゆれ同盟」の根底にあるのは、父親たちのロボット化、つまり力によって家庭を支配し、保守的な家父長制を復活させたいという野望に他ならない。それは結局のところ、家父長制的なものも男尊女卑的な考え方も元を辿れば「男は女よりも力が強い」という単なる生物学的事実から自然発生した「慣習」に過ぎない、という事実を浮き彫りにする。そうした力の不均衡による支配構造の中に愛は生まれない。しかし、そこに本当に愛が芽生えるのだとしたら、それは力で家族を支配するのではなく、その力で家族を守ることによってであろう、という強いメッセージ性が読み取れる。

クレヨンしんちゃん オラの引越し物語 サボテン大襲撃

映画クレヨンしんちゃん オラの引越し物語~サボテン大襲撃~
【あらすじ】メキシコのとある田舎町に生えるサボテンを日本に輸入するため、野原ひろしがメキシコに異動を命じられる。春日部の人々に見送られながら日本を立った野原一家は、メキシコで新しい生活を始める。赴任先の町長は、美味しい実をつけるサボテンを町おこしに利用しようと意気込むが、祭りの日に突然サボテンが動き出し人々を襲い始める。

思わせぶりにタイトルや宣伝で引越しを強調しているが、そういったシーンは序盤であっさり終了し、中盤・後半は野原一家のメキシコでの戦いがメインとなる。植物型の怪物が移動しながら人々を襲う光景は、コミカルでありながらも不気味で印象的。『ゴジラvsビオランテ』『ガメラ2 レギオン襲来』などの怪獣映画を彷彿とさせる。

クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃

映画クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃
【あらすじ】春日部じゅうの人が同じ悪夢を見る事件が発生。その事件の黒幕である貫庭玉夢彦は、見たい夢を見ることができる世界「ユメミーワールド」を作り上げ、その中で人々の夢から「ユメルギー」を吸い取ることで、娘・サキの見ている悪夢を消し去ろうとしていた。かすかべ防衛隊と野原一家は、サキが悪夢を見るようになったきっかけを知ることとなり、サキを救うために再び夢の中へ潜入してゆく。

しんのすけ達と同い年の女の子・サキを中心とした物語を通して、夢を見ることの大切さ、そして、どんな時でも変わらない母の愛を描く。ゲストキャラとして子どもが登場したクレしん映画はこれまでにもあったが*3しんのすけ達と同い年でしかも女の子というのはこれまでありそうでなかったパターンである。

クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ

映画クレヨンしんちゃん 襲来!!宇宙人シリリ
【あらすじ】ナースパディ星からやってきたシリリは、バブバブパワーでひろしとみさえを子ども化してしまう。2人を大人に戻すためにシリリと野原一家は、シリリの父が待つという種子島へと向かう。だが、シリリの父は、全人類を幼児化し再教育を施そうという「人類バブバブ化計画」を進めていた。

2017年公開。本作から野原ひろしの声優が、藤原啓治から森川智之に交代となった。

第19作目『嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦』や、前作『爆睡!ユメミーワールド大突撃』などと同様、野原一家とゲストキャラの家族関係とを対比的に描く作品。これまで父親の期待に応えるためだけに頑張ってきたシリリが、しんのすけ達との交流を通して少しずつ変わっていく過程を感動的に描くと同時に、子どもの自尊心を傷つける毒親的な教育方針や、怯えている子どもをリアリティショー的に消費する文化への批判的なまなざしを内包する。

クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ~拉麺大乱~

映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱~
【あらすじ】かすかべ防衛隊の5人はチャイナタウンでタマ・ランとその師匠に出会い、伝説のカンフー「ぷにぷに拳」の修行を始める。その頃、ブラックパンダラーメン社長のドン・パンパンは、「やみつき拳」よって人々をラーメン中毒にして金儲けをしようと企む。その企みを阻止するため、タマ・ランとしんのすけは「ぷにぷに拳」を極め、最終奥義を習得するために中国へと向かう。

昔ながらの商店を駆逐していくブラックパンダラーメンと、その副作用によって凶暴化し狂ったようにラーメンに食らいつく人々の描写は、得体の知れない調味料と大量の油によって客をシャブ漬けにする飲食チェーン店と、それに踊らされる現代日本の消費者を痛烈に皮肉っている。

その後、苦労してぷにぷに拳の最終奥義を体得したランだったが、強すぎる正義感と怒りによって我を見失い、些細なルール違反をした人でも容赦無しに制裁を加えていくようになってしまう。これは、災害の後などに不謹慎な行動をとった人を見つけ出して吊るし上げにする行為に代表されるような、現代日本における正義の暴走を表現しているのではないだろうか。そのようなギスギスした社会において、どんな時でもおバカで柔軟な発想を持ったしんのすけのような存在が必要なのだということを、高らかに謳い上げて作品は幕を閉じる。

クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~

映画クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン ~失われたひろし~
【あらすじ】オーストラリアに旅行に来た野原一家だったが、仮面族にひろしが誘拐されてしまう。彼らは「金環日食の時に選ばれた花婿を花嫁に捧げればお宝が手に入る」という言い伝えを信じ、ひろしを花婿として祭壇まで連れて行こうとする。残されたみさえ達は、トレジャーハンターのインディ・ジュンコと協力してひろしの奪還を目指す。

2019年公開。本作から野原しんのすけの声優が、矢島晶子から小林由美子に交代となった。

ジャングルでしんのすけ達が奮闘するというクレしん映画にお馴染みのパターン*4を駆使して、ひろしとみさえとの愛を描く。ここ数年のメッセージ性の強い作品とは違い作品構造は単純ではあるものの、ジャングル・水辺・遺跡・岩場などあらゆる舞台で野原一家がハチャメチャに動き回る痛快さがある。

クレヨンしんちゃん 激突! ラクガキングダムとほぼ四人の勇者

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【あらすじ】ラクガキングダムは地上の子ども達の自由なラクガキをエネルギー源として空に浮かんでいたが、現代の子どもがラクガキをしなくなったため墜落の危機に瀕していた。そこでラクガキングダムは春日部に侵攻し、特殊なカメラで大人達を壁の絵に変え、子ども達に無理やりラクガキを描かせようとする。しんのすけは、描いた物を具現化できるミラクルクレヨンを使って、春日部を救うために奮闘する。

ラクガキという題材を通して、子どもを型にはめ自由な発想を奪う現代の教育を批判的に描く作品。例えば駅に描かれたラクガキからキース・へリングのような独創的なアーティストが生まれたように、若い人の自由な発想こそが新しい文化を生み出し、社会に活力を与えてくれるのだということを謳い上げる。

そして、しんのすけと共に戦ったゲストキャラの少年・ユウマが、常にタブレットを持っていたことに象徴されるように、街中からラクガキが消えてもその精神はネット上で生き続けていることも描かれる。今や、pixivやyoutubeニコニコ動画、各種SNSなど、あらゆるネットメディアで誰もが自由に作品を発表できる時代となり、今後はそのような場所こそが芸術の発信源になるということを示唆している。

クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園

映画クレヨンしんちゃん 謎メキ! 花の天カス学園 [DVD]
【あらすじ】天カス学園に体験入学したカスカベ防衛隊の5人だったが、風間君が謎の吸血鬼に襲われてアホ化してしまう。しんのすけ達は生徒会長・阿月チシオと協力して事件の謎を解き明かすも、今度は風間君がスーパーエリート化してしまい、しんのすけの前に立ち塞がる。

2021年公開。学園が舞台のため、ひろしやみさえの出番が非常に少ない分、しんのすけと風間君との友情に焦点が当てられ、さらに学園ミステリーの要素も組み込まれた異色作。

私立天下統一カスカベ学園、略して天カス学園では、オツムンというAIによって生徒の成績や行動が監視され、数値化されている。ランク上位の生徒は様々な特権を得られるが、ランク下位の生徒は学園の隅に追いやられ差別的な待遇を受けるというシステム。それは、例えば中国の芝麻信用のような、様々なネットサービスによって人々のあらゆる行動がランク付けされ、人々がそのランキングに縛られていく様子を分かりやすく表現している。AIによってありとあらゆる行動を監視することが可能になった現代だからこそ起こり得る問題を掘り起こし、教育・社会制度の「食べログ化」に警鐘を鳴らす作品だと言えよう。

クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝

【あらすじ】忍者の里から脱げだしてきた屁祖隠ちよめ・珍蔵の親子は、野原一家を言いくるめて泊めてもらうが、追っ手に襲われてちよめとしんのすけが里へ誘拐されてしまう。忍者の里には、地球内部にあるエネルギー「ニントル」が溢れ出さないように巨大な金塊で栓をした「地球のへそ」と呼ばれる場所があった。そこを代々守る屁祖隠家の子どもとして生活を始めたしんのすけだったが、「地球のへそ」の栓が外れてしまい、地球は滅亡の危機に瀕することとなる。

2022年公開の記念すべき第30作目のクレしん映画。近年のクレしん映画によく見られる、ゲストキャラの親子が抱えている問題と世界規模での危機とが分かち難く結びついており、それらを野原一家が一致団結して解決する、という構図の作品。しんのすけと珍蔵の2人が普段と異なる環境に行く事で初めて家族の大切さや自分の本当の気持ちに向き合い、その中でしんのすけの誕生からこれまでの歩みが回想で流されるなど、30周年の節目に相応しい内容。

まとめ

近年のクレヨンしんちゃん映画についてまず最初に言えることは、初期の頃と比べて映像のクオリティが格段に上がっているということだろう。これは『ドラえもん』などの他の劇場版アニメでも言えることだが、アニメの製作工程のデジタル化が進んだことが大きく影響している。一方で、映画自体の面白さが上がっているかというと、そうとは言い切れない面もあり、単純に作画が良ければ良い映画になるわけではないという所に、アニメ製作の難しさが感じられる。

次に、前回記事でも挙げた、①オカマ、②ラスボス、③ヒロイン、④かすかべ防衛隊、という観点から映画を俯瞰してみよう。参考までに、前回記載した表も再掲する。

初期のころの映画では必ず登場していたオカマキャラだが、第7作目の後はほとんど登場しなくなり、その傾向は現在まで続く。『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』『爆盛!カンフーボーイズ~拉麺大乱~』では例外的にオカマが出てくるが、オカマという単語は一切使われていない。初期の映画をリアルタイムで見ていた層は、「クレしん映画=オカマが出てくる」という印象が強いかもしれないが、実際にはオカマが登場しない作品の方が多数であることが分かる。

敵キャラについては、お馴染みの宇宙人・異世界人から、悪徳企業のトップ、果てはサボテンまで、前回以上に多様化していることが分かる。第30作目『もののけニンジャ珍風伝』に出てきた長老が典型的だが、最初はラスボスだと思われていたのにクライマックス手前でフェードアウトしていくキャラも結構いる。

ヒロインキャラについても、初期によく見られたような、きれいなお姉さんが野原一家と協力して敵を倒すパターンは少なくなり、ヒロインに相当するキャラが居ない映画もある。しんのすけの好みの綺麗で有能なお姉さんよりもむしろ、どこか抜けていて親しみやすいヒロインが増えているように感じる。

かすかべ防衛隊についても、しっかり活躍する映画が多数派であり、主要キャラ全員に満遍なく見せ場があるように脚本を工夫していると考えられる。

最後にクレヨンしんちゃん映画全体を貫くコアの部分について述べておこう。クレしん映画の芯となるもの、それは何と言っても、おバカこそが世界を救うんだという事である。世間では真面目で真剣であることが良い事とされ、ふざけてバカなことをするのは悪い事とされがちである。だが、しんのすけはおバカだからこそ常に明るくマイペースで、柔軟な発想が出来るのだ。そのおバカなパワーを駆使して、大人の痛いところを突き、予想不可能な動きで大人を翻弄する。その痛快さこそが、クレしん映画が世代を超えて愛される最大の理由ではないだろうか。

そこに、野原一家の絆や、かすかべ防衛隊の友情という要素、時には社会的・教育的なメッセージが加えられることで、単なる子ども向けアニメではない、大人が見ても面白く、感動するアニメ映画が次々に生み出された。こうして、かつてPTAなどから「子どもに見せたくないアニメ」とまで言われた作品は、今や、多くの人に愛される国民的アニメ映画シリーズとなったのである。

また、『河童のクゥと夏休み』『カラフル』の原恵一、『ガールズ&パンツァー』『SHIROBAKO』の水島努、『四畳半神話大系』『映像研には手を出すな!』の湯浅政明など、日本を代表する数多くのクリエイターが、『クレヨンしんちゃん』を通して技術を磨き、その後世界に羽ばたいていった。

クレヨンしんちゃん映画が作られて今年でちょうど30年となるが、これからも40年、50年と映画は続いていくだろう。そして、その中で活躍したスタッフが、また別の名作を手掛けていくに違いない。

*1:1999年公開。『ドラえもん のび太の宇宙漂流記』と同時上映された短編映画。将来本当にしずかちゃんと結婚できるのか心配になったのび太が、ドラえもんと一緒にタイムマシンで結婚式の前日へ向かう、というお話。

*2:2020年公開の『激突! ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』のみ京極尚彦監督。

*3:例えば、『ブリブリ王国の秘宝』のスンノケシ王子、『ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者』マタ・タミ、『嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦』のレモンなど。

*4:例えば、『ブリブリ王国の秘宝』『嵐を呼ぶジャングル』『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』など。