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アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』の「ぼっちタイム」まとめ

『ぼっち・ざ・ろっく!』の主人公で高校1年生の後藤ひとりは、動画投稿サイトでギターのソロ演奏をupし人気になるほどの実力者だが、極度の人見知りとコミュ障のせいでなかなかバンドを組めずにいた。たまたま伊地知虹夏、山田リョウと出会った後藤ひとりは、「ぼっちちゃん」というあまり有難くないあだ名を付けられ、2人が所属するバンド「結束バンド」のメンバーとなる。後に喜多郁代も加わり、結束バンドのメンバーはそれぞれの夢に向かって共に歩み始める。

このあらすじだけ見ると、音楽を扱った普通の作品に見えるが、『ぼっち・ざ・ろっく!』には、通称「ぼっちタイム」と呼ばれる他では見られない変わった演出が出てくる。

「ぼっちタイム」とは、人付き合いが超苦手なぼっちちゃんが、過去のトラウマを思い出したりストレスに晒されたりした時に、完全に自分の世界に入りこんでしまい、脳内で様々な妄想を繰り広げる現象のことである。これが単にギャグとして優れているだけでなく、様々なアニメ表現を見せてくれてなかなかに見ごたえがある。そして、「ぼっちタイム」を通すことで『ぼっち・ざ・ろっく!』の基本構造が浮かび上がってくるように思う。

なので、本記事では1~12話までに発生した「ぼっちタイム」をざっくりと紹介していくこととしよう。

プランクトン後藤(第1話)

  • 本番前に虹夏・リョウと練習するもド下手と言われて落ち込むぼっちちゃん。
  • 謎のギター型マスコットが出てきて解説が始まり、ぼっちちゃんはソロは上手でもバンド演奏ではミジンコ以下という扱いに。
  • ぼっちちゃんがその場に倒れ込んで「完」という文字とエンディングテロップが流れだす。
  • その後ぼっちちゃんはゴミ箱に入ってしばらく出て来なくなるが、最後は虹夏たちに励まされて、段ボールをかぶって何とかステージに立つ。


青春コンプレックス(第2話)

  • 虹夏・リョウと好きな音楽についての話になり、「青春コンプレックスを刺激する歌以外ならなんでも」と答えるぼっちちゃん。
  • またしてもギター型マスコットがやってきて、実写映像とともに「青春コンプレックス」の解説を始める。
  • ギター男の「逆に青春時代の鬱憤を歌詞に叩きつけてるバンドは大好物だよね」という声に「うんうん」と頷くぼっちちゃん。
  • 虹夏が「おーい、ぼっちちゃん」「おねが~い、一人の世界に入らないで~」と声をかけるも全く聞こえていない様子。


初バイト(第2話)

  • チケット代ノルマを稼ぐためにバイトしようと言われて「働きたくない!怖い!社会が怖い!」と動揺するぼっちちゃん。
  • バイト中の自分がネットに晒されて死刑宣告される妄想を繰り広げる。
  • その後も、バイトを休むために風邪を引こうとして氷風呂に入ったり、仕事内容を歌で覚えようとして急に演奏したりと奇行を繰り返す。


駄目バイトのエレジー(第3話)

  • 喜多ちゃんがスターリーにやってきてバイトを手伝うことになるも、陽キャ全開で接客も上手いことが発覚。
  • ゴミ箱に入りながら「その日入った新人より使えない駄目バイトのエレジー」を歌い出すぼっちちゃん。
  • メロディに合わせてぼっちちゃんが幽体離脱し、エンドカードまで出てきて最終回みたいな雰囲気に。


下北沢のツチノコ(第4話)

  • キラキラなSNS画像を見てぼっちちゃんが卒倒し、また幽体離脱する。喜多ちゃんが「後藤さんどうしたの!?死なないでー!」と慌てる。ぼっちの変顔を見た虹夏は「ぼっちちゃん、顔ヤバいって」とドン引き。
  • キラキラなイメージ映像とともに「現代の女子高生で私みたいな人、他にいるのかな?」「ツチノコと肩を並べるくらいの希少種なのでは?」というぼっちちゃんのモノローグが入る。
  • 「私が下北沢のツチノコです…ノコノコ…ノコノコ…」と言いながら地べたを這うぼっちちゃん。喜多ちゃんは「後藤さんが変なこと言ってる!」と心配するも、虹夏は「いつもこんなんだよ」と最早心配すらしていない。


承認欲求モンスター(第4話)

  • 「ぼっちちゃんもイソスタ初めてみたら?」という虹夏の発言をきっかけに映像が乱れ、ぼっちちゃんの体が崩壊しサイバーパンクな感じになる。
  • 「私がそんなもの初めてしまったら…生まれてしまう!承認欲求モンスター!」というモノローグ。「いいねくれー!」という叫び声を上げながら町を破壊する承認欲求モンスター。
  • 妄想の中で喜多ちゃん達に呼びかけられてようやく正気に戻るぼっちちゃん。


チケットノルマ(第6話)

  • チケットノルマ5枚のうち、父と母のぶんしか売れずに動揺するぼっちちゃん。
  • 「父…母…父…母…」という独り言とともに、画面がサイケデリックアートのような凄い色彩に。


アル中ぼっちちゃん(第6話)

  • 偶然、泥酔して幸せスパイラルに陥る廣井きくりと出会うぼっちちゃん。
  • 将来ニートになって酒に溺れる自分を想像し、絶叫するぼっちちゃん。きくりからは「キミ、もしや結構ヤバい子?」などと笑われる。


体育祭のトラウマ(第7話)

  • 喜多ちゃんのTシャツ案を見て体育祭のトラウマが蘇るぼっちちゃん。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」とか言いながらぼっちちゃんの周りを回る人形たち。
  • 全身ピンク色になったぼっちちゃんを見て、さも当たり前のように「後藤さん、溶けちゃいましたね」と言う喜多ちゃん。CM明けでもまだ溶けてるぼっちちゃんを見て、「今日のぼっちタイム、CMまたぐくらい長いねー」と感想を述べる虹夏。
  • 「No 協調性 No Life!」と連呼する一団に捕まって火炙りにされるぼっちちゃん。
  • ちなみに、そのあと青春胸キュン映画を見た後にもトラウマ発動している。


胞子化(第7話)

  • 虹夏と喜多ちゃんに言われるがまま私服に着替えるぼっちちゃん。虹夏に前髪を上げられた瞬間、急激なストレスに耐えきれずに体が崩壊を始める。
  • 「らら、らんらららん」という何処かで聞いたことあるようなメロディとともに体が胞子状になり四散していくぼっちちゃん。
  • その胞子を肺に吸い込んだ虹夏・喜多ちゃんも、倒れてネガティブ思考全開の状態になる。


顔面崩壊(第8話)

  • 居酒屋にいたサラリーマン2人の会話を聞いたぼっちちゃん、自分が将来働いた時のことを想像し卒倒する。
  • 顔面が崩壊するぼっちちゃん。星歌さんから「ぼっちちゃん、またいつもの発作か!?」「怖いんだよな、ぼっちちゃんのこの顔」とか言われる。
  • リョウと喜多ちゃんが紙やすりを使って顔の修復を試みる(喜多ちゃんは「毎回この作業大変ですよね~」と言い、もはや驚きもしなくなっている)が、微妙に失敗し面長な感じになってしまう。


セミのお墓(第9話)

  • 夏休みに誰からも遊びに誘われないショックで落ち込むぼっちちゃん、スターリーの前で何故かセミのお墓を作り始める。
  • その後、喜多ちゃんから江ノ島に行こうと誘われるが、浜辺で仲睦まじく遊ぶカップルを想像してしまい卒倒。「tropical love forever」などとうわごとをつぶやく。
  • 以降、江ノ島に着くまでずっと茫然自失に。


風船化(第9話)

  • 江ノ島パリピに声をかけられ動揺するぼっちちゃん、風船化し爆発する。
  • ふにゃふにゃになったぼっちちゃんを虹夏がかついで逃げる。


キュビズム(第10話)

  • ゴミ箱に捨てた文化祭ライブの申請書を喜多ちゃんが提出してしまったことが発覚し、顔がピカソの絵のようになるぼっちちゃん。
  • その後、気絶して棺桶に入る。


メイド喫茶(第11話)

  • 文化祭のメイド喫茶の看板持ちをさせられるぼっちちゃん、極度の緊張で放心状態となり口から緑色の液体を垂らす。
  • 世紀末的な風貌のヤバい2人組がぼっちちゃんに声をかけるが気付かない。
  • やがて、ぼっちちゃんの口からギターのマスコットが登場し、2人組は恐怖のあまり土下座して謝罪。


超サイヤ人(第12話)

  • 動画広告収入の30万円が入り、バイトを辞められるという安堵感から超サイヤ人になるぼっちちゃん。
  • 結局、店長に辞めると言い出せず、ゴミ箱に入る。


腹話術の人形(第12話)

  • 楽器屋の店員に話しかけられ、腹話術の人形のようになるぼっちちゃん。
  • 喜多ちゃんが後ろから支えて代わりに店員と会話する。


まとめ

以上が、アニメ版に出てきたぼっちタイムの内容である。一応言っておくが、上で挙げたのはあくまでも代表的なものに過ぎず、これ以外にも大小様々な奇行が見受けられる。

こうして見ていくと、ぼっちタイムには以下のような特徴が認められるであろう。

  • 過去のトラウマやネガティブ思考、強いストレスなどの影響により、ぼっちちゃんの脳内で様々な妄想が繰り出され、それが奇行となって現れる。
  • ぼっちちゃんの奇行を見た周りの人も、最初は驚いているが、次第に慣れて普通の事として受け入れてる。
  • ぼっちタイムが及ぼす影響に「階層性」がある。

ここでは「階層性」についてもう少し詳しく解説していこう。

上の例で挙げたぼっちちゃんの妄想は全て、言うまでもなくぼっちちゃんの脳内にある映像である。しかし、その影響は脳内だけに留まらず、ぼっちちゃんが見せる奇行という形で表出してくる。急に倒れたり、奇声を上げたり、ゴミ箱等に入ったりするのがそれにあたる。それを図にすると以下のようになるだろう。

ぼっちタイムによる影響を受けた行動を見て、周囲の人は驚いたりドン引きしたりと様々な反応を見せる。だが、ぼっちタイムの影響はそれだけに留まらない。単なる行動の変化だけでなく、ぼっちちゃんの体が物理的に変化していってるのだ。例えば、体が溶けてしまったり、胞子状になったりするなど、もはや人間の形を保てなくなっている。その特徴は、特にアニメの後半の方になるにつれて顕著に現れてくる。

リョウ達がぼっちちゃんの顔を紙やすりで修復しようとしていることからも分かる通り、これは単なる漫画・アニメの演出ではなく、あの世界では本当にぼっちちゃんの顔や体が変化しているのだ。しかもそれは、明らかに生物学・物理学の常識に反した振る舞いを見せる。これは紛れもなく、ぼっちタイムが作中世界の物理法則に影響を与えている、ということに他ならない。その究極の形が、第7話で起きたぼっちちゃんの胞子化であろう。

上の図で示す通り、本来なら物理的な実体を持たないはずの妄想世界が、ぼっちちゃんの身体を変化させ、さらに世界自体にも影響を及ぼしているのだ。筒井康隆の『パプリカ』や、鈴木光司の『リング』シリーズ、あるいは映画『マトリックス』などを彷彿とさせる衝撃の描写である。『ぼっち・ざ・ろっく!』は一見すると音楽を題材にした萌え4コマ漫画、萌えアニメのように見えるが、実はSF作品でもあったのだ。

こうして『ぼっち・ざ・ろっく!』の真の姿を知った後、ハッと気づく。もしかすると、ぼっちタイムは、我々の住むこの現実世界にも影響を及ぼしているのではないか? 上で見てきた通り、ぼっちタイムの影響は時空や物理法則を超越している。であるならば、すでに現実世界がぼっちタイムの影響を受けて書き換えられていたとしても、何ら不思議ではない。我々の精神自体も世界の一部であるため、この世界の改変を人間が認識することは不可能である。人間がこの世界の外に出られない以上、ぼっちタイムによる世界改変を証明することも反証することもできないのだ。

ここまで来ると、もはやSFというより哲学的という方が正しいであろう。果たしてぼっちちゃんは、結束バンドは、そしてこの世界はどうなってしまうのか。続きが気になって仕方がないので書店で原作漫画を買おうと思う。