新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『かぐや様は告らせたい』―世界に絶望した人が世界は「いい奴ばかりじゃないけど悪い奴ばかりでもない」と気づくまでの物語

石上優の物語

かぐや様は告らせたい』単行本第9巻で、この作品は単なる名作というだけでなく、ついに漫画史に残る伝説となった。

体育祭で何故かリア充ウェイ系たちの巣窟である応援団に入ることになった石上。リレー本番に起きたある出来事によって、過去のトラウマが蘇る。ある少女を守るためにとった石上の行動を、クラスメイトも大人も誰も理解してくれず、石上は世界に絶望する。真相に気付き石上を絶望の淵から救い出した白銀会長が、体育祭当日もまた石上に声をかけ、石上はようやく冷静さを取り戻す。レースに負けたにもかかわらず石上のことを気遣う応援団の面々を見て、石上は思った。

あぁ そうか この人たち 良い人だ
見ようとしてなかった僕だ
ちゃんと見るだけで こんなに風景は変わるのか
(第9巻、第90話より)

自分のことなんかまったく見向きもしてくれないと思っていた人たちが、石上に優しい言葉をかけてゆく。石上のことを毛嫌いしていたクラスメイトの小野寺さん*1ですら、彼を励ます言葉をかける。

一度は世界から見放され絶望した人が、誰かに救われて、少し見方を変えてみると、実は世界はそんなに悪いところじゃないんだと気づく。このタイプの作品には名作が多い。

例えば、古典部シリーズ。小学6年生の折木奉太郎は、とある出来事をきっかけにして「やらなくてもいいことはやらない」をモットーに生きるようになる。

あの一件以降、俺は同じクラスの中に、要領よく立ちまわって面倒ごとを他人に押しつける人間と、気持ちよくそれを引き受ける人間がいることに気づいた。そして六年生になってから、いや物心ついてから、自分がだいたい後者だったことに気づいた。いったん気づくと、あのときも、あのときも、そういうことだったのかと次々に思い当たった。
(『いまさら翼といわれても』、264ページより)

奉太郎の場合は、石上のように何か特別大きなトラウマがあって世界に絶望したというわけではない。本当に些細な出来事が積み重なってそれらが奉太郎の頭の中で結び付けられて「そういうことだったのか」と気づいた瞬間に、彼は「長い休日」に入るのである。

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しかし奉太郎の姉・供恵は、奉太郎の休日を終わらせてくれる人がいつか現れるだろうという事を示唆している。その人とは言うまでもなく千反田えるのことだ。まさに古典部シリーズとは、奉太郎が古典部メンバーとの交流を通じて世界に対する信頼を取り戻していく物語なのだ。

聲の形』もそういう作品である。今まで応援団メンバーの顔を見ようともしなかった石上が「ちゃんと見る」ことで世界が変わって見えた、それと非常によく似た表現が『聲の形』にもある。それは下記参考記事でもすでに指摘されている。

参考記事:「かぐや様は告らせたい」9巻 ※今だとkindle unlimited読み放題対象になってるゾ - この夜が明けるまであと百万の祈り

ここで間違えてはいけないのは、石上や奉太郎や石田将也が完璧に世界に対する信頼を取り戻したというわけではない、という点だろう。彼らの目には世界は依然として醜く理不尽なものとして見えている。それでも、自分のことを見ていてくれる人、自分のことを理解してくれる人もいる。自分が彼らに呼びかければ、彼らもきっと呼び返してくれる。彼らは、『TRAIN-TRAIN』(THE BLUE HEARTS)の歌詞にあるように、世界は「いい奴ばかりじゃないけど悪い奴ばかりでもない」ということに気付いたのだ。

そのことが最もよく表現されているのが『ココロコネクト』である。文研部と対峙することになった宇和千尋もまた、ある意味世界に対して絶望している人物として描かれる。しかし、千尋のことを責めずに接してくれる文研部の面々を見て、千尋は考えを改めていく。

自分は世界の見方が間違っている?
自分は世界に見放されていると思っていたけれど。
でも本当は。
そうじゃなく、自分は世界に愛されているんじゃないのか?
(『ココロコネクト ニセランダム』、235ページより)

しかし、文研部はいつでも千尋を優しく迎え入れてくれるわけではない。千尋が何もしなかったら冷たくあしらわれるが、千尋が進んで行動を起こせば文研部もちゃんとついてきてくれる。それを見て、千尋はようやく気付いた。

世界は自分のことを見放して、厳しく当たりなんかしない。
かといって優しくて、自分に楽で簡単な人生を歩ませてくれる訳でもない。
世界はあるがままに、いつだって誰にだって平等に存在する。
(『ココロコネクト ニセランダム』、254ページより)

世界に絶望した人間が、いったん世界全肯定!まで行って、そこから「世界はあるがまま」まで戻ってくるという、2段構えの変化をやってのけたのは私の知る限り『ココロコネクト』だけなので、この作品は他に類を見ない名作なのだ。

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ココロコネクト』は分かりやすい例だが、上で挙げた他作品もすべてそうである。石上や奉太郎や将也もまた、世界は光輝く素晴らしい場所だと思い直したわけではなくて、「世界はあるがままに、いつだって誰にだって平等」だと気付いただけなのだ。結局、身に起こる出来事は確率の問題であり、ものすごく理不尽な経験をすることもあれば、逆に自分だけものすごく良い思いをすることも時にはある。でも、全体的に見れば、世界はだいたい「平等」にできている。

そして、ここからが重要なところなのだが、他人は自分に手を差し伸べてくれるかもしれないが、そこで救われるかどうかは結局自分次第なのである。他人は優しい言葉をかけてくれるし、適切な助言をしてくれる。でも、そこから一歩踏み出して、自分が変わろうとしなければ、結局救われることはない。彼らはそういう事実に気付いたのだ。

とらドラ!』もそういう物語である。

3月のライオン』も典型的なそういう物語である。

響け!ユーフォニアム』にも、一部似たようなテーマがある。

最近で言えば『宇宙よりも遠い場所』もそういうお話である。

かぐや様は告らせたい』もまた、世界に絶望した石上優という青年が、白銀に手を差し伸べられて、勇気を出して一歩前に踏み出すことで、ようやく世の中は「いい奴ばかりじゃないけど悪い奴ばかりでもない」と気づく物語だったのだ。

四宮かぐやの物語

そしてもちろん、白銀に救われたのは石上だけじゃない。

かぐや様は告らせたい』の登場人物は大まかに2通りに分けられる。世界をポジティブに捉えているのが白銀や藤原であり、世界に対してネガティブなのが石上やかぐや様だ。(伊井野ミコについてはちょっと話が複雑になるので後述する。)

そう。かぐやと石上は同じタイプの人間なのだ。かぐやも、両親の愛情をあまり受けずに育ち、幼い頃から大人達の醜い姿をずっと見続けてきて、世界に対して絶望していた人なのだ。そこから救い出した人というのが、他でもない白銀なのである。

私 この世に良い人なんていないと思っていたんです
だから会長が良い人ぶる度に その分心の奥底には醜い企てがあるのだと思い込んで
醜い部分をあぶりだしてやろうなんて思っていたんです
でもそれは何時までたっても見つけられなくて
そのうち根負けして 会長みたいなタイプも世の中には居るんだと認めたんです
そしたら 世の中意外と打算無しに動いてる事も多いと気づき始めて
見える景色が 少しだけ変わったんです
(第9巻、第86話より)

同じ人に救われた者どうしとして、かぐやと石上との接点はこれからますます増えるだろう。本誌掲載の最新話、石上の前でジタバタしながら子どものように悔しがるかぐや様を見て、ああ、この2人は本当に良い関係になったな、と思った。あれだけ白銀の前では本心を隠して、決して弱みを見せないようにしている人が、石上の前ではあんなにも感情を爆発させて喚き散らすなんて…、ああ、本当に素晴らしい関係だなあと思う。

それは、単なる先輩後輩の関係でもなく、もちろん恋愛関係でもない。同じ人に救われた者どうしだからこそ分かり合える「同志」のような関係だろう。これからは、かぐやと石上の絡みにも注目して見ていきたい。

伊井野ミコの物語

上では登場人物が大まかに2通りに分けられると言ったが、では、伊井野ミコの場合はどうだろうか。彼女の場合はまた少し特殊で、世界は公平であり平等であると信じたがっている人だと思う。普遍的な正義や人類の英知としての法律といったものの中に自分と両親との繋がりを見出し、それに従って生きることが自分の使命なのだと妄信している。そして、自らも正しくあろうと行動しているので、どんなに罵倒され傷付いても、いつか必ず報われる日が来ると信じている。

よく言えば真っ直ぐで芯の強い人であり、悪く言えば「幼い」ということである。作者もあとがきの人物評で結構辛辣なことを書いている。

孤独心から両親との繋がりを「正義」の中に見出し、以降正しさに固執する。
だが、それは「正義の為の正義」であり、それは「幼い」と言って差し支えない未熟なものである。
(第8巻、巻末より)

この書き方から察するに、ミコはこれから、自分の中の正義を否定され、自分の信念や価値観がボロボロに崩れ去るような経験をするのではないだろうか。

白銀たちと出会ったミコは、現在のところずっと、自分が貫いてきた正義が報われる経験をしている。生徒会長選挙の壇上で堂々と論戦している姿を見て、実は多くの人が自分のことを応援してくれていたのだと気づき、揺らぎかけていた世界への信頼を取り戻している。

だとすれば赤坂アカという作家は、ミコの成長を描くために、これからミコの正義が一度完全に否定されるような話を描くだろう。それは、彼女が周りから全否定されるだけでなく、ミコ自身も自身の正義の正しさを信じられなくなるような、大きな転換点として描かれるだろう。

その時、ミコを絶望の淵から救い出すのは、会長ではなく、石上だろう。石上が傷付いて立ち上がれなくなった時に白銀から受け取ったものを、今度は石上がミコへと渡すのだ。

かぐや様は告らせたい』という作品は、円環の物語でもある。誰かにしてあげたことは、巡り巡って自分に帰ってくる。誰かから発せられたSOSはきっと誰かに届く。そうして救われた人が、今度は別の誰かのSOSを聞いて助ける側に回る。そういうふうにして世界が回っているということを描く優しい物語なのだ。

これからますます『かぐや様は告らせたい』の展開に目が離せなくなるに違いない。

*1:というか、それは単に石上の視点から見た小野寺さんの印象であって、本当はちょっと言い方がキツイだけで普通に良い人なのかもしれない。