※作品に対する様々な考え方を併記するために、対論形式の記事にしてあります。
『欲望解放』
司会者 アニメ『ココロコネクト』第6話では、文研部5人にまた新たな現象が襲いかかりました。その現象は、原作小説で『欲望解放』と呼ばれています。今日はまず、この『欲望解放』について考察していきましょう。
心理学者 ここでいう「欲望」とは、心理学でいう「欲求」と同義だと思われます。「欲求」とは、行動の原動力となる内的条件のことで、「要求」「動因」とも呼ばれます。欲求には、食欲・性欲・睡眠欲といった生理的欲求(一時的欲求)と、金銭浴・名誉欲のような社会的欲求(二次的欲求)とがあり、前者が生まれながらにして持っている欲求であるのに対して、後者は人間が成長してゆく過程で獲得する後天的な欲求と言われています。
九州人 作中でも言われていましたが、この『欲望解放』は、前回の『人格入れ替わり』と同じかそれ以上に危険な現象と思います。どちらも、他人に危害が及ぶかもしれないプレッシャーと戦わなければならない、という点は一致していると思います。『人格入れ替わり』では、入れ替わっている最中にとった行動の責任は全て、入れ替わっている相手に振りかかるわけですから、「相手に迷惑をかけないようにしないと」というプレッシャーが常に隣り合わせなわけです。一方、今回は人格が入れ替わるわけではないので、『欲望解放』中の行動の責任は全て本人に行くわけですが、いかんせん、その現象が非常に恐ろしい。普段は理性によって抑えられている欲望が解放されることによって、仲間だけでなく、第三者にも危害を加えてしまうかもしれない。『人格入れ替わり』とはまた違った形で、実に嫌らしい現象です。
アニオタ 第2話で唯が、いざという時困らないように皆こまめにトイレに行っておこう、と言うような事を提案していましたが、この提案は『欲望解放』現象の時にこそなされるべきだと思います。例えば、おしっこを我慢している時に欲望解放が起こったらどうなります? 公衆の面前でパンツを脱ぎ用を足し始める、なんて事になりかねません。そんなことになったら、社会的に死んだも同然の悲惨なことになりますよね。
心理学者 尿意や便意といった排泄に関わる欲求も、れっきとした生理的欲求であり、人間が生得的に持っている欲求です。ですから、今述べられたような大事故は十分起こり得ると思います。しかし、〈ふうせんかずら〉の説明や第6話の描写だけでは、本当にそういう「おもらし」が起こってしまうのか、まだよく分からないんですよね。例えば、伊織が授業中におしっこを我慢していて、「トイレに行きたい」と思っていた時に、『欲望解放』が起こったとしましょう。その場合、その場でもらしてしまう可能性もありますが、猛ダッシュで教室を抜け出しトイレに駆け込むという可能性もあると思うんです。なぜなら、その時伊織は、「おしっこをしたい」という欲求と同時に、「トイレに行きたい」という欲求も持っていたはずだからです。
カント主義者 ちょっと待ちたまえ! 今の仮定では、伊織は尿意を感じているということになっている。であるならば、そこで欲望解放が起こったのなら、尿意を解消するために一番手っ取り早い行動が取られるはずだ。そもそも「トイレに行く」という行為は、排泄欲を満たすための手段であって、それ自体が目的というわけではない。ゆえに、この場合は、おもらし以外の可能性はないのではないかね?
心理学者 ところがそうでもないんですよ。欲求を満たすための手段が目的化してしまうことは、普通に起こり得ることなんです。一番分かりやすい例が金銭欲です。我々がお金を欲するのは、突き詰めれば、それを用いて美味しい物を買ったり、安心して眠れる住まいを確保したりするため、要するに、生理的欲求を満たすためですよね。でも、お金を稼ぐ時に、「これは生理的欲求を満たすために必要な物なんだ」とか、いちいち考えたりはしませんよね。何に使うかは分からないけれど、とにかく金さえあれば何でもできるから、金が欲しい。そういう心理から、我々はお金を欲している。金銭欲に限らず、先程述べた社会的欲求というものは全て、本来ならば生理的欲求を満たすための手段でしかないものが、それ自体目的化されることによって生じた欲求なんです。
アニオタ では、まだトイレの使い方も良く分からないような小さい子に『欲望解放』が起こった場合は、その場でおもらししてしまうんでしょうか?
心理学者 良い質問ですね! まさにその通り、小さい子どもの場合は、欲求を満たす手段としてのトイレを知らないわけですから、当然、その場で漏らしてしまうことになるでしょうね。しかし、伊織の場合は、長年トイレを使って用を足してきているわけですから、欲望解放が起こってもトイレに駆け込むことができるんじゃないでしょうか。
九州人 確かにそんな気がしますね。私も、酔っぱらって理性を失っていても、トイレの場所はちゃんと覚えていますし。
カント主義者 私はまだ納得してないぞ。君の言う通りなら、「トイレに行きたい」という欲求は、生理的欲求を満たすための副次的な欲求という事になる。であるならば、「おしっこがしたい」という欲求は、「トイレに行きたい」という欲求よりも強いはずではないか。そして、常識的に考えるなら、複数の欲求を抱いている時に欲望解放が起こったならば、より強い欲求が優先されるだろう。やっぱり、伊織がおもらしをしてしまうのは不可避ではないのかね?
心理学者 確かに、強い生理的欲求というものは、他のいかなる二次的欲求よりも強いとされています。しかし、人間のように高度な知能を持った動物は、二次的欲求の割合も結構高いわけですよね。例えば羞恥心や社会的信用に関わる欲求が人並みにあるのなら、たとえ欲望解放の状態であったとしても、教室でおもらしをするなんて行動がそう簡単に生じるとは思えません。もっとも、伊織が限界に近いくらいまでおしっこを我慢しているのであれば、話は別ですが。
九州人 しかし、その場でおもらしをしようが、急に立ち上がってトイレに駆け込もうが、どちらにせよ周りから奇異な目で見られる事は間違いないですね。やはり、こまめにトイレに行っておくことが大事だと思います。
司会者 盛り上がっているところ申し訳ないのですが、皆さん、いい加減に「おしっこ」とか「おもらし」とかいう単語から離れましょう! どんだけ伊織におしっこさせたいんですか、あなた達は!
『欲望解放』と本当の自分
アニオタ この『欲望解放』は非常に危険で大変な現象だと思いますが、どうやら悪いことばかりじゃなさそうですね。
九州人 それは、伊織ちゃんがおもらしする同人誌を期待しているという意味ですか?
アニオタ いえ……そういう事ではなくてですね、作中で伊織はこの現象に「期待している」と言っていましたよね。伊織はまだ自分に自信が持てない状態を引きずっている。そんな中、欲望解放によって、これまで隠れていた「本当の自分」を見つけることができるんじゃないか。そういう風に期待しているわけですよね。確かに、伊織はこれまで他人に合わせて自分を演じてきたところがあるわけですから、欲望解放によって、そういうものが取っ払われて自分の本当の欲求が見えてくるんじゃないか、と期待してしまうのも無理はないなと思うんです。
カント主義者 はっきり言いましょう。欲望解放によって、「本当の欲求」とか「真の自分」などというものが見えてくるなんてことは、絶対に有り得ません。カント哲学の観点から考えれば、簡単なことです。
司会者 何故そこまではっきりと断言できるのでしょうか。詳しい理由をお聞かせ願います。
カント主義者 端的に言えば、理性を抜きにして人間を語ることなど不可能だからだよ。我々は常日頃から数多くの欲望を抱えて生きているが、それらは理性によって押し止められているため、行動として表に出てくるのは一部だけだ。一見すると、欲望解放によって人間は理性から解放され、自由に行動できるようになるのではないか、と思ってしまうが実はそうではない。例えば、木から落ちるリンゴを見て「リンゴは自由だ」とは言わない。リンゴは地球の物理法則に従って落下しただけだ。同様に、欲望解放状態の人間も自由だとは言えない。それは、ただ単に自らの欲望に支配されているだけだ。今回の欲望解放現象は、文研部5人から強制的に理性を奪って、欲望に従属した行動を取らせるものだ。そのような状態を差して「本当の人格が表に現れてきた」などと考えるのは間違っている。
司会者 では、伊織の言うような「本当の自分」というものは、どのようにすれば見えてくると思われますか。
カント主義者 決まっているではないか。自らの理性によって主体的・能動的に行動できる時に、人は初めて本当の意味で自由に行動できるのだ。そういう行動の中にこそ、本当の自分というものがあるんだろう。
アニオタ ちょっと待って下さい。……「理性によって主体的・能動的に行動できる時」って、要するに、欲望解放なんか無い普段の状態ってことじゃないですか。結局、「本当の伊織」なんてものは「普段の伊織」の中にしかない、っていうことですか?
カント主義者 その通りだ。理性的に行動を選択している状態の伊織が、結局は本当の伊織なのだ。それ以上でも、それ以下でもない。だから、この欲望解放現象では、本当の自分を見つけるどころか、本当の自分を見失ってしまう可能性が高い。
心理学者 ここで少し反論しておきましょう。私が言いたいのは、どのような欲求を抱くかは人によって大きく異なる、という事です。欲求の個人差は、そのまま、人格の個人差に直結しているんです。ですから、欲望解放によってそれまで気付かなかった無意識の欲求を知ることができる、という意味でなら「本当の自分」を知ることができると言えなくもないと思います。
『欲望解放』への対処法
司会者 しかし、こうやって討論をしますと、改めてこの現象の恐ろしさが分かりますね。ここからは、欲望解放状態に陥った時、取り返しのつかない事にならないように、どのように対処すれば良いのか、皆さんで話し合ってもらいます。
九州人 稲葉が言っているように、それが許されるのなら「引きこもり」が最善の策でしょうね。家に籠って、何も考えずにぼーっとしていれば、被害は最小限に抑えられるでしょう。でも、それでは〈ふうせんかずら〉は「面白い」と思わないかもしれない。奴が「面白い」と思わなかったら、いつまで経ってもこの現象が終わらないので、この作戦を採用するのは難しくなってきます。
心理学者 そうなると、やはり次善の策として、稲葉が皆に語ったような方法が有効と思われます。つまり、穏やかに生活して感情の起伏を抑えること、欲望を溜めこまないように適度に発散させてしまうこと、変に気にし過ぎることなく普段通りに生活すること。要するに、フラストレーションを溜めこまないようにするということが大事なわけですね。
九州人 けれども稲葉は、この現象に臨む上で一番重要なことを言わなかった。すなわち、以上のような予防策を取っても、それでもなお欲望解放が起こってしまった時にどうするか、ということです。欲望解放時には自分の行動を制御することができない。だから、これはもう青木の言うように、周りがフォローしてやるしか方法がないですね。誰かに欲望解放が起こったら、他の部員が静止してあげたり、周囲に不審に思われないように上手く立ち回ってやる。とにかく、部員どうしの協力が凄く重要になってくるわけです。
カント主義者 要するに、この現象が続いている間、部員の単独行動は厳禁、ということにすればいい。常に2人以上で行動していれば、1人に欲望解放が起こったとしても、他の部員で何とか対処することができる。こんな分かりきった対処法を稲葉は思い付かなかったのか、あるいは、あえてそれを言わなかったのか……。
『欲望解放』と稲葉
司会者 その辺りの稲葉の心理については、次回以降さらに詳しく見て行くことにしましょう。それにしても……、他の部員が立ち去った後に一人部室でうずくまる稲葉……。まだ欲望解放は始まったばかりなのに、もう追い込まれて心が折れそうになっています。
カント主義者 稲葉は、前回の『人格入れ替わり』で、悩みを一人で抱え込んでしまうと解決出来るものも出来なくなってしまう、ということを学ばなかったのかね? もちろん自分の悩みを告白することは勇気のいる事だが、思い切って打ち明けてしまえば、前回のように悩みを解消することができるかもしれないのに。
九州人 私ははっきり言って、稲葉が悩みを打ち明けられないのには、文研部側にも責任があると思うんですよ。皆、稲葉に期待をかけ過ぎだと思います。例えば、文研部の部長は伊織なのに、部を実質引っ張っているのは稲葉ですよね。唯・青木・太一にしても、稲葉の事を「いつも冷静で聡明」というイメージで見てしまっているから、今回のようなトラブルが起こっても「稲葉なら何とかしてくれる」という風に頼り切ってしまう。そんな期待に応えようとして、稲葉も無理をしてしまう。無理して冷静な風に装う稲葉を見て、太一達はますます「稲葉が居てくれると頼りになるなあ」と感じて期待し……、という悪循環に陥っているわけです。
カント主義者 何という事だ! それこそ青木じゃないが、誰かが気付いてフォローしてやらないといけないではないか。いったい何をやっているんだ。畜生、俺の稲葉んをこんな目に遭わせやがって! 今から〈ふうせんかずら〉と太一をぶん殴りに行ってやる!
司会者 とりあえず落ち着いてください。あなたまで欲望解放しないでくださいよ。
アニオタ 話は変わりますが、今回の現象によって、普段は見ることのできない色んな稲葉んを見ることができるので、我々視聴者としても期待せずにはいられないですよね。次回以降も楽しみになってきました。
カント主義者 だから言っているではないか。欲望解放によって「本当の稲葉ん」が表に出てきた、などと考えるのは間違っている、と。
アニオタ 私は別に、本当の稲葉んを見ることができるとか、そういう意味で期待していると言ってるわけではありません。欲望解放によって、怒った稲葉、エロい稲葉、ツンデレな稲葉、後悔して恥ずかしがる稲葉、弱音を吐く稲葉、そういう色んな表情を見ることができることを純粋に喜んでいるだけです。あなただってそうなんでしょ。口では稲葉んのことを心配してる風を装っているけども、本音では稲葉んの可愛さを堪能できることに喜びを感じているんだ!
カント主義者 な、何を言っているんだ! わ、私は別に、そんなやましい気持ちで稲葉んを見ているわけではない!
九州人 もっと自分の気持ちに素直になれよ! ひとまず俺は、可愛い稲葉んを見ることができればそれで良い。いなばーーーん!!!! 結婚してくれえええええ!!!!!
司会者 皆さん落ち着いて! こんなところで欲望解放しないでください! とりあえず、皆さん理性を失っていて、とても討論できるような雰囲気じゃないので、本日の討論はこれで打ち切りたいと思います。