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『ココロコネクト アスランダム』私論―「あなた」と繋がりたいという思いが「世界」を変える

はじめに

ついに『ココロコネクト』が終わってしまった・・・。正確に言えば、まだ短編集を出す予定があるとのことだが、文研部7人と〈ふうせんかずら〉が繰り出す『現象』をめぐる物語は、ついに終わりを迎えてしまったのだ・・・。何だろう、この寂しさは。壮大な物語が終わった後の、この何とも言えない喪失感。

ココロコネクト』の総評については短編集が出た後に書くとして、ひとまず今日は、文研部最後の戦いを描いた『ココロコネクトアスランダム編について、じっくり考察していこう。


他人事と思わずに世界の問題と向き合うということ

アスランダム編・上巻では、これまでとは質の異なる困難が文研部に襲いかかる。まず、『記録抹消』によって『現象』に関わる事実だけを「なかったこと」にされてしまう危機にどう対処するかという問題。次に、学校全体を襲った『現象』によって大混乱に陥った生徒達とどう向かい合うかという問題。さらに、仲間との思い出を問答無用で「なかったこと」にさせられる『強制終了』をどのように防ぐかという問題。そして、追い打ちをかけるようにして文研部以外の生徒達が〈三番目〉達の仕掛けた『孤立空間』に閉じ込められてしまう。この『孤立空間』とは、これまでの『現象』によって得られた記憶や思い出を自然な形で抹消するための装置だ。これは、生体におけるプログラムされた細胞死(アポトーシス)に近い概念かもしれない。文研部がこれまでに体験した『現象』によって生じた事実や絆は、『孤立空間』で引き起こされる『現象』を通してメチャクチャに壊され、この世から抹消される。

ここで文研部には2つの選択肢があった。1つ目は、他の生徒の事はひとまず置いておいて、まず第一に自分達の記憶が消されないようにするための方法を考えるという選択。2つ目は、自分達も『孤立空間』に乗りこんで行って、全生徒の記憶を守るために戦うという選択。しかし、文研部のおかれた状況はあまりにも絶望的であり、全生徒の事を考えて行動するのは無理だという空気が支配的になろうとしていた。そんな中、一筋の光をもたらしたのは、太一を心配した妹・莉奈の「どんなことがあっても、なにがあっても、わたしはお兄ちゃんを忘れないから」「家族の絆は、絶対に消えないから」*1という言葉だった。太一はこの言葉を聞いて涙を流し、まだ諦めるのは早い、『孤立空間』に行って戦おうという決意を固めた。つまり、最も近しい人との絆を再確認することが、他者どうしの絆を守ることの重要性を再認識させることに繋がったのだ。

何故、このような事が可能となったのか。それは第一に、自分のルーツである帰るべき場所、どんなことがあっても自分を守ってくれる味方でいてくれる場所を強く意識することによって、「自分は一人じゃない」という安心感を得たから。そして第二に、人と人との絆がもたらす力を身をもって認識することで、世界がそういった絆によって構成されているという事を強く実感し、その絆が消えるという危機を他人事と思うことなく守り通したいと思えるようになったからだ。「関係のない他人の世界を守ろうとするのは自己犠牲*2のためか」という〈すんせんかずら〉の問いかけに対して、太一は次のように反論した。

「いいや、違う。そんな、自分の世界から見る、自分だけの視点の話じゃない」
(中略)
「他人事にするのは、やめようかなってさ」
自分の外の世界を、他人事にしないで、自分のものと同じ視点で受け止めること。
画面越しで触れられないのだと、線引きしないこと。
「……つまり……自分の世界として……考える」
「そう、自分が全てを見れる訳じゃないって知った上で、この世界を他の誰でもない、自分の世界だって思って」
(中略)
隣の誰かと繋がって。またその隣の誰かと繋がって、ずっとずっと繋がりが続いていって。
自分は、この地球上の全ての人間と繋がっている。
そう考えたら、現実感が増したのだ。
つまりは全て、一個人と一個人の繋がりに換言されるから。
世界は自分からさほど離れたものじゃない。*3

「世界」と繋がっているという感覚

太一は、自分達を取り巻く絆によって形作られた学校という空間を比喩的に「世界」と言ったのではない。太一の言っていることは、文字通り、社会全体・地球全体という意味での「世界」にも当てはまる。『孤立空間』とは、一見すると自分と全く関係のないように思える、様々な問題を抱えた世界のことだ。平和で日常的な世界に生きる我々が、『孤立空間』での問題を他人事と思わず、そこにどうコミットして行くか。これは、現代社会が抱える最も重要な課題の一つと言える。

例えば、日本国内における、いじめや体罰、それに起因する自殺の問題について考えてみよう。これらは一見すると、自分達には全く関係のない問題であるかのように思える時がある。実際に、いじめや体罰が原因で自殺する人は割合から言えばごく少数で、多くの人はいじめや体罰と縁のないまま一生を終える。しかし、こういった問題が、私達が日々の日常を送っている「この社会」で実際に起こっているという事実に、もっと目を向けてみるとどうだろうか。もしかしたら、いつか自分や自分の家族が、いじめや体罰の当事者になることもあるかもしれない。私達がこの社会の一員であるということは、すなわち、自殺が起こるこの社会を形作っているのも私達に他ならないという事だ。同じことは社会福祉の問題についても言える。今は全く生活に不自由していない人でも、災害や事故、病気、加齢などによって、社会の中で最も弱い立場に立たされてしまう可能性も無いわけではない。にも関わらず、我々はそういった問題を真剣に考えずに「誰かが何とかしてくれる」という他人任せな態度を取ってしまいがちになる。それが結果的に、今日の社会問題が一向に解決しないという事態を招き、自分で自分の首を絞めることにつながっている。

あるいは、世界に目を向けてみると、ニュースでは紛争や貧困、環境破壊など、遠い世界の問題が取り上げられているけれど、それらは本当に遠い世界の自分と関係のない問題なのだろうか。今日のような、国境を越えて人や物が結びつく時代では、地球の裏側の出来事であっても、自分に何らかの影響を及ぼす。貧困や紛争に苦しむアフリカや東南アジアの国々から、日本は大量の資源や農作物を輸入している。日本が直接紛争に関与していなくても、貿易や為替市場といった経済分野で間接的に影響が及ぶことも有り得る。世界規模の環境破壊は世界や日本の農林水産業にも多大な影響を及ぼす。大量の食料を輸入に依存している日本もこれと無関係ではいられない。

「自分は世界中の人と繋がっている」という感覚。「この世界で起こっている問題は決して他人事ではない」という感覚。太一の言っているのは、まさにそういう事だ。物語の舞台は山星高校という小さな範囲ではあるが、そこで挙げられているテーマは、実に壮大で世界規模だ。世界の問題から逃げず、自分の問題として考えていこうと決心した文研部は、実際に『孤立空間』に入って戦いをスタートさせる。しかし、実際に世界の問題にコミットすると言っても、この何者でもないちっぽけな自分が、世界に対して一体何ができるというのだろう。大きすぎる世界の問題に対して、小さな個人が出来ることなんて何もないんじゃないか。そう思ってしまうのも事実だ。そういう疑問に対して、一つの答えを提示しているのが、アスランダム編・下巻ということになる。

「あなた」と繋がるということ

世界の問題から逃げずにきちんとコミットしていこうと決心するまでがアスランダム編・上巻で描かれたことだとすれば、実際に世界の問題と立ち向かうためには何が必要なのかを描いたのが下巻だ。孤立空間内の人間に過度のストレスがかかると『強制終了』が発動し、その人は孤立空間から消えてしまう。この強制終了をめぐる考え方の違いによって、孤立空間内は生徒会派と文研部派に二分される。生徒会長・香取譲二とその支持者らは、生徒同士で激しく殴り合ったり罵倒しあったりすることで人為的に強制終了を引き起こし、早く孤立空間から脱出しようと画策する。しかし、文研部は強制終了が起こると大切な仲間との絆が消失してしまうという事実を知っているので、香取らに強く反発する。逆に、皆が団結して心を一つにすることが、脱出への近道だと説く。しかし、香取の巧みな政治手腕と演説によって、文研部は次第に孤立してゆく。本当は「強制終了=記憶の消去」であるにもかかわらず、それが「強制終了=孤立空間からの脱出」という風に解釈され、多くの生徒たちが自ら強制終了を引き起こすという自滅の道に突き進んでゆく。

読者の目線から見れば、香取らのやり方は完全に間違っていたわけだが、彼らのことを悪者と決めつけることはできないだろう。孤立空間や強制終了というものの実態がよく分からない以上、「消失=脱出」と考えて、強制終了が最善の策だと考えてしまうのも無理はない。香取らは、結果的には間違っていたけれども、自分のやり方が生徒のためになる、自分たちは正しいことをしている、と本気で考えて行動をしていた。実は、このような現象は、現実の政治の世界でも多くみられることだ。たとえば、発展途上国でよくみられる開発独裁的な政治体制の下では、経済的・物質的な豊かさを追求するあまり、格差の拡大や環境破壊、人権侵害といった問題が忘れられがちになってしまう。開発独裁のほかにも、急進派・タカ派・過激派と呼ばれるような人の主張や、多数派の利益を優先しようとする功利主義・全体主義、争いによって問題を解決しようとする軍国主義・覇権主義国民感情に訴えるポピュリズムなども、同様の問題を孕んでいる。これらの主張は、一見すると正しいように聞こえ、短期的には他の穏健な政治体制よりも良い結果をもたらすこともある。ゆえに、実際の政治の場から、上のような主張を完全に無くすことは極めて難しい。結果、人は自ら進んで間違った方法を選択し、破滅の道を進んでゆくのだ。

では、香取の主張、ひいては、ポピュリズム的で過激な主張に対抗するために、文研部はどういう方法をとったのだろうか。それは、これまでに築き上げてきた絆を糧にして、生徒一人一人ときちんと向き合うことだった。具体的には、自分たちの主張を声高に叫ぶことをやめて、友人たち一人ひとりと腹を割って話し合おうと決めたのだ。

自分達は世界を守らなきゃいけないから、みんなという集団を見て考えているつもりだった。でも『集団』、なんて一つの存在はこの世にあり得ない。そこにあるのは、渡瀬であり石川であり中山であり瀬戸内であり――それぞれ、独立した一個人なのだ。
一人一人感じていることも違えば考えていることも違う。
それを意識もせず『みんな』とまとめて、集団を相手にしようとしても、上手くはいかないだろう。『みんな』なんてのっぺらぼうを頭に思い描いているなら、それは誰も見ていないのと同義だ。*4

文研部の主張を現実世界の政治に当てはめてみると、「一人一人を大切にする政治」ということに尽きる。国民全体を一まとめにして「こうすれば皆が幸せになれるんだ」と上から押さえつけるのではなく、一人ひとりの置かれている状況をしっかり見つめて、その人が最も幸せになれる方法を考える政治。功利主義や感情論を振りかざして問題を解決しようとするのではなく、一人一人の意見をしっかり聞いて、それらを最大限反映させようと努める政治。空虚で抽象的な理想論を叫ぶのではなく、一人一人と真摯に向き合い語りかける政治。こういった政治をするということは極めて難しい。過激派やポピュリスト、軍国主義者の言っていることの方が、一見すると正しいように見える場合もあるし、短期的には大きな成果を収めることもある。でも、時間はかかるかもしれないが、最終的には「一人一人を大切にする政治」の方が、結果的に人々を幸福にし、世界を豊かにすることができる。

「全員」でもなく、「みんな」でもなく、「あなた」と繋がりたいという意志。この文研部の意志は、やがて生徒たちの心を動かし、彼らは団結して孤立空間から脱出することに成功する。これこそ、「一人一人を大切にする政治」が、開発独裁やポピュリズムや全体主義に打ち勝った瞬間だ。アスランダム編・下巻のラストには、次のような言葉がある。

誰かと強く繋がって、誰かと弱く繋がって、色んな人と繋がって、その誰かは必ず他の誰かと繋がっているから、繋がりは延々と、世界が一つの糸で繋がるまで続いていく。
そんな糸、もちろん見えやしないけど、未だ戦争だ紛争だ言う世界にそんなものがあると単純に信じるのは難しいけれど。
でも、あるんだ。
凄く小さな世界だったが、自分達はその繋がりが世界を変えるのを、目撃したから。
信じられないほど大きな世界も、信じていけば絶対に変えられる。*5

まとめ

ココロコネクト』とは、人と人との繋がりが、自分を変え、相手を変え、ついには、世界を変えていくまでを描いた物語だったのだ。第1巻から第4巻では、自分の殻に閉じこもって問題を一人で抱え込んでしまった文研部のメンバーが、文研部やその周囲との繋がりによって問題を解決に導いて行く過程が描かれた。そこで大事になるのは、「ちょっと勇気を出してみる」ことや「ちょっと殻を破ってみる」こと、「ちょっと考え方を変えてみる」こと*6だった。ニセランダム編でようやく、一人のちっぽけな行動でも、時に世界を変え得る力があるということが示された。ユメランダム編では、世界と向き合い、世界を変えるために、「自らの思想を持つ」ということの大切さが問われた。そして最後のアスランダム編で、世界を構成する一人一人と真摯に向き合うことで、実際に世界を変えることが出来るんだということが示された。

全ての物語は繋がっていたのだ。第1巻から積み重ねてきた全ての出来事が糧となって、決して揺るぎない絆と、世界を変える大きな力が生まれたのだ。自分の殻に閉じこもっていた人間が、仲間との繋がりを深め、家族との繋がりを再確認し、最後には、世界中の「あなた」と繋がりたいと願うことで、世界を変えていく。なんて壮大で美しい物語だろう。この素晴らしい物語を見せてくれた作者と文研部の7人にこの上ない感謝と称賛を送りたい。

*1:上巻、309P

*2:太一が自己犠牲行動をとる背景には、他者の痛みを想像して自分が苦しむことを避けようとする心理や、「他者のため」という言い訳を作ることで自らの「思想の無さ」を覆い隠そうとする心理があるということが、これまでのストーリーの中で語られてきた。詳細については、私のこれまでの考察を参照してほしい。

*3:上巻、327~328P

*4:下巻、215~216P

*5:下巻、407P

*6:下巻、406P