新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『ぼっち・ざ・ろっく!外伝 廣井きくりの深酒日記』第1巻感想

廣井きくり。『ぼっち・ざ・ろっく!』に登場するバンド・SICKHACKのベース&ボーカル。重度のアル中で、ライブ中も酔っぱらいながらパフォーマンスを行い、頻繁にライブハウスの機材を壊す。稼いだ金は機材の弁償と酒代に消えていくのでいつも金欠である。そんなダメ人間のお手本みたいなキャラクターを主人公にしたスピンオフ漫画『廣井きくりの深酒日記』、その第1巻がついに発売された。

『ぼっち・ざ・ろっく!』本編でも登場するたびに強烈なインパクトを残していく廣井だが、このスピンオフは全編を通じて廣井きくり劇場全開。混じり気なし、圧倒的高濃度の廣井きくりを堪能できる至高の一冊となっている。

第1話。ライブの打ち上げで酔いつぶれ、いつの間にか金沢八景の路上で寝ていた廣井きくり。バキバキスマホを取り出して志麻に助けを求めるが、「のたれ死ね」と言われて電話を切られる。その後、仕方なく入った居酒屋で偶然出会ったファンと意気投合。調子に乗った廣井は、その場にいる全員の飲食代まで払ってしまい、手元にあった数万円はあっという間に消えていく。幸せスパイラルでおにころの一升瓶をがぶ飲みしてしまい、案の定、悪酔いして道端に嘔吐。ゾンビのように町を徘徊していたところで、ピンクジャージのギター少女と遭遇。本編の後藤ひとりと廣井きくりの初対面シーンへとつながる。

第2話。ライブ中に機材をぶっ壊してしまい、土下座する廣井きくり。その後サイゼリヤで反省会を開くSICKHACKメンバー。志麻さんにガチ怒られしてしょぼくれる廣井きくり。会話の中で、廣井が高校生にまで金を借りにいってる事や、廣井が迷惑をかけた相手に志麻が菓子折りを持って謝りにいってることが判明。周りの客も「あの人クズだなぁ…」とドン引き。酒を控えろと迫る志麻に対して、廣井は「酔ってない私が真面目でクソつまんないの 志麻が一番よく知ってるじゃん」と言い返し、2人はかつて素面でライブをやった時のことを思い出したのだが…。何故か浴衣姿で顔に狐のお面をかけた廣井きくり「苦しみをまといて踊れ SICK HACKで~す」

苦しみをまといて踊れってなんだよ…

同じく浴衣姿で天狗のお面をかけた志麻「今宵の宴も盛り上がろうぞ~」

今宵の宴も盛り上がろうぞってなんだよ…

結局、あまりの恥ずかしさに居てもたってもいられなくなった廣井が赤ワインを注文。廣井は帰り道で派手に転倒し、あきれ果てた志麻は他人のふりをしてそのまま帰った。

第3話。廣井きくりが住んでいるボロアパートが登場。築52年の風呂なし事故物件で、隙間風や怪しい物音が常に鳴り止まない。たまらずに家を飛び出た廣井は、所持金72円にもかかわらず馴染みのバーに入店、居合わせた客の優しさに付けこみ酒を奢ってもらうことに成功。さらに別の店へ移動、飢えた野良猫のようなムーブで店員の庇護欲を駆り立て、残飯にありつく。周りの客から「なんか一曲歌って」と言われ、一度は断ろうとするも、「いーじゃん おごるからさぁ」と言われると秒でプライドをかなぐり捨てて大熱唱。結局廣井は一銭も払うことなく朝まで飲みまくった。

第4話。台風の日のライブ&打ち上げのあと、盛大に酔っぱらったきくりだったが、星歌さんに「お前…なんかくさくないか?」と言われる。結局、伊地知家でお風呂を借りたきくり。部屋に風呂が無いので、普段は志麻→イライザ→SIDEROSの誰か→銭湯、とサイクルして風呂を借りに行ってることが発覚。しかも、金がない時は台所で髪を洗うこともあるらしい。

…とまあ、こういう感じで、本編ではおぼろげにしか分からなかった廣井きくりの生活が、メチャクチャ解像度上がって描かれているのである。解像度が上がったことで、ますます残念さに磨きがかかる廣井きくり。だが、残念であればあるほど、作中のキャラクターも、我々読者も、廣井きくりという人物のことを愛おしく思えてくるという不思議な感覚。

考えれば考えるほど、廣井きくりというキャラクターは『男はつらいよ』シリーズの車寅次郎に似ていると思う。2人とも、一言で言ってしまえば、ようするにダメ人間である。いつも調子に乗っては失敗し、周りに迷惑をかけてばかりいる。他人と同じような「普通」の生活が出来なくて、不安定な生活を続けている。破天荒な性格なのに、実は小心者なところも共通している。それでも、どこか憎めない不思議な魅力があるキャラクター。

あるいは、野比のび太ともかなり共通点があるように思う。

寅さんやのび太や廣井きくりに共通するもの、それは、普段のクズさや豪快さの背後に、隠し切れない人間らしさを内包していることであろう。実際、作中で散々クズいことやってきた廣井だが、税金はちゃんと納めてるし*1、シラフの時の運転はメッチャ丁寧*2なのである。

吉田拓郎の『イメージの詩』の中に「誰かが言ってたぜ 俺は人間として自然に生きてるんだと 自然に生きてるってわかるなんて何て不自然なんだろう」という歌詞がある。

廣井きくりは普通の平凡な人生を嫌い、作中で描かれたような自由奔放で何物にも縛られない生活を送っている。だが、そうやって自由であろうと意識的に行動していること自体が、最も自由からかけ離れた行為なのかもしれない。そんな矛盾した内面が、廣井きくりという人物をさらに魅力的に見せているのかもしれない。

*1:本編第6巻102ページ

*2:本編第6巻111ページ