新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『平家物語』についてのメモ書き

来年1月からアニメ『平家物語』がTV放送されるので、それに先立って予習。参考にしたのは、以下のテキストと中田敦彦の動画です。忘備録的なメモなので読みにくかったらすみません。

平家の台頭

  • 瀬戸内海の海賊を平定したり、日宋貿易で巨万の富を得たりすることで、平家が台頭してくる。その富を利用して天皇や寺社に寄進、さらに天皇家と親戚関係となり、貴族を凌駕するまでになる。ついに平忠盛平清盛の父)が宮中への昇殿を許される。
  • それを快く思わない貴族が忠盛を奇襲する計画を立てるが、忠盛はそれに気付く。夜の宮中で抜刀し貴族達を威嚇。計画はご破算に。
  • 怒った貴族達が後鳥羽院に「アイツ宮中に刀持ち込んでますよ」とチクりに行く。忠盛はその刀を見せて「いやこれ木刀に銀箔張っただけやで」と言う。後鳥羽院は「忠盛さすがやな」となり、忠盛はますます出世する。
  • 暗闇で刀が良く見えない状況を利用→「闇」の力を利用する武士と言う存在を象徴。
  • 貴族が「」だとすれば、武士は「」の存在。「光」=お日様が登っている間だけ活動できる優雅で煌びやかな(形式や伝統を重んじる)存在。「闇」=暗闇で目が見えなくても野性的な直感を研ぎ澄ませて未来を切り開く存在。平家は闇を支配する力を持っていたからここまで台頭できた。

平家の驕り

  • 平資盛平清盛の孫)が摂政・藤原基房とすれ違った時、馬から降りずに通り過ぎようとしたので、基房一向から引きずり降ろされる。それを聞いた清盛がマジギレし、仕返しを決意。基房一向をボコボコにする。→平家の驕りの始まりとされるエピソード
  • このとき平重盛(清盛の長男)だけは仕返しを止めさせようと説得する。重盛が重んじていたのは儒教の「」と「」の精神。「忠」とは一貫性、一度決めた事を貫き通す事、要するに天皇家への忠誠のこと。「孝」とは、子が親や祖父母のために尽す気持ちのこと。重盛からすれば、清盛の顔に泥を塗った資盛こそが悪いという考え。
  • 鹿ヶ谷で後白河法皇と反平家派の貴族が反乱を企てた時も、法皇を幽閉しようとする清盛に対して資盛が泣いて説得し思い止まらせる。
  • だが重盛は若くして亡くなってしまい、ブレーキ役を失った平家の暴走が加速する。清盛の娘・徳子が高倉天皇に嫁ぎ子を産む。その子が即位(安徳天皇)し、いよいよ清盛の権力は絶頂に達する。結局、後白河法皇も幽閉されてしまう。

平家没落の始まり

  • 清盛の三男・宗盛が源仲綱の愛馬にいたずらする。それを聞いた仲綱の父・頼政が激怒。頼政以仁王後白河法皇の息子)を説得し平家打倒の令旨を出させる。→どんなに堅牢なシステムも些細なきっかけで壊れる
  • 宇治川を挟んで両軍が対決。この時は平氏が勝利する。→橋合戦と呼ばれる名シーン。
  • ついに源頼朝が出陣。平家側は清盛の孫・維盛を大将として迎え撃つ。富士川で両軍がにらみ合いとなり、周りの住民は山に避難してキャンプする。その火を源氏の大軍だと勘違いした平家軍は怯えあがる。夜、水鳥が一斉に飛び立ち、源氏が攻めてきたと勘違いした平家はそのまま敗走。→平家が持っていた「闇」の力が無くなり、源氏に移ってしまったことを示唆する描写。清盛の代までは良かったけど、子・孫と代を経るにつれて平家が貴族化し綻びが出てきている。
  • ここから得られる教訓は、無能な人をリーダーにしてはいけないという事。宗盛・維盛は平時だったら「良い人」だったかもしれない。人間的な魅力とリーダーとしての素質は別物。
  • 奈良の大仏を燃やしてしまった後、清盛は高熱を出し、最後に「頼朝の首を持ってきて俺の墓に捧げろ」と言って死んでしまう。

木曾義仲の台頭

  • 木曾義仲軍と平家が倶利伽羅峠で対決。義仲軍は時間稼ぎをして夜まで待ち、大音響で平家をビビらせて大勝する。→「闇」の力が完全に平家から失われ、逆に「闇」の力を得た木曾義仲が台頭してくるという構図
  • 平家は西国に敗走し、義仲が京都へ。民衆から略奪を繰り返して、後白河法皇も「さすがにこれはあかん」となり挙兵するが敗北。義仲は「もう法皇も倒したし、自分が天皇法皇になろうかな~」とか言い出す。←完全に調子乗ってる。
  • ついに義仲討伐のため頼朝・義経が動くと、義仲軍は一気に劣勢になる。→義仲軍はマフィア的な血の繋がりを重んじる組織。少数の身内は義仲に忠誠を誓っているが、それ以外は義仲劣勢となると一気に離れていってしまう。対する、頼朝軍は「ご恩と奉公」という契約関係にとって結ばれた組織なので、身内以外もどんどん取り込んで勢力拡大できた。
  • 最後は今井四郎(義仲と乳母子の関係)と再会。今井が敵を引き付けている間に木曾義仲は自害しようとするも、田んぼに馬の足を取られて身動き取れなくなり敵に打たれて死ぬ。

平家滅亡

  • ここから義経の快進撃がスタート。一ノ谷の戦い→急な崖を馬で駆け下りて平家軍を奇襲。屋島の戦い那須与一の扇のエピソードで有名。
  • 一ノ谷の戦いで、平敦盛(清盛の甥)が源氏軍の熊谷直実と対峙。直実はまだ若い敦盛を殺さなければならないという葛藤に苦しむ。結局、敦盛を殺したのち、直実は出家する。→儒教における「」と「」の対立を描くエピソード。「忠」=一貫性(一度決めた事を貫き通す事)、「恕」=他者と一体化すること(相手の気持ちになって考えること)。
  • 平家物語での義経は無茶な作戦立案やスタンドプレーばかりで「リーダーには向かないアカン奴」として描かれる。→後に頼朝に殺されることを暗示か
  • 壇ノ浦まで追いつめられた平家。豪華な唐船に普通の兵士を乗せ、ショボい兵船に天皇三種の神器を乗せることで敵の目を欺こうとする。しかし、その作戦が源氏に漏れ、平家軍は完全崩壊。安徳天皇は船上で念仏を唱えた後入水。

登場人物達の最期

  • 各登場人物の死に方は『往生要集』の世界観に沿っている。仏教において「成仏」つまり「悟りをひらいてること」こそが究極の救い。しかし、穢れた現世では修行もまともに出来ないので、ひとまず死んだら極楽浄土に行き、そこで修行して成仏を目指そう、という考え方が生まれる。「極楽浄土にきそこできる」ことを「往生」という。どんな悪人でも死ぬ前に「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば極楽浄土に行ける
  • 奈良の大仏を燃やした罰で平清盛は高熱に苦しみ、最後に「頼朝の首を持ってきて俺の墓に捧げろ」と言って死ぬ。木曾義仲は戦で敗れて自害しようとするも、田んぼに馬の足を取られて身動き取れなくなり敵に打たれて死ぬ。→悪行・驕りの最たる人は念仏すら唱えさせてもらえない。→地獄行き確定
  • 壇ノ浦の戦いで平家が破れ、安徳天皇は船上で念仏を唱えた後入水。その母・平徳子も一緒に入水するが源氏に捕まり、その後は平家の死者を弔う生活を送る。最期はちゃんと念仏を唱えながら亡くなる。→極楽浄土へ

まとめ

平家物語はかなり多層的でいろんな読み方ができる作品。

  • 純粋に物語として面白い … 琵琶法師による演奏・語りと一緒に聴いた時のパワー。史実と創作を織り交ぜて絶妙にキャラ化された登場人物。印象的な名シーンの数々。
  • 諸行無常」「驕れるもの久しからず」というテーマを一貫して描き続けた作品 … 平家も木曾義仲も、調子に乗ってる奴は後で必ず滅亡する。国や時代を超えて通用する普遍的なテーマ。
  • 仏教的価値観・儒教的価値観を描く … 極楽浄土の思想。亡くなった全ての人への鎮魂。武士が重んじる儒教的価値観とマッチし後世で広く語り継がれる。
  • 武士にとって重要なリーダー論的な側面 … 兵の動かし方、リーダーはどうあるべきかなど、現代のビジネス書的な側面。