新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『ぼっち・ざ・ろっく!外伝 廣井きくりの深酒日記』第1巻感想

廣井きくり。『ぼっち・ざ・ろっく!』に登場するバンド・SICKHACKのベース&ボーカル。重度のアル中で、ライブ中も酔っぱらいながらパフォーマンスを行い、頻繁にライブハウスの機材を壊す。稼いだ金は機材の弁償と酒代に消えていくのでいつも金欠である。そんなダメ人間のお手本みたいなキャラクターを主人公にしたスピンオフ漫画『廣井きくりの深酒日記』、その第1巻がついに発売された。

『ぼっち・ざ・ろっく!』本編でも登場するたびに強烈なインパクトを残していく廣井だが、このスピンオフは全編を通じて廣井きくり劇場全開。混じり気なし、圧倒的高濃度の廣井きくりを堪能できる至高の一冊となっている。

第1話。ライブの打ち上げで酔いつぶれ、いつの間にか金沢八景の路上で寝ていた廣井きくり。バキバキスマホを取り出して志麻に助けを求めるが、「のたれ死ね」と言われて電話を切られる。その後、仕方なく入った居酒屋で偶然出会ったファンと意気投合。調子に乗った廣井は、その場にいる全員の飲食代まで払ってしまい、手元にあった数万円はあっという間に消えていく。幸せスパイラルでおにころの一升瓶をがぶ飲みしてしまい、案の定、悪酔いして道端に嘔吐。ゾンビのように町を徘徊していたところで、ピンクジャージのギター少女と遭遇。本編の後藤ひとりと廣井きくりの初対面シーンへとつながる。

第2話。ライブ中に機材をぶっ壊してしまい、土下座する廣井きくり。その後サイゼリヤで反省会を開くSICKHACKメンバー。志麻さんにガチ怒られしてしょぼくれる廣井きくり。会話の中で、廣井が高校生にまで金を借りにいってる事や、廣井が迷惑をかけた相手に志麻が菓子折りを持って謝りにいってることが判明。周りの客も「あの人クズだなぁ…」とドン引き。酒を控えろと迫る志麻に対して、廣井は「酔ってない私が真面目でクソつまんないの 志麻が一番よく知ってるじゃん」と言い返し、2人はかつて素面でライブをやった時のことを思い出したのだが…。何故か浴衣姿で顔に狐のお面をかけた廣井きくり「苦しみをまといて踊れ SICK HACKで~す」

苦しみをまといて踊れってなんだよ…

同じく浴衣姿で天狗のお面をかけた志麻「今宵の宴も盛り上がろうぞ~」

今宵の宴も盛り上がろうぞってなんだよ…

結局、あまりの恥ずかしさに居てもたってもいられなくなった廣井が赤ワインを注文。廣井は帰り道で派手に転倒し、あきれ果てた志麻は他人のふりをしてそのまま帰った。

第3話。廣井きくりが住んでいるボロアパートが登場。築52年の風呂なし事故物件で、隙間風や怪しい物音が常に鳴り止まない。たまらずに家を飛び出た廣井は、所持金72円にもかかわらず馴染みのバーに入店、居合わせた客の優しさに付けこみ酒を奢ってもらうことに成功。さらに別の店へ移動、飢えた野良猫のようなムーブで店員の庇護欲を駆り立て、残飯にありつく。周りの客から「なんか一曲歌って」と言われ、一度は断ろうとするも、「いーじゃん おごるからさぁ」と言われると秒でプライドをかなぐり捨てて大熱唱。結局廣井は一銭も払うことなく朝まで飲みまくった。

第4話。台風の日のライブ&打ち上げのあと、盛大に酔っぱらったきくりだったが、星歌さんに「お前…なんかくさくないか?」と言われる。結局、伊地知家でお風呂を借りたきくり。部屋に風呂が無いので、普段は志麻→イライザ→SIDEROSの誰か→銭湯、とサイクルして風呂を借りに行ってることが発覚。しかも、金がない時は台所で髪を洗うこともあるらしい。

…とまあ、こういう感じで、本編ではおぼろげにしか分からなかった廣井きくりの生活が、メチャクチャ解像度上がって描かれているのである。解像度が上がったことで、ますます残念さに磨きがかかる廣井きくり。だが、残念であればあるほど、作中のキャラクターも、我々読者も、廣井きくりという人物のことを愛おしく思えてくるという不思議な感覚。

考えれば考えるほど、廣井きくりというキャラクターは『男はつらいよ』シリーズの車寅次郎に似ていると思う。2人とも、一言で言ってしまえば、ようするにダメ人間である。いつも調子に乗っては失敗し、周りに迷惑をかけてばかりいる。他人と同じような「普通」の生活が出来なくて、不安定な生活を続けている。破天荒な性格なのに、実は小心者なところも共通している。それでも、どこか憎めない不思議な魅力があるキャラクター。

あるいは、野比のび太ともかなり共通点があるように思う。

寅さんやのび太や廣井きくりに共通するもの、それは、普段のクズさや豪快さの背後に、隠し切れない人間らしさを内包していることであろう。実際、作中で散々クズいことやってきた廣井だが、税金はちゃんと納めてるし*1、シラフの時の運転はメッチャ丁寧*2なのである。

吉田拓郎の『イメージの詩』の中に「誰かが言ってたぜ 俺は人間として自然に生きてるんだと 自然に生きてるってわかるなんて何て不自然なんだろう」という歌詞がある。

廣井きくりは普通の平凡な人生を嫌い、作中で描かれたような自由奔放で何物にも縛られない生活を送っている。だが、そうやって自由であろうと意識的に行動していること自体が、最も自由からかけ離れた行為なのかもしれない。そんな矛盾した内面が、廣井きくりという人物をさらに魅力的に見せているのかもしれない。

*1:本編第6巻102ページ

*2:本編第6巻111ページ

話数単位で選ぶ、2023年TVアニメ10選

毎年恒例のTVアニメ話数単位10選。下記関連記事にあるように、

・2023年1月1日~12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。

というルールで、今年最も印象に残った話数を選出しました。

関連記事:aninado

『星屑テレパス』、第11話、「再戦シーサイド」

脚本:高橋ナツコ
絵コンテ:浜田将太
演出:鈴木真彦
作画監督:酒井孝裕、田中翼、高村遼太郎、平田雄三、迫江沙羅、reboot
総作画監督:酒井孝裕
まんがタイムきらら史上指折りのめんどくさいヒロイン・雷門瞬を攻略するクライマックス。かつて地球には自分の居場所はないと思っていた海果が、ユウや遥乃や瞬と出会って救われたように、今度は海果が瞬を孤独から救い出す。これまで何度も強い言葉を吐いて相手を傷つけてしまったがゆえに、自分はここにいてはいけないと思い込んでいた瞬。斜に構えた態度で孤独であろうとする一方で、心の奥底では自分が居てもいいと思える居場所を求め続けていた瞬。そのあまりにも不器用で臆病な生き様は、瞬と同じように孤独を抱え居場所を求め続けている視聴者の心をドンピシャで刺してくる。
関連記事:『星屑テレパス』の雷門瞬は、私達自身の心の写し鏡である - 新・怖いくらいに青い空

『スキップとローファー』、第6話、「シトシト チカチカ」

脚本:米内山陽子
絵コンテ:篠原俊哉
演出:平向智子
作画監督:天野和子、小島明日香、田中未来、中山みゆき、斉藤和也、岩崎亮
総作画監督:梅下麻奈未
この作品は主人公である岩倉美津未よりもむしろ、その周りのキャラクターに焦点が当てられていて、常に前向きで純真な美津未が無自覚のうちに周りの人を救っていくという群像劇的構造をしているが、この第6話では珍しく美津未自身に焦点が当てられ、彼女と聡介との関係性の変化を描いている。美津未を演じる黒沢ともよ氏のインパクトが強い本作の中でも、特に名演が光る回だった。

アイドルマスター シンデレラガールズ U149』、第3話、「海に沈んでもぬれないもの、なに?」

脚本:村山沖
絵コンテ:高橋正典
演出:高橋正典
作画監督:田典恵、小池智史、佐々木洋也
総作画監督:井川典恵
赤城みりあちゃんは、悪い大人たちによる曇らせには屈しない! みりあちゃんを演じる黒沢ともよ氏は、インタビューの中で、初期の頃はディレクターから「無邪気で、アイドルを遊びのように楽しめる純粋無垢な女の子」を演じてほしいというオーダーが多かったが、徐々に「もっとあざとくやってください」「もっと小悪魔っぽく」「元気いっぱいだけど、ちょっと大人っぽい艶っぽい瞳で見上げるような表情をイメージしたセリフのニュアンスが欲しいです」といったオーダーが増えてきたと述べている*1。天真爛漫な子どものようだけど、どこか大人を手玉に取るようなしたたかさも垣間見える、そんな赤城みりあちゃんの魅力を100%完璧に引き出したアニメ化だったと思う。

BanG Dream! It's MyGO!!!!!』、第10話、「ずっと迷子」

シナリオ:後藤みどり
絵コンテ:梅津朋美
演出:梅津朋美
作画監督:茶之原拓也、依田祐輔
CGディレクター:大森大地、遠藤求
バンドリIt's MyGOは、「居場所」にまつわる物語。高松燈や長崎そよにとってCRYCHICとは、人生で初めてできた大切な居場所だった。だがそれが無惨に崩れ去ってしまうという悲しい経験をしたからこそ、燈は今度こそは大切な居場所を守りたいと願う。どんなに裏切られ傷付けられても、相手を信じ続け、気持ちを言葉にすること。その尊い熱意が、ついには凍り付いた長崎そよの心をも溶かしてゆく。前回までの辛い展開を一気に打ち破る圧倒的なカタルシスを味わえる神回。

『SHY』、第1話、「シャイなので」

脚本:中西やすひろ
絵コンテ:安藤正臣
演出:安藤正臣
作画監督:末田晃大、田中雄一、小倉典子、中山みゆき
総作画監督田中雄一、末田晃大
近年よく見かけるコミュ障なヒロインと、ヒーローものの融合。日本を守るヒーロー・シャイこと紅葉山輝が圧倒的な可愛さ。と同時に、ヒーローが抱える孤独や、理想と現実の狭間でもがき苦しむヒーロー像など、ヒーローものの作品に欠かせないテーマを一通り見せていく構成。アニメ版1話として申し分のないエピソード。

『転生王女と天才令嬢の魔法革命』、第12話、「彼女と彼女の魔法革命」

脚本:渡航
絵コンテ:玉木慎吾
演出:玉木慎吾
作画監督:諸石康太、八幡佑樹、Mubon Hyeong Jun、Ryu Joong Hyeon、Jeon Hyun Jin、Jang Min Ho、Kim Shin Woo、Park Su Bok
総作画監督井出直美、松本麻友子、石川雅一
陽キャで面食いな女・アニスが、真面目な優等生タイプの女・ユフィのことを好きになってグイグイ攻めていく、という構造の本作。だが、ストーリーが進むにつれてアニスの抱える影の部分が浮き上がり、かつてユフィがアニスに救われたように、今度はユフィがアニスを救うという、王道の展開に。百合の攻守という面でも、2人の立場は見事に逆転し、全ての百合アニメ好きを歓喜させた最終回。

『君は放課後インソムニア』、第3話、「一つ星さん」

脚本:池田臨太郎
絵コンテ:池田ユウキ
演出:松井郁洋
作画監督:舛舘俊秀、鵜池一馬、香田智樹、上野卓志、畠山佳苗、パク・ミヒョン、ソン・ギルヨン
総作画監督:熊田明子
天文部のOG・白丸先輩の初登場回。やや中性的でクールな性格の女を演じさせたら戸松遥の右に出る者はいないと再認識させられる。後輩との距離感に悩んで悶々としているのもギャップ萌えで可愛い。

『僕の心のヤバイやつ』、第12話、「僕は僕を知ってほしい」

脚本:花田十輝
絵コンテ:吉川博明
演出:友田康
作画監督:前田園香、中城悦雄、柴田ユウジ、北川知子、降籏秀吉、真島ジロウ、壹岐悠ノ介、茂木琢次、渕脇泰賀、松尾亜希子、柳孝相
総作画監督:勝又聖人、瀬川健寿、茂木琢次
アニメ版の最終話。京太郎が自分の黒歴史と向き合うことで山田との関係性が進展していく。と同時に京太郎の姉・市川香菜が凄まじい存在感を放っており、さすが田村ゆかりだと言わざるを得ない。

ウマ娘 プリティーダービー Season 3』、第12話、「キタサンブラック

脚本:南幸
絵コンテ:及川啓
演出:成田巧、安川央里
作画監督:桐谷真咲、坂本俊太、冨永一仁、橋口隼人、中島順、福田佳太、三股浩史、はまだまこと、落合良亮、KAGO
総作画監督藤本さとる、福田佳太
ついに明かされるシュヴァルグランキタサンブラックへの巨大感情。「キタサンブラック…僕は君が嫌いだ…」から始まるあまりにもエモすぎるモノローグ。強靭な肉体、圧倒的な実力、誰からも好かれる性格…。自分が欲しいものを全て持っている強大なライバル。それは眩しい憧れの光であると同時に、そばに寄れば焼かれてしまうような強烈な光。それでも決して諦めることなく、キタサンの背中を追いかけ続けた先に見える景色。シーズン2のライスシャワーもそうだったが、主人公だけでなくレースに出るウマ娘一人ひとりにかけがえのない物語があるからこそ、これほど重厚な作品ができるのだろう。

『葬送のフリーレン』、第2話、「別に魔法じゃなくたって…」

脚本:鈴木智
絵コンテ:北川朋哉
演出:北川朋哉
作画監督:簑島綾香
総作画監督:長澤礼子
フェルンの魔法使いとしての成長と、ハイターとの別れ、ヒンメルゆかりの花の探索までを描く第2話。登場人物の動作一つ一つに意味のある緻密な演出、美しい風景描写、印象的な音楽。そのなかで、かつての勇者一行の姿を垣間見せると同時に、徐々に心を通わせてゆくフリーレンとフェルンも描かれる。交差する過去と現在を、静かに、美しく描き出してみせる序盤屈指の名エピソードだった。

『星屑テレパス』の雷門瞬は、私達自身の心の写し鏡である

真っすぐなキャラクターよりも、捻くれていてなかなか素直になれないキャラクターの方が好き。いつも明るくて誰からも好かれるキャラよりも、どこか影があって面倒くさい性格をしたキャラの方が好き。雷門瞬は、そんな性癖を持ったオタクたちの心に強烈に突き刺さってくる。

『星屑テレパス』の主人公・小ノ星海果は、極度の人見知りで友達もできず、地球には自分の居場所がないと思っていた女の子。いつしかロケットに乗って自分と分かり合える宇宙人を探したいという壮大な夢を抱くようになった海果は、高校入学と同時に自称宇宙人の明内ユウや、クラスの副委員長・宝木遥乃と出会い、彼女たちとともにペットボトルロケットの製作を始める。アニメ第3話で海果たちは、ロケット製作を本格的に進めるため、機械工学に詳しいクラスメイト・雷門瞬の家を訪ねる。

雷門瞬。自宅のガレージで巨大ロボット製作に打ち込む高校1年生の少女。だが、ロボ製作以外のことには興味を示さず、入学以来一度も学校に行っていない。まんがタイムきらら系作品に特有の萌えキャラ然とした容姿の中にも、鋭い目付きや、どこか中性的な雰囲気、トレードマークのゴーグルといった特徴が加味され、他キャラとは一線を画す存在感を醸し出している。ようするに、雷門瞬はメチャクチャ顔が良いのである。

アニメ『星屑テレパス』第3話より。

だがその一方で、瞬の内面は、きらら作品にあるまじき一癖も二癖もあるキツい性格をしている。緊張してうまく話せない海果に向かって瞬は「そうやってまた黙るのか?」「助けてくれる優しいお友達が欲しいなら他を当たれよ」と辛辣な言葉を放ち、3人を追い返してしまう。

だが、ユウの言葉に勇気づけられた海果は再び雷門瞬の家へと向かう。実は中学時代にも瞬に声をかけようとして結局出来ないまま瞬が不登校になってしまったという経験をしていた海果は、今度こそ後悔することのないよう、勇気を振り絞って瞬と向き合おうとする。シャッターの奥にいる瞬に向って、自分がロケットを作りたい理由を語る海果。

アニメ『星屑テレパス』第3話より。

このシャッターは言うまでもなく、瞬の心の壁のメタファーである。海果は瞬にペットボトルロケット対決を申し込み、「私が勝ったら直接お話を聞いてください!」と叫ぶ。海果の熱意に押されるように、頑なに閉ざされていた瞬の心が少しだけ開かれていく。

続く第4話、海岸で行われた対決で瞬は、ガワだけペットボトルで作った火薬ロケットという禁じ手を使い見事海果たちに勝利を収める。「話せよ。お前の話。負け犬の遠ぼえくらい最後に聞いてやるさ」と言い放つ瞬。「どうせロケットを手伝えとか必要な部品をよこせとかそんな勝手でくだらねえ話なんだろ」「そんな期待、私がばっさり切り捨ててやる!」という気持ちでいた瞬だったが…。

海果はただ「そのゴーグルかっこいいね!」と言ってきただけだった。そう、海果は元から瞬の技術を当てにしていたわけではなかった。ただ、一匹狼のように毅然とした瞬に憧れ、お話をしてみたいと思っていただけだったのだ。あまりに予想外の出来事に力が抜け、「くだらねえよな…ほんと…」とつぶやきながらゴーグルをかける瞬。

アニメ『星屑テレパス』第4話より。

ようやく心のシャッターを開いた瞬は、「少しだけつきあってやる。出席日数稼ぎのついでにな…」というあまりにもテンプレなツンデレ仕草で、海果たちのロケット製作に協力を申し出る。

アニメ『星屑テレパス』第4話より。

こうして再び学校に通い始めた瞬だったが…。クラス内での海果は、ロケットを飛ばしている時とは打って変わって、いつもオドオドしていて見るからに頼りない感じだった。そんな海果の様子に瞬はあきれつつも、自分が海果の力になりたいと願うようになる。第5話、ロケット研究部の設立申請を行った帰り道、瞬は「欲しかったんだろ。自分の居場所。ここにもできてよかったじゃん」と海果に声をかける。

アニメ『星屑テレパス』第5話より。

瞬にとって海果は、自分を孤独から救い出してくれたヒーローであると同時に、自分が庇護すべきか弱い存在でもある。これは、『ぼっち・ざ・ろっく!』の伊地知虹夏や喜多郁代にとっての後藤ひとりと同様である。虹夏や郁代にとって後藤ひとりは、バンドメンバーとして自分を支えてくれる「ギターヒーロー」である。だが、普段の後藤ひとりは、虹夏や喜多ちゃんがサポートしてあげなければまともに社会生活を送れない極度のコミュ障でもある。あるいは、『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』の椎名立希にとっての高松燈もまた、同じような関係性であろう。このような複雑な関係性の中で、瞬は海果への巨大感情を募らせていくのである…。

その後、瞬たち4人はロケット研究同好会を設立、夏に行われるモデルロケット選手権での優勝を目指して活動をスタートさせる。だが、第6話、父親と喧嘩し頬をケガした瞬はメッチャ不機嫌に。機嫌が悪い時の雷門瞬は本当に顔が良い、と再認識させられる。*1

アニメ『星屑テレパス』第6話より。

また、同じ第6話では、モデルロケット競技でのライバルとなる秋月彗が再登場。彗に海果を取られた瞬は、あからさまに嫌な顔をして対抗心を燃やすようになる。

アニメ『星屑テレパス』第6話より。

そして、第7話、全国の雷門瞬推したちが大歓喜した最萌エピソードがやってくる。誕生日パーティーのケーキビュッフェ、平静を装いつつも嬉しさを隠し切れない雷門瞬。そのことを指摘されて顔真っ赤にして反論してくる雷門瞬。プリクラに誘われて一度は拒否するも「一回だけなら撮ってやってもいい…」とデレる雷門瞬。恥ずかしがりつつも一緒にプリクラを撮ってくれる雷門瞬。

アニメ『星屑テレパス』第7話より。

もう雷門瞬の一挙手一投足が圧倒的な可愛さ。まさにケーキビュッフェのような濃厚で激甘なデレが、我々視聴者の脳を満たしてくれる。ここにきて、第5話で瞬が言った言葉は、そっくりそのまま瞬の方に跳ね返ってくる。海果だけでなく、瞬にとっても、同好会はかけがえのない居場所となっていたのだ。それでもまだ完全にデレることができずに強がってみせる瞬。その不器用な生き様、めんどくさい性格が、最高に尊くて、いとおしい。

めんどくさい性格をしたオタクは皆、雷門瞬のことが大好きである。原作者が言っていたように「オタクの心の中には雷門瞬がいる*2のである。オタクは皆、自分の心の中に独自の世界を築いていて、自分の好きなことに没頭しがちである。そして、自分の趣味について誰からも理解されなくてもいいと考えているし、他人に合わせるくらいなら独りでいることを望んでいる。だから、いつも斜に構えた態度でいきがって孤高であろうとする。だが、心の奥底では、話の合う仲間が欲しい、誰かから必要とされたい、世間に認められたい! そんな相反する感情を抱えている承認欲求モンスターが、我々オタクであり、雷門瞬なのである。

海果たち4人がロケット製作に打ち込む理由は千差万別である。海果とユウは「宇宙に行きたい」という究極の目標がある。遥乃は、海果やユウの夢を応援したいと思っている。では、瞬は? 瞬が同好会にいる理由は「誰かから必要とされたい」からである。

中学時代まで、ロボット製作という趣味について誰からも理解されず、ずっと独りぼっちだった瞬。だが、高校入学後、子犬のように小さくて可愛いクラスメイトが話しかけてくれて、「ゴーグルかっこいいね」とか「雷門さん、すごい」とか言ってもらえて、ロケット製作についてもいろいろと頼りにしてくれるのである。瞬からしたらもうそれだけで内心嬉しくて仕方がないのだ。そんな瞬にとってロケット研究同好会とは、この世界でただ一つの自分を必要としてくれる場所であり、自分の持つ知識やスキルを活かすことのできる場所なのである。

だからこそ瞬は、海果の前ではカッコつけたいし、海果の夢も叶えてあげたいと思うのである。そのためには、自分が同好会を導いて、大会で好成績を収めなければならない…。「じゃなきゃ…ここに私がいる意味ないだろ」。そんな風に思い詰めていく中で、次第にロケット製作活動の歯車がかみ合わなくなってゆく。

アニメ『星屑テレパス』第8話より。

雷門瞬が機械に強いとは言っても、ロケットに関しては所詮付け焼刃でしかない。また、あの性格だから、海果たちに作り方を教えたり指示を出したりするのも下手くそなのだろう。結局、ロケット製作はなかなか思うように進まず、イライラを募らせた瞬は海果たちを怒鳴り散らしてしまう。

アニメ『星屑テレパス』第8話より。

アニメ放送開始にあたってかおり監督は「かわいい!と、しんどい!が交互に来ますので気持ちをしっかり持って」とコメントしている*3が、「しんどい!」な展開になるのはいつも瞬のせいである。口が悪い、目付きが悪い、態度が悪いと三拍子そろった猛獣のような存在を、海果のようなか弱い女の子の前に放ったら、そりゃこうなるのも当たり前である。

そして迎えた大会当日。彗たちのチームが完璧な打ち上げを見せる一方で、海果は緊張のあまり何もできず、打ち上げも散々な結果に終わる。立ち去ろうとする瞬を遥乃が呼び止めるが、瞬は「私には…ここしかなかったんだ」「もう二度と…私に構うな」と言い残して一人去っていく。

アニメ『星屑テレパス』第9話より。

試合後しばらくの間ふさぎ込んでいた海果だったが、秋月彗に励まされ、ユウと再開することで、ようやく立ち直る。夏休みが明け、同好会活動を再スタートさせる海果・ユウ・遥乃だったが…。

一方そのころ、雷門瞬はまたガレージの中に引きこもり、感情を失ったロボットのようになっていた…。そんな瞬のもとに遥乃がやってくる。遥乃もまた、瞬と接する中で「何かを特別に思うことからずっと逃げて」いた自分に気付き、そんな自分を変えようとしていた。瞬をタコ殴りにし、必死に自分の思いを伝える遥乃だったが、結局瞬の心を開くことはできなかった。遥乃が去った後、「分かってない、分かってないんだよ、本当に。私はお前らが思うほど何かができる人間じゃないんだ」と一人つぶやく瞬。

心が折れて自暴自棄になった瞬は、私の気持ちなんてどうせ誰にも理解されない、と思い込み、完全に心を閉ざしてしまうのだった。せっかく差し出された手を振りほどき、自ら関係を断ち切ろうとするその様子は、今流行り(?)の人間関係リセット症候群そのものである。

数日後、海果が瞬のもとにやってきてモデルロケットでの決闘を申し込む。自らシャッターを開けた瞬は、やけに素直に申し出を受けるが…

アニメ『星屑テレパス』第11話より。

約束したよな。またしようって。やるぞ。きっとこれが最後だ」、そう不穏な言葉を口にする瞬の目からは輝きが失われ、瞬は完全に闇堕ちモードになっていたのだ…!

かつてペットボトルロケットを飛ばしたのと同じ場所で海果たちと再会した瞬は不敵な笑みを浮かべ…

アニメ『星屑テレパス』第11話より。

さぁ。私に勝ってみろ

アニメ『星屑テレパス』第11話より。

もう完全にバトル漫画のラスボスの表情である! これもう、きららアニメのキャラがやっていい顔じゃないのよ…。

海果たちの前に立ちはだかる最強のラスボス。だが、対決は海果たちの圧勝に終わり、瞬は「お前達に私は必要ない」と言うのだが…。実は、瞬が出力の小さい火薬を使い、わざと負けようとしてたことが発覚!

私には何もない。だから私はここにいてはいけない。仮に同好会に戻ってもまた海果たちを傷つけてしまうだけ。壊れて無くなってしまう関係性なら最初から要らない。だから勝負にはわざと負けて綺麗さっぱり関係を断ち切ろう…。そんなクッソまわりくどいやり方で、悪役を演じることしかできない雷門瞬。あまりにもめんどくさい女…!

そんな瞬のもとに駆け寄り抱きしめる海果。泣きながら「雷門さんのこと何もわかってなくてごめん」「本当は雷門さんも自分の居場所…探してたんだ…」と話しかける海果。「お前らと私を一緒にするな! これ以上私に、くだらない言葉を吐くんじゃねえ!」と激昂し、最後の悪あがきを見せる瞬。だが、3人は怯むことなく瞬に声を届け続ける。

アニメ『星屑テレパス』第11話より。

誰かを傷つけるくらいなら、ずっと独りのままでいい、そんな風に閉ざされた瞬の心のシャッターをこじ開けるのは、これまでも、そして今も、海果たちだった。

瞬と同じようにずっと孤独で居場所を探していた海果だからこそ、

その明るく温かな心で海果を孤独から救い出したユウだからこそ、

誰よりも他者を思いやる優しさを持ち、本気で何かに打ち込むことの素晴らしさも怖さも理解している遥乃だからこそ、

雷門瞬の心の声が手に取るように分かる。

瞬が鋭い言葉を投げる時、本当は瞬自身が一番傷ついているということ。海果の夢を叶えるために、瞬が誰よりも厳しくあろうとしていたこと。いつも強く孤高で在り続けようとした瞬が、本当は誰よりも自分の居場所を探していたということ。

今度は私も! 雷門さんの居場所になりたい! 雷門さんが…ここにならいてもいいかなって、そう思えるような、小さな理由になりたい

これまで、瞬にとって居場所とは、「自分を必要としてくれる場所」のことだった。その考えは、「ここで成果を残せないなら自分がいる意味はない」という強迫観念に直結していた。

だが、本当に大切な居場所とはそういうものではないはずだ。これは居場所という言葉に限った話ではない。損得勘定などを気にすることなく、ただ一緒にいたい、一緒にいると楽しいと思える人こそが、真の友人である。何の見返りも求めず、ただ相手に尽くしたいと思う心こそが、本当の愛である。瞬にとって同好会もまた、誰かから必要とされてるから居る場所ではなく、瞬自身が本心からその場所に居たいと思える場所だったのだ。

どうせ…なくなるなら…最初からいらないんだよ…言葉も…慰めも…なにも…

なくならないよ。言葉も…思いも…ずっと…何度だって…私が雷門さんに届けるから…

凍り付いた瞬の心に、海果の暖かい言葉が優しく降り注がれる。ついに零れ出す瞬の本心。

アニメ『星屑テレパス』第11話より。

今だって…本当は…また…私も…お前達と…ロケット作りたい…

雷門瞬、攻略完了!

アニメ『星屑テレパス』第11話より。

これは、孤独を抱えた雷門瞬という少女が、大切な居場所を見つけるまでの物語

ここで他の作品にも視野を広げてみると、「居場所」をテーマにした作品が結構多いということに気付かされる。

例えば、『響け!ユーフォニアム』。原作者の武田綾乃先生は、原作小説の最終楽章のテーマは「居場所と拠り所」だと述べている*4

例えば、『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』。居場所を探してさまよい歩く寄る辺なさを、作中では「迷子」と表現している。

もちろんこれだけでなく、『宇宙よりも遠い場所』、『かぐや様』、『SPY×FAMILY』、『ぼっち・ざ・ろっく!』、その他いろいろ、近年注目されたアニメ作品の背後には、「居場所」というテーマが純然と存在していたように思うのだ。令和時代の日本において「居場所」というものが極めて希求力の高いテーマとなっていることを伺わせる。

アニメ最終話、同好会に復帰し、これからは私自身の目標のために同好会に参加する、と宣言する瞬。こうして、雷門瞬と居場所にまつわる物語は一段落ついた形となる。

だが、我々はこれからも雷門瞬の姿を追い続けるだろう。なぜなら、我々オタクは皆、心の中に雷門瞬がいるからである。雷門瞬とは、私達自身の心の写し鏡である。鋭い言葉を吐いて自分を守ろうとする脆い心も、いつも空回りして相手を傷つけてしまう不器用さも、本心を隠して孤独であろうとする面倒くさいムーブも、すべては我々自身の心の写像である。

だからこそ、私たちは雷門瞬という女に、これほどまでに心揺さぶられるのだろう。

*1:完全に余談ではあるが、本編ではあまり触れられていない瞬と父親との関係は、実際のところどのような感じなのだろう。瞬の親父さんは、娘の顔に向けてスパナを投げつけてくるくらいだから苛烈な性格なのはきっと間違いない。だが、不登校の娘を無理やり学校に行かせたりすることなく、自宅のガレージで瞬のやりたいことを自由にやらせてくれるというのは、紛れもなく良い親だとも思う。瞬がロボット製作・プラモデル・バイクなどを趣味としているのも、もともとは父親の影響なのかもしれない。

*2:https://www.youtube.com/watch?v=M-9UwOVHDl4

*3:TVアニメ『星屑テレパス』

*4:https://twitter.com/ayanotakeda/status/1118458729261719553

『それでも歩は寄せてくる』、堂々完結!

元々作者である山本崇一朗氏がtwitterに上げていたラフなイラストだったものが、やがて週刊少年マガジンで連載開始され、単行本にして17巻も続いたのだから、世の中何があるか分からないものである。

序盤は兎にも角にも、歩に詰め寄られて「んあっ!?」ってなってるうるし先輩が圧倒的な可愛さ。恋人どうしになる前の男女のイチャイチャを手を変え品を変え見せ続けるという意味では、同作者の『からかい上手の高木さん』と同じだが、八乙女うるしの場合は高木さんとは違い、からかいとか駆け引きとかにめっぽう弱くて、逆に田中歩の方が無表情でぐいぐい攻め込んできて、それに対するうるし先輩の反応がもういちいち可愛かった。読者は皆、もうこの2人のイチャイチャをずっと見続けていたいという気持ちにさせられた。

しかしその後、第6巻で後輩の香川凛が登場。微妙な距離感を行ったり来たりするだけだった歩とうるしの関係性は、香川凛という劇薬が加わることによって一気に動き出す。そして第8巻、修学旅行で歩と会えない日々が続いたことがきっかけとなり、うるし先輩が歩への恋心を自覚。ついに山が動いた。

ところが、ここからが意外と長かった。お互い相手のことを好きだと自覚しつつも告白できずにいる関係性が続いた。しかし、うるし先輩の方は、自身の恋心を自覚したからか、以前より積極的に歩に詰め寄ることが多くなったように思う。10巻では高木さんさながらの攻めを見せてくれたし、12巻では歩の頬にキスをしたりもした。攻め込んだ後に結局たじたじになって赤面したりするのは相変わらずだったが。こうして、ゆっくりではあるものの着実に2人の距離は縮まっていったのである。

そして終盤。受験勉強の合間を縫って将棋を指し続ける2人の実力差はじわりじわりと近づいていき、ついに卒業式当日、一世一代の大勝負に見事勝利した歩は、無事告白に成功する。まるでこの作品自体が長い長い将棋の対局だったようで、それが終わってしまった寂しさが胸に去来する。

だが、恋人どうしになった2人は、これからもずっと将棋を指し続けるのだろう。将来、スピンオフ作品とかが出て歩とうるしの子どもとかが登場したりするかもしれない。2人が共に歩むこれからの人生に幸多からんことを。

『水星の魔女』に関する一連の騒動についての私見

月刊ガンダムエース2023年9月号のインタビュー記事で、スレッタ役の声優である市ノ瀬加那さんが、スレッタとミオリネが結婚したと言及していたのに、後に配信された電子版ではその記述が削除された件について、7月30日にガンダムエース編集部とバンダイナムコから謝罪文(月刊ガンダムエース2023年9月号掲載のインタビュー記事についてのお詫び)が発表され、その中で「作品側としては、本編をご覧いただいた皆様一人一人の捉え方、解釈にお任せし、作品をお楽しみいただきたいと考えております」などと述べられていたが、それについて私が言いたいことはただ一つ、

アニメの製作者や関係者が作中の描写について何らかの発言をすることは、公式によるダイレクトなメッセージとなり、それが結果的に視聴者の捉え方・解釈の幅を狭めてしまうおそれもあるので、あえて細かい設定などを言わないという判断がなされることは、一般的にはあっても良いとは思うが、

今回のように、作中で何度も同性婚についての言及がなされ、最終回では結婚指輪までして最早2人が結婚していることが誰が見ても明らかな状態であるにもかかわらず、それを公式が曖昧なままとし「皆様一人一人の捉え方、解釈にお任せ」するという態度をとるのであれば、2人の結婚について何も言及しないというそのこと自体に強いメッセージ性が含有されている、と見るべきであり、

であるがゆえに、本件に対する公式の態度は、同性婚を快く思わない層に配慮して、2人が結婚したという事実を出来る限り見えないようにしよう、という意図があると受け取られても仕方のないことであり、2人の結婚を祝福していた人達を深く傷付け、現実世界の性的マイノリティの人達の尊厳を踏みにじる行為に他ならないので、到底許されるものではない、ということです。