新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『ヤマノススメ サードシーズン』―ひなたと、あおいと、のぞみぞ概念

ここのところ『ヤマノススメ サードシーズン』が凄いことになっている。ぶっちゃげ、第6話までは特筆すべき内容はあまりなかった。ロックハート城に行くとか、山の上でコーヒー飲むとか、正直言ってスゲーどうでもいい話で、2期からの惰性で見ているような感じだった。ところが、第7話から、まるで山の天気のように急転直下、あおいとひなたの「すれ違い」を軸として物語が大きく揺れ動きはじめる。

あおいは一緒に池袋に行こうとひなたを誘うが、ひなたはバイトがあって行けない。次の週末も、ひなたはここなちゃんと赤城山に登り、あおいはほのかちゃんと伊香保温泉へ行く。その次の週末も、あおいは他のクラスメイトと池袋へ行くが、ひなたは予定があって行けない。物理的なすれ違いは、やがて心のすれ違いへと発展する。あおいのバイト先に池袋のお土産を持って行こうとするひなた。しかし、いつもとは異なる明るくてテキパキと動くあおいを見て、店の中に入るのを躊躇ってしまう。クラスメイトに上手く話しかけられずにあおいがぼっちになってないかと心配するひなた。でも、普通にあおいがみお達と仲良くしてるのを見て、動揺し声をかけられなくなる。この一連のすれ違いによって心を掻き乱されているのは、あおいではなく、終始ひなたの方である。

あおいは引っ込み思案な性格で友達も少ない。ひなたの事を一番の親友だと思っているし、ひなたが居ないと不安になったりもする。しかし、編み物や読書といった趣味もあり、一人でいるのが嫌いというわけではない。そして、ひなたとの交流を通じて性格も少し明るくなり、ひなた以外の人とも積極的に関わるようになってきている。みお達やほのかちゃんとの関係も、きっかけを作ったのはあおいかもしれないが、そこから一歩踏み出して関係を深めていったのは他でもないあおい自身の意志だ。

一方、ひなたは昔から友達が多く、誰にでも気軽に話しかけることが出来る。しかし、高校で再会したあおいのことをやはり一番の親友と思っているし、色々と頼りないあおいの事を自分が助けてやらないといけないとも思っている。そして、アニメ第3期ではっきりと見えてきたのは、ひなたのあおいに対する独占欲のような感情だろう。あおいに人見知りを克服して色々な人と仲良くなってほしいと願う半面、あおいが自分から離れていってしまうのではないかという不安や焦りを感じてしまう。

あれっ? おかしいな? この関係性、どっかで見たことがあるような…。友達が少ないコミュ障と、大勢の友達がいる陽キャの組み合わせ。最初はコミュ障の方が陽キャにべったりという感じだったけど、次第に陽キャの方がコミュ障に強い執着を見せるようになる展開。

って、これ、のぞみぞ概念じゃねえか!

もちろん、本物ののぞみぞ概念は他にも様々な要素が絡み合った複雑なものであるが、回を重なるごとに表情が曇ってゆくひなたから垣間見えるそこはかとなく不健全な感情は、紛れもなくのぞみぞ概念である。

ひなたが抱いてしまったこの感情が健全か不健全かでいえば、明らかに不健全である。例えば、ひなたが一人で飯能の街をぶらつきながらあおいから送られてきたメールを見たあの土曜日、もしあおいがクラスメイト3人とうまく会話できずにぼっち状態になっていたとしたら、ひなたの顔には笑顔が戻っていたはずなのだ。そして、ひなたはその後すぐにあおいに声かけに行っただろうし、電車の中でキレたりすることもなかっただろう。早い話が、ひなたはあおいを手放したくないのだ。ずっと自分についてきてくれるあおいでいてほしいのである。これは相当に感情をこじらせてるし、あおいサイドからしたらあまりにも自分勝手な振舞いなのだが、であるがゆえにそれは誰にでも起こり得る普遍的な感情で、我々視聴者の胸に響くものである。

そして、その強烈な感情を5週以上(要するに第3期の後半全部!)も使って極めて精緻に描いているのは、本当に驚くべきことである。バイトの日程、予定の勘違い、山登り当日の遅刻、全ての出来事がひなたにとって悪い方向に働き、歯車が噛み合わなくなっていく様。ひなたが一人で池袋に行ったあの日に芽生えた感情は、最初は小さな違和感でしかなかったが、それがやがて大きくなり、ついにあおいへの苛立ちという形で表出してくる一連の心の動き。それらがこれ以上ないくらい丁寧に描かれる。同じ日に同じ群馬県で「天使のはしご」を見るという共有体験は、それでもすれ違ってしまうあおいとひなたの心をかえって浮き上がらせて見せる効果を持つ。大学進学のために勉強するかえでさんを描くことにより、あおいとひなたの間にも必然的に訪れる卒業と別れが、ひなたや視聴者の胸に強く想起される。

繰り返しになるが、これは本当に凄いことである。普通のアニメであれば1話あるかないかというレベルの素晴しい回が、立て続けに出てきている。ヤマノススメという作品の奥深さを思い知らされた。