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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

アニメ『鑑これ』におけるコメディとシリアスの中途半端さ、バランスの悪さについて

どうも「やらおん!」などのアフィブログを見てる人たちのアニメを批判するポイントというのは、コメディとシリアスのバランスの悪さ・中途半端さにあるらしい。しかもそれは、両者の単純な比率の問題ではなく、彼らが「そうそう!こういうので良いんだよ!」となるような絶妙のタイミングでコメディあるいはシリアスが配置されてないと、途端に怒り狂い出すようなのだ。

  • なんていうか現状シリアスとコメディがどっちつかずで すごく中途半端な気がするわ艦これ まどかがやりたいのかごちうさがやりたいのか分からんねん
  • 萌えとシリアスを両立させたいんだろうけど むずかしかったようだね 人数多いし
  • とりあえずギャグとシリアスの落差を何とかした方がいいね これのせいで怒ってる人が結構いるんだよねぇ色んな意見見てると・・・

アニメ『艦これ』ボロクソに叩かれてるけどここから盛り返すにはどうすればいいのか|やらおん!

彼らに言わせれば、『けいおん!』『きんいろモザイク』『ご注文はうさぎですか?』などの日常系アニメは可愛さ・萌え・癒しで首尾一貫してなければならない。そんな日常系の空間に、ちょっとでもシリアスな要素を入れようもんなら途端に叩き始める。ましてや男性キャラなど出そうものなら大炎上である(『未確認で進行形』の白夜のように、ヒロインの萌えポイントを引き出すための人畜無害な存在としての男は例外)。

シリアスをやろうとするなら、『魔法少女まどか☆マギカ』や『結城友奈は勇者である』のように元からシリアスっぽい雰囲気を醸し出しとかなければならない。そうでなければ、「俺が見たかったのはこんなんじゃない」とか言い出す。しかも、『ストライクウィッチーズ』や『ガールズ&パンツァー』のように、物語がクライマックスに近づくにつれて徐々に徐々にシリアス度が増してくるような構造、つまりクライマックスに向けて心の準備ができるような構造になってなければならない。それをせずに唐突にシリアス描写を出すと(例えば『ステラ女学院高等科C3部』や『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』)、途端に頭がパニックになってクソアニメの烙印を押そうとする。

彼らは、レストランに行って、自分の期待した料理と全く同じ料理が出てこないと「期待外れだった」と言ってガッカリするタイプの人間だろう。彼らの選択肢に「思ってたのと何か違うけど意外と美味しかった」は存在しない。豚骨ラーメンの店に入って、自分の想像と合致する期待通りの豚骨ラーメンが出てきた時にだけ「そうそう! これだよ、これ!」と言ってそれを褒め称え、それ以外は一目見ただけで「こんなの豚骨ラーメンじゃない!」などと言って怒り出す。

もちろん私も、豚骨ラーメンの店に行ってメニューにうどんしか無かったらキレるかもしれないが、そのうどんが案外美味しかったらそれはそれでOKと思うだろう。しかし、「やらおん!」とその周辺の人たちは明らかに、そういった予想外を受け入れる許容範囲が狭すぎる。彼らが喧々諤々と議論しているその期待と現実の間には、せいぜいストレート麺か縮れ麺か程度の違いしかないように感じる。