『スーパーカブ』、2021年の春アニメの中で一番注目している。
HONDAが監修しているので、カブの画や音が素晴しいのは言うまでもないが、やはり異彩を放っているのは、強烈にリアルな田舎の風景ではないだろうか。
いわゆる『のんのんびより』的な、きれいな川や森がある里山のような風景とは全く違う。けれども、『スーカーカブ』に描かれるこれらの風景こそが、平成・令和において最もリアリティのある田舎の光景ではないだろうか。
本作を一言で言い表すと、主人公である小熊ちゃんが、スーパーカブと出会ったことをきっかけにして自分の世界を広げていく物語である。原付くらいで大げさなと思われるかもしれないが、平成・令和の時代においてその感覚は、少なくとも本作の舞台となっている地域のような「田舎」においては、決して誇張ではないリアルなものとなりつつある。
平成・令和の時代において、自動車やバイクを持たないということは生殺与奪の権を奪われるのと同じくらいのインパクトがある。
平成の30年間で地方の人口は減少し地方自治体の財政は厳しくなった。それによって、かつては各地域を網の目のように結んでいた鉄道や路線バスは次々に廃線となり、自家用車の必要性は増大した。それでも、病気や貧困など様々な理由によって自家用車を持てない人がいる。また、近年は高齢者が加害者となる交通事故が問題視され、健康な人以外は運転をすべきでないという風潮が強まっている。こういう状況の中で、田舎で暮らしながら生活の「足」を奪われる人はこれから益々増えていくだろうと思う。
移動の自由を奪われるということは、ただ単に生活が不便になるというだけでは済まない。それは、人間らしく生きるために必要なあらゆるサービスや機会や恩恵を受けられなくなるということである。狭い範囲でしか生きられない状況下において、人は物理的にだけでなく、精神的にも困窮していく。
第2話、お昼休みに小熊が白米にレトルトの親子丼をかけてレンジでチンしようとするけど、他の生徒にレンジが使われてたので結局そのまま食べるシーン。この1分足らずのシーンで彼女の置かれた状況が実によく分かる。彼女にとって食事とは、ただ空腹を満たすためだけのもの。だから、食材が冷えていても何も気にしない。
そんな彩りのない無味乾燥とした日常は、カブを手にしたことで一変する。遠くのスーパーやホームセンターに買い物に行くという「非日常」は、「日常」に変わった。それは私達大人からしたら本当に些細な事のように思えるけれど、原付免許を取ったばかりの学生からしたら大きな変化。
今まで知らなかった場所に行く喜び、自分の世界が広がる開放感。本作はこの繊細な心の動きを見事にアニメとして描き出してみせる。だが、実はそれは、私たちが子どもの頃に一度は経験した感覚。初めて自転車に乗った時、初めて原付に乗った時に、私たちが経験した気持ちが呼び覚まされる。