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新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『ココロコネクト』の思想1―「悩み」を解決するためのヒント

はじめに

ココロコネクト』の舞台は私立山星高校の文化研究部。そのメンバーである八重樫太一・永瀬伊織・稲葉姫子・桐山唯・青木義文は、〈ふうせんかずら〉という謎の存在によって、不思議な現象を体験させられる。第1巻では『人格入れ替わり』、第2巻では『欲望解放』、第3巻では『時間退行』である。これらの現象によって5人は幾度となく危機にさらされるが、その度に5人が協力してそれを克服し絆を深めてゆく。

今回の記事では、『ココロコネクト』を各巻ごとに考察し、その中から読みとれるメッセージと、そこから導き出される「悩みを解決のためのヒント」を見ていこうと思う。

悩みを打ち明けることで、自らの思考を相対化せよ

ココロコネクト ヒトランダム (ファミ通文庫)

ココロコネクト ヒトランダム (ファミ通文庫)

第1巻で文研部のメンバーは『人格入れ替わり現象』を体験する。それは、ランダムに選ばれた2人(3人以上の場合もある)の人格が突然入れ替わってしまうというもので、一見するとよくある入れ替わりシチュエーションに見えるが、そこから派生したストレスや苦悩を描いたという点が他作品と一線を画している。実際、自分が『人格入れ替わり』を体験したらと思うと、そこには想像を絶する苦悩と困難があるものと予想できる。自分が知りたくないものも知ってしまうし、逆に自分が知られたくないものも知られてしまう。人格が入れ替わっている時は、周囲から不審がられないように、入れ替わり相手の性格・行動パターンに合わせて行動しなければならない。いつ何時その現象が起こるかと不安になり、心休まる時もないだろう。文研部のメンバーも、この現象によって深刻な「悩み」を抱えてしまうこととなり、作中ではそれをメンバー5人が協力しながら解決してゆく過程が描かれる。

例えば唯は、過去に男に襲われた経験から男性恐怖症になり、そのことを太一・青木らに隠して活動をしていたが、『人格入れ替わり』がきっかけとなって発覚してしまう。男性への恐怖を取り払うため太一は一計を案じ、太一と唯が入れ替わっている時に太一(人格は唯)の股間に蹴りを入れ、「な、桐山。こうすれば一発だろ?」*1と説く。本来なら絶対に体験できない男性特有の痛みを唯に体験させることで、これまで唯が抱いていた「どう足掻いても男には敵わない」という認識を改めさせることに成功したのだ。

次に稲葉は、自分の身体が乗っ取られることの恐怖から精神的にも肉体的にも疲労してしまう。

お互いが家にいる時入れ替われば、自由に家探しでもして秘密握ったり、小金をすくねたり、くらいならできなくもないだろ? (中略) アタシは、そんなことをお前らがするんじゃないかと、【自分の身体】が乗っ取られている間になにかされるんじゃないかと、想像してしまう。そう思うと、恐くて夜も、眠れない (中略) そしてなにより、そんなことを想像してしまう自分が心の底から――嫌いだ。*2

信頼すべき仲間に対してそのような感情を抱いてしまう自分が許せない、という思いによって稲葉は追い詰められてゆく。太一は思い切ってその悩みを皆に打ち明けるべきだと説得し、稲葉は決心して皆の前でそのことを打ち明ける。それを聞いた伊織は「稲葉ん、つまりそれは――心配性ってことだね」*3と感想を述べる。「永瀬伊織に言わせてみれば、稲葉の人間不信は、ただの心配性だった」*4 稲葉は「体を乗っ取られる」という不安から、「仲間を信頼できないなんて、自分はひどい奴だ」と思い込んでしまった。しかし、その不安を打ち明けて別の視点(伊織の視点)から問題を見ると、それは単なる「心配性」という考え方もできる。どんなに信頼している相手どうしでも、心配性な人が『人格入れ替わり』のような現象に巻き込まれたら、「何かされるんじゃないか」という疑念を抱いてしまうし、それは仕方のないこと。だから「そんなことを考えてしまう自分は嫌な奴だ」などと悩む必要はない。勇気を出して皆に相談することで、ようやく稲葉の悩みは払拭されたのだ。

そして、伊織の悩みは簡単に言えば「本当の自分」が分からなくなってしまった、というものであった。彼女は複雑な家庭環境ゆえに、常に相手の顔色をうかがって行動を相手に合わせるようになってしまい、そうしているうちに「本当の自分」というものが分からなくなっていった。これまでは「身体」という絶対的な拠り所が存在していて、何とか自分を保つことが出来ていたが、『人格入れ替わり』によってその身体すらもあやふやな物となり、完全に自分を喪失してしまうのではないかという不安に駆られた。その悩みを聞いた太一は、周りに合わせて性格を変えることは何ら不自然じゃないし、それも伊織の立派な個性だと説く。

「いや、待ってよ……。そんな人間、いる訳ないじゃん。そんないくつもの顔を持った人間なんて――」
「別に、普通だろ。人間には色んな顔があるんだよ。後は程度問題の話だろ。俺は少ない方なんだろうし、永瀬は多い方なんだろうし。ただそれだけじゃないのか」
「でも……わたしは、人に合わせて、それを……」
「んなもん、誰だって場の空気でキャラ変わるだろ。永瀬はそれが人よりかなり過剰だった……ってくらいじゃないのか。というか、最近は自由に変えられなくなってきたって言ってなかったか?」
「それは……。でも、やっぱりわたしは……こういうキャラでいこうって身構えなきゃ人と上手くやれなくて……」
「全く身構えもせず自分の我だけを通して、人と上手くやれる奴なんていないだろ」
「け、けど……わたしは……好きなものすら……その時の雰囲気で……」
「それもただ、雰囲気で順位が入れ替わるくらい、同じように好きなものがたくさんあるだけの話じゃないか」
「でっ、でもわたしは……自分でどの部活に入るかすら選べなくて……」
「楽しそうなところを適当に選んで入った奴とか、友達が入ったからそこにしたって奴らと、そんなに変わらないんじゃないか?」
「……ていうか途中からただの屁理屈だよね?」
「……ていうか途中から完全に屁理屈だな」*5

伊織は負の思考の連鎖に陥っているから、どんなことでもネガティブにしか捉えられなくなっている。太一が「伊織は間違ってない」と言っても、「でも…」「けど…」と言って何度も否定してしまう。その度に太一は何度も何度も伊織に別の考え方を提示して、彼女のネガティブな思考を変えようとする(たとえそれが「屁理屈」であったとしても)。

同じようなシーンはアニメ『WORKING!!』でもあった。伊波は男性恐怖症のせいで皆に迷惑をかけていると思い込み落ち込んでしまう。そんな彼女に対して小鳥遊は「いいですか、伊波さん。確かに伊波さんは異常です。でも、それは男性恐怖症が悪いんであって、伊波さんが悪いんじゃない」*6と説く。さらに、小鳥遊に好意を抱いた伊波は、

「小鳥遊君は、私が男性恐怖症なのを治そうとしてくれている」→「私は小鳥遊君のことが好き」→「男性恐怖症が治るまではずっと付き合ってくれる」→「男性恐怖症が治ったら私から離れて行ってしまう?」→「なら男性恐怖症のままの方がいいのか?」→「でもそれでは小鳥遊君に迷惑をかけてしまう」(引用:山田(仮)トリガーがみんなを幸せにしますよ!「WORKING!!第11話」 - たまごまごごはん

という負の思考に陥ってしまい、1人悶々とする。しかし、勇気を出して小鳥遊に尋ねると、次のような回答が返ってきた。

伊波「男性恐怖症が治っても、私にかまって……私としゃべってくれる?」
小鳥遊「そりゃ、殴るのやめてくれたら、もう少し友好的になると思いますが?」*7

このように、負のループに陥っている思考を、別の視点(小鳥遊の視点)を持ってきて転換することで、伊波の悩みはアッと言う間に解決してしまう。

1人で悩みを抱え込むと、本来なら簡単に解決するはずの悩みであっても、それをずっと引きずってしまいがちになる。何故なら、そこには一つの視点しかないからだ。人は問題を抱えると、それをどんどんネガティブな方向に考えてしまい、負の思考が積み重なって精神的に追い詰められてしまう。そこで大事なのが、誰かに相談して別の視点を入れてみるということ。

  • 「どうやっても男には敵わない」→「いざとなったら股間を蹴ればいい」
  • 「仲間を信頼できないなんて、自分は酷い奴だ」→「それは、単なる心配性でしょ?」
  • 「本当の自分が分からない」→「誰だって周りに合わせてキャラを変えることもある」

このように、悩みに対して別の見方を提示することで、1人では解決不可能だった悩みが、実は何のことはない些細な問題だった、ということが分かるようになる。自分の思考を一旦相対化して見ることで、問題解決へのヒントが見えてくる。しかし、そのためには、1人で問題を抱え込むのではなくて、勇気を出して信頼できる仲間に相談しなければならない。ゆえに、「心の中に抱え込んだ悩みによって負の思考の連鎖に陥った時は、勇気を持ってその悩みを仲間に相談し、自らの思考を相対化せよ」という格言が導き出される。

相手のことを知りたいのなら、傷つけ合うことを怖れるな

ココロコネクト キズランダム (ファミ通文庫)

ココロコネクト キズランダム (ファミ通文庫)

第2巻で文研部のメンバーが直面したのは『欲望解放現象』だった。これは、その時抱いている欲望が突如として解放され、本来なら理性によって表に出てこない本当の欲望が表出してくる現象である。これは言うまでもなく、人を傷つけてしまうおそれのある大変危険な現象であると言えるだろう。

ここで少し別の話をする。イマヌエル・カントによれば、欲望に従って行動する人間は一見自由に行動しているように見えるが、それは単に欲望に支配されているに過ぎないのだという。例えば、木から落ちるリンゴを見て、「リンゴは自由だ」とは言わない。リンゴは地球上の物理法則に従っているだけだ。同様に、理性から解放されることは「自由」などではなく、自らの欲望に従属することを意味する。自らの理性によって能動的に行動を選択できる時に、人は初めて「自由」になる。つまり、『欲望解放』状態の人は全く自由に行動できない状態にあるのだから、その状態にある時の行動を見て「本当の人格が表に出てきた」などとと考えるのは間違っている。『欲望解放』の状態では、人は単に欲望に従って行動している(せざるを得ない)だけだ。理性によって能動的に行動できる時にのみ、本当の人格が見えてくる。けれども、普通の人はそういう風には考えない。例えば、唯が引きこもりがちになってしまい文研部のメンバーが唯の家にお見舞いに行った時、稲葉に『欲望解放』が起こって唯を怒鳴り散らしてしまう。後で稲葉は謝るが、唯は「心の中ではそう思ってるんでしょ?」と感じてしまい、二人の仲に大きな亀裂が生じる。

『欲望解放』によって互いが意図せず傷つけ合ってしまうということが頻発し、5人は相手を傷つけないようにするために別々に行動するようになる。唯は家に引きこもってしまい、他のメンバーも部室に顔を出さなくなる。5人の間の溝はますます深まってゆく。太一は何とかしてこの状況を打破したいと考えたが、そのために5人で話し合っても『欲望解放』によってまた傷つけ合う結果になるのでは、という恐怖から前に進めない。そこに、部の顧問とクラスの学級委員が次のようなアドバイスを与える。

「傷つけ合ったり迷惑かけ合ったりするのが友達じゃないのか? (中略) 失敗するかもしれないけどさ、ぶつかり合わないとなかなか本当の友達にはなれないもんだしな」*8
「どっちが大切なの? その話し合う誰かを傷つけないこと? それとも話し合ってなにかを達成すること? 一番の目的はなんなの? 本当に自分が一番大切にしていることはなんなの? それを考えたら? (中略) ついでに言っとくと、私は人って傷つけ合うものだと思ってるけど」*9

この言葉によって太一は気付く。今まで自分達は、「相手を傷つけないようにしよう」という意識を強く持ち過ぎていたのではないか。時には相手と怒りをぶつけ合い、傷つけ合うことになっても良いんじゃないだろうか。何故なら、そうすることでしか、相手を真に理解することは出来ないのだから。「その人を知りたければ その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」*10

この展開を見て真っ先に思い出したのは、2005年にアカデミー賞作品賞を受賞した映画『クラッシュ』だった。この映画の舞台、ロサンゼルスでは、白人・黒人・ヒスパニックなど、様々な人種が生活している。人種間に広がる差別と偏見、そして不信感の中で、人はぶつかり合い、傷ついてゆく。

人は皆、傷つけ、傷つけられることを恐れながら生きている。それでも人は誰かと想いを分かち合いたい、誰かと繋がっていなければ生きていけない――。『クラッシュ』は“天使の街”ロサンゼルスの寓話であるとともに、現代を生きる私たち自身の物語でもあるのだ。(引用:クラッシュ − 映画作品紹介− CINEMA TOPICS ONLINE

人は傷つけ合うのが怖い。だから、人種・民族間で住む場所を分けたり、交流を避けたりしてしまう。しかし、それが本当に人間のあるべき姿なのだろうか。相手とコミュニケーションを取らなければ、傷つけ合うこともないが、何も得ることもできない。当然、差別や偏見も解消されず、相手への不信感だけが積もってゆく。知らない相手に語りかけることは勇気がいるけれども、その勇気を出して時にはぶつかり合うことではじめて、社会は良い方向へ変わってゆく。その勇気を持っていた者こそ、ガンジーやキング牧師だったのではないだろうか。

太一は文研部のメンバーに呼び掛けて、自らの考えを述べる。「傷つかなくてみんなと離れるより、傷つくことがあってもみんなといたいと思った」*11。彼らは再び絆を取り戻し、唯も引きこもり状態から脱することに成功する。しかし、稲葉だけは、どうしても部室に戻れない。それは『欲望解放』現象に加え、部内に生じた三角関係も大きな原因だった。第2巻の時点で伊織と太一は互いに相手のことが好きで、恋人になるかどうかの瀬戸際まで来ていた。はじめはその関係を応援していた稲葉だったが、自らも太一のことが好きになってしまう。しかし稲葉は、太一・伊織の間に自分が割って入ると文研部の絆を壊すことに繋がる、と考えて自らの恋心を隠そうとする。伊織は自らの感情をひた隠しにする稲葉を責めるが、稲葉は次のように気持ちをさらけ出す。

「だって……男と女が集まって……恋愛とか変な風にこじれたら……友情とか木端微塵になるくらい……揉めるんだろ!?」*12
「アタシはずっと1人だった! ずっとずっと一人だった! けれど高校に入って仲間と呼べる存在を初めて得られた……。だから……どうあってもそれを失いたくはなかったんだ!」*13
「アタシは……もういるだけで伊織と太一の邪魔者だ……。それに……、アタシはあの文研部の関係を壊したくなんかない……。だからアタシは部室には……戻れない」*14

これらの台詞からも分かる通り、稲葉は仲間を傷つけ関係を壊すことを過剰に怖れていた。それに対して伊織は次の2点を説く。

「稲葉んなら、友人の好きな男を奪い取って尚かつそれほど気まずくならず、円満に全てを解決することだってできるんじゃないの!?」
「永瀬伊織と稲葉姫子の友情は、好きな男を取り合ったぐらいで壊れないよっっっ!」*15

前者は、第1巻における「別の視点の提示」に相当する。稲葉は「三角関係によって5人の絆が壊れる」と思い込んでいるけど、「いや、そうはならない方法もあるんじゃないか」という別の考え方を提示している。つまり、第1巻で太一が伊織に対してやったことを、そのまま伊織が稲葉に対して実践しているのだ。そして後者は、たとえ傷つけ合う結果になったとしても友情は壊れないよ、という決意表明。私達の絆はぶつかり合いによって壊れるようなものじゃない、だから傷つけ合うことを恐れる必要はないよ――伊織がそう訴えることによって、稲葉はようやく苦悩(傷つけ合うことの恐怖)から解放される。そして、実際に太一に告白までする。

以上から見えてきたこと、それは、「相手のことを知りたいのなら、傷つけ合うことを怖れるな」というメッセージだ。もちろん、傷つけ合わないに越したことはないが、傷つけ合うことでしか得られないことも沢山ある。それは、個人の関係でもそうだし、国家間・民族間・人種間の関係でも同様だ。

悩みの原因を過去に求めるのではなく、現在の自分に求めよ

ココロコネクト カコランダム (ファミ通文庫)

ココロコネクト カコランダム (ファミ通文庫)

第3巻で文研部の5人が体験するのは『時間退行現象』。この現象では、昼12時から17時の間、ランダムに選ばれたメンバーが昔の姿に戻ってしまう。中学時代であったり、赤ちゃんだったりと、その時期はバラバラ。実に不都合な現象だが、注目すべきはその「副産物」の方にある。それは、『時間退行』によって過去の姿に戻ると、その当時の心の状態を鮮明に思い出してしまうというものだ。それは言いかえれば、忘れようとしていた過去の失敗が蒸し返され、「あの時こうしとけば良かったのに」という後悔の念が沸いてくるということでもある。実際、伊織は太一に対して次のように述べる。

「もし仮に、だ。過去をやり直せるとしたら、君はやり直したいと思うかい? (中略) ちなみにわたしは、やり直せるのならやり直したいと思うかな。そして、もっと上手くやれるのなら上手くやりたいと思うよ」*16

上で述べたように、伊織は複雑な家庭環境のもとで自分を偽って生きてきた。だから、過去に戻って、もっと自然体で生きたいという願望が強くなった。ところが、そのような思いは、文研部メンバーの姿勢を傍らで見てゆくうちに変化していった。それについては後回しにして、まずは青木と唯の話について述べよう。

青木は唯のことが好きで、事あるごとにその気持ちを唯に伝えている。しかし『時間退行』現象によって、青木は中学生の頃、唯とよく似た西野菜々という女の子と付き合っていたということが判明する。唯は青木のことを「昔の女にあたしを重ねて好きだと言ってくるような適当男」*17と言って責める。青木は再び西野菜々に会って自分の気持ちを整理した上で、文研部メンバーの前で次のように自分の今の気持ちを表明する。

「そこで気づいたんだ、オレ、やっぱり菜々のこと大好きだった。あの過去の自分の気持ちを……否定なんて、できなかった (中略) だってさ、あの時の自分は……全力で生きていたから」*18
「でもオレは……今だって全力で生きている (中略) だからオレは今の自分の気持ちも否定しない。オレは、今までの人生の、全ての自分を肯定したいんだ。否定したい過去なんてない。嫌なことも忘れたいことも全部全部含めて。それは、全力で生きたオレが残したものだから」*19

そして、「自分は昔、西野菜々が好きだった。そして今の自分は、桐山唯が好きだ」*20と、はっきり宣言する。青木は「嫌なことも忘れたいことも全部」ひっくるめて今の自分があるんだと考える。その上で、今を全力で生きたいと宣言したわけだ。

一方、唯はかつて男に襲われた経験から男性恐怖症になり、どう足掻いても男には敵わないと悟った。通っていた空手道場もやめてしまい、「一番になりたい」「ライバルともう一度対戦したい」という思いも「無かったこと」にしてしまった。男への恐怖心は第1巻の出来事などもあって少しは改善されたものの、一度捨てた空手の道に戻ることは出来なかった。『時間退行』によって当時の記憶が鮮明になり、かつての思いが蘇ってきたが、今更空手の世界に戻ることなんて出来ない。そんな思いが唯を苦しめる中、青木が上で述べたような演説をする。それを聞いた唯は、ようやく自分が男性恐怖症を理由に逃げていただけだったと気づき、自分に語りかけるようにこう叫ぶ。

「男性恐怖症だからってなによ! 男に極端に近づかれると震えが出るからってなによ! 男に触られると体が拒否反応を示すからってなによ! もしかしたらどうにかできたんじゃないの!? なんで最初から諦めてたのよ!? (中略) それがどんなものだって、自分が進まないためにその理由を使うならっ、それは理由でもなんでもなくてっ、……ただの『言い訳』じゃない!? (中略) いくら男性恐怖症だからって……でもそれはそれでしかないじゃない! だからと言って体が動かない訳じゃないのよ!? 最後に踏み出すか踏み出さないか決めるのは自分じゃない! そして踏み出してこなかったのは……自分じゃない!」*21

唯は自分の弱さを男性恐怖症のせいにしてきた。ところが実はその弱さの原因は、自分が一歩前に踏み出そうとしなかったからではないか、と発想を転換するわけだ。自分の弱さの原因が過去の出来事(男性恐怖症)にあるのではなく、現在の自分にあるのだと気づいたのだ。

待っていたって、欲しいものは手に入らない。
でも逆に欲しいと思えば、なんだって手に入る。
たとえそれが、過去に残してきたものだって、大丈夫だ。
もちろん昔のことだから、全部は昔のままにやれる訳じゃない。
でも、きっとやり直しのチャンスはあるのだ。
いや『ある』んじゃない、『作る』んだ。*22

過去のことで後悔したり悩んだりする暇があったら、今、この瞬間にでも行動を起こして未来を変えるべきだ。「昔これをやっておけば良かった」と思ったなら、今からでも遅くないから、すぐにそれを始めるべきなのだ(始めないのは「逃げ」だ)。そこに「必要なのは、ただほんの少しの勇気だけ」*23だ。そうやって全力で努力すれば、青木のように、過去の自分を肯定することが出来るようになる。そのことに唯は気づき、再び空手を始めることとなった。

青木と唯の変化を目の当たりにすることで、過去を「やり直せるのならやり直したい」と言った伊織も考えを改めてゆく。「過去をやり直したくないか」という〈ふうせんかずら〉の申し出を、伊織は次のように述べてきっぱり拒否する。

「だけどわたしは、全ての過去があって今の自分になれたから。今までの自分の歩んできた道を否定すれば、今の自分を否定してしまうことになるから。それは、したくないから (中略) 確かにわたしは……やり直したいと思うことがある。でもそれは、あくまでもう一度チャレンジしたいって話で、今までのことをなかったことにしたいとは、思わない」*24

過去の後悔や辛い経験があったからこそ現在の自分があるのだ。そう考えることで、過去を含めた自分の全てを肯定し、自信を持って生きることが出来るようになる。そしてこれは、あらゆるジャンルの作品でテーマとなってきたことだ。

聖職者たちはこの冒涜の行為を烈しく責めるだろうが、自分は彼等を裏切ってもあの人を決して裏切ってはいない。今までとはもっと違った形であの人を愛してる。私がその愛を知るためには、今日までのすべてが必要だったのだ。*25

『お前が経験したわずか三週間の“世界線漂流”を、否定してはいけない』
『“なかったこと”にしてはいけない』
『いくつもの世界線を旅してきたからこそ、紅莉栖を助けたいと願うお前が、そこにいる』*26

しかし、過去のトラウマがずっと尾を引いて現在に悪影響を与えていると、そう簡単には過去を肯定できなくなる。それこそ伊織のように「過去を変えたい」と思ってしまう。そんな時は、とにかく現状を変えるためにアクションを起こさなければならない。過去の自分を反面教師にして、未来を変えなければならない。「今更」「もう遅い」は言い訳でしかない。今からでも遅くないから、現状を変えるために一歩前へ踏み出すことが大事(ここでは詳しく述べなかったが、唯と同様に、伊織も現状を変えるために自分から行動を起こすことになる)。そうすれば自ずと、どんなに辛い過去でも「今日までのすべてが必要だった」と言える日が来る。

人は、悩みの原因を過去の行動に求めてしまいがちだ。例えば、男性恐怖症になってしまったとか、複雑な家庭環境によって「本当の自分」を見失ってしまったとか。そのように考えていると、その悩みを解決するのが難しくなる。過去を変えたり無かったことにしたりすることは出来ないからだ。だから、その悩みの原因を現在の自分に求めてみたらどうか。その悩みが過去の行動によって引き起こされたと考えるのではなく、現在の自分の行動次第で解決できるかもしれないと考えたらどうか。過去を言い訳にせずに、勇気を出して一歩前に踏み出す。そうすれば、過去は悩みの原因ではなくなり、今の自分にとって必要なものだったと思えるようになる。

第4巻以降の考察

以上が、『ココロコネクト』第3巻までに書かれている内容を考察したものだ。あまりにも長くなったので、ここまでで一旦区切ろう。第4巻から第6巻までの内容については、次回の記事『ココロコネクト』の思想2―「世界を変える」ということ、「仲間を信頼する」ということで考察している。

*1:第1巻、167P

*2:第1巻、218P

*3:第1巻、234〜235P

*4:第1巻、235P

*5:第1巻、265〜266P

*6:アニメ『WORKING!!』、第8話

*7:アニメ『WORKING!!』、第11話

*8:第2巻、178〜179P

*9:第2巻、182〜183P

*10:HUNTER×HUNTER』単行本第1巻、54P

*11:第2巻、192P

*12:第2巻、271P

*13:第2巻、272P

*14:第2巻、276P

*15:いずれも第2巻、278P

*16:第3巻、119P

*17:第3巻、189P

*18:第3巻、219P

*19:第3巻、220P

*20:第3巻、220P

*21:第3巻、226〜227P

*22:第3巻、313P

*23:第3巻、314P

*24:第3巻、293P

*25:遠藤周作、『沈黙』、新潮文庫、295P

*26:海羽超史郎、『STEINS;GATE 円環連鎖のウロボロス2』、ドラゴンブック、817P