新・怖いくらいに青い空

アニメ・マンガ・ライトノベル考察

『僕だけがいない街』総評

作品のテーマについて

  • 振り返ってみれば、悟は多くのものを求めすぎてしまったのかもしれない。加代と広美を救うことだけ、白鳥潤を無罪にするアリバイ作りだけに専念していれば、犯人に気付かれることなく無事に小学校を卒業し、加代たちと共に大人になって行く未来も有り得たかもしれない。
  • しかし、よくよく考えてみれば、そのような世界線に行くことは不可能だったとも思える。目の前で行われている悪を見過ごさず、彩や美里を助けようとするのがヒーローというものだからだ。しかし、悟はタイムリープという「きっかけ」があったからこそヒーローに成り得たのであって、元々は普通の人だったのだ。いや、この世の中でヒーローと呼ばれている人もみんな本当は、過去の出来事がきっかけとなって誰かを守りたい、人を助けたい、と強く願うようになっただけの普通の人なのだろう。
  • そんな普通の人が純粋に誰かを助けたい救いたいと願って行動した時には、きっと誰かがそれを見ていて、手を差し伸べてくれる。それは親や友達かもしれないし、教師や周りの大人達かもしれないし、バイト先の同僚や近所にいる青年かもしれない。だから、ヒーローとは一人でなるものではなく、彼を理解してくれる周りの人達と共に困難に立ち向かう人のことを指すのだろう。
  • でも、ヒーローのもとに集まってくるのは心優しい人達ばかりではなく、本作の真犯人がそうであったように、人の善意を逆手にとって人を傷付けようとする者も擦り寄ってくる。もし、この世界に真の悪と呼べるものが存在するのなら、それは、誰かを助けたいと願う人の善意や愛に付け入って、それらを踏みにじろうとする行為のことを指すのではないだろうか。……というようなことをアニメを見ながら考えていた。

ストーリー展開と演出について

  • これは原作漫画も素晴らしいのだが、アニメの脚本作りに関わったスタッフも秀逸というべきだ。全く説明過多にならず無駄なシーンが一つもない、一見何の意味もないような何気ないシーンにも今後につながる重要な意味が隠されている、そんな緻密な作品構造にはもう脱帽するしかない。
  • 例えば第3話のスピードスケートのシーンは、一見すると有っても無くてもいいようなシーンだが、(1)悟がわざと負ける→加代が悟の嘘を見抜き「私に嘘つかないって言ったべさ」と悲しむ、(2)浜田がアイスホッケー部に所属していることを視聴者に知らせる→第10話で浜田が再登場、(3)相手のためを思っての行動が裏目に出てしまうという経験→第6話での悟とアイリとの会話につながる、(4)同じ失敗を繰り返してしまったという経験→結局未来は変えられないのではないかという疑念の浮上、という具合に重要な伏線がたくさん含まれているのだ。
  • 悟とアイリが橋の下で話している最中に川上から紙飛行機が流されてくるシーン(第6話)や、藤沼家で悟と加代が朝食を食べるシーン(第8話)のように、説明的な言葉を一切使わずに短い映像だけで視聴者にそれとなく情報を伝える技術が素晴らしかった。
  • ストーリーは全編通じて非常にシリアスなものだったが、そんな中でも時々笑えるシーンが挿入されていて、それが一種の清涼剤として機能していた。例えば、悟の思ってることが口に出ていてそれを聞いた加代の顔が一気に赤くなるシーン(第4話など)とか、「今夜ここに泊まって」という加代の言葉を聞いて周りの男3人が動揺し出すシーン(第8話)とか、普段冷静な賢也と悟(29歳)が彩ちゃんにバカにされて怒るシーン(第10話)などがそれにあたる。
  • 声優の演技も非常に良かった。特に、悠木碧高山みなみ赤崎千夏ら、女性陣の迫真の演技はもう流石としか言いようがない。

キャラクターについて

  • 藤沼悟役の声優の演技について不安視する声も一部にあったようだが、演技についてはそれほど気にならなかった。というか悟は、クラスメイトを救えなかったという自責の念からある種の「欠落」を抱えて生きるようになった人である。なので、あまり感情が窺い知れない感じがするあの演技が自然でちょうど良かったと思う。そして、子どもに戻った悟が、かつて失ったものを取り戻していくにつれて、29歳とは思えない可愛さを発揮して行く。この過程を見るのが本作の見所の一つである。
  • しかし、この作品一番の見所は何と言っても雛月加代ちゃんの可愛さである。何故、加代が可愛く見えるのか、その理由の一つはおそらく、お話の舞台が冬の北海道で、登場人物がいつも厚着しているからだ。小さい体に赤いコートとマフラーを付けてる姿が、なんかモコモコしてて可愛いのだ。それと、最初は無表情だったのが、悟たちと交流を深めるにつれて次第に子どもっぽさを見せるようになってくるので、その変化がまた見ていて非常に可愛らしいのだ。
  • 片桐愛梨役を赤﨑千夏にしたキャスティングがまた素晴らしい。愛梨の天真爛漫な愛らしさや明るさを見事に演じていた。しかもそれは、ただいつもニコニコしているというタイプの明るさではない。それは、ある種の健気さを伴う明るさである。どんなに酷い目にあっても、どんなに周りの大人が信じてくれなくても、自分だけは最後まで悟を信じ続けようという覚悟を秘めた上で悟に見せるあの笑顔、まさに天使としか言いようがない素晴らしさである。であるからこそ、過去の改変によって悟とバイト先で出会う世界線が消えてしまったことが本当に悲しい。
  • 今期アニメの男キャラ可愛さランキングでは、『だがしかし』のココノツ君を抜いて、ヒロミ君が断トツで1位である。特に第9話で悟の手を掴んできて「僕にできること何でもするから」と言うシーンはとてつもない破壊力で、普通の萌えアニメだったら間違いなく主人公とフラグが発生する場面である。
  • 2回目のタイムリープで加代たちを救った陰の立役者は賢也だったと言えるだろう。悟(29歳)よりもはるかに冷静で、実に頼もしい味方だった。でも、そんな賢也でも、彩ちゃんに「子どもっぽい」と言われると急に子どもっぽく怒り出して、……か、かわいい……。ヒロミ君に匹敵する可愛さである。