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『ゆるキャン△』総評―「一人で過ごす尊い時間」と「みんなと過ごす尊い時間」

ゆるキャン△』、本当に、良かった。圧倒的な今期No.1のアニメだった。

ゆるキャン△』には2つの時間が流れている。「一人で過ごす尊い時間」と「みんなと過ごす尊い時間」だ。そして、この2つを相反するものとして描くのではなく、見事に両立させ、時には同時に描きさえした。

一人で過ごす尊い時間

ゆるキャン△』の特徴として、リンのソロキャンに代表されるような、一人で過ごす時間をしっかりと描いている、という点がよく挙げられるが、実はこれは、完成度の高い日常系アニメに共通する特徴だったりする。『けいおん!』も、『Aチャンネル』も、『ゆゆ式』も、一人の時間をわりと丁寧に描いている。しかし、そうは言ってもやはり、それらの作品のメインは友達と過ごす楽しい時間を描くという点になってしまうのだが、『ゆるキャン△』の場合は半分が「一人で過ごす尊い時間」で構成されていると言っても過言ではないだろう。

「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで…」(『孤独のグルメ』第1巻より)

そう言う井之頭五郎にとっては、一人で食事をしている時が最も豊かで尊い時間なのだろう。私にもそのような時間がある。仕事帰りに立ち寄った居酒屋で静かにお酒を飲んでいる時、家でお酒を飲みながらアニメを見てる時、休日に何となく訪れた町を散策する時。きっと誰もがそういう時間を持っている。家でゆっくりお風呂に入る時間が好きだという人もいれば、一人で映画を観たり音楽を聴いたりするのが好きな人も、なかには、一人で黙々と仕事をするのが好きという人もいるだろう。

その一人の時間は、誰かと過ごす時間とはまったく別物の尊さを持っている。その2つは対立するものではないし、どちらがより優れているとか優劣を決められるようなものでもない。けれども、それを描くアニメは本当に少ない。一人で過ごす時間の素晴らしさを価値観の異なる他人に説明することが極めて難しいからだ。

本作はその難しいことを見事にやってのける。リンが黙々とテントを組み立て、薪を割り、火をおこし、静かに本を読む、その一連の所作。キャンプ場を散策している時のモノローグ。温かい食事をとっている時の表情。その全てが、我々一人ひとりの心の中にある「一人で過ごす尊い時間」を思い起こさせてくれる。

誰にも邪魔されることのない、独りで、静かで、豊かな冬の旅。リンにとってはこのソロキャンこそが、何物にも代えがたい尊い時間なのだ、ということが画面全体から伝わってくる。その旅には、明確な目的も計画もない。ただ、感情の赴くままに、好きなところに行き、好きなことをする。おそらくリンは、旅先で起こる予想外のトラブルや失敗でさえもひっくるめて、その旅全てを全身で楽しんでいるのだ。

そしてまた、そういう予想外のトラブルに見舞われた時のシマリンが最高に可愛いのだ!

カイロを使っても全然温まらなかった時の「思ったより効かん」。苦労して辿り着いた温泉が閉店だった時の「おい、マジか」。その声、表情、もう最高である。なんというか、特に感情的になるわけでもなく、いつもと変わらないテンション低めな感じだが、言葉の端々から伝わってくる「やっちゃった」感、みたいなものが伝わってくるのがなんかもう最高に萌えるのだ。

みんなと過ごす尊い時間

さて、上で見たように「一人で過ごす尊い時間」をきちんと描いて見せた上で、そこからさらに「みんなと過ごす尊い時間」をも見事に描いていくのが、本作の驚くべき点だろう。しかし、みんなと過ごすと言ってもそれは、みんなが同じ方向を向いて何か同じことをするという描写とは少し異なる。

この「相手の一人時間を大事にする」が如実に表れているのは、四尾連湖でリンとなでしこがキャンプをする回だろう。いっしょにキャンプはしてるけど、テントは別々だし、ボートに乗るのもなでしこだけ。リンとなでしこは一緒に行動はするが、いわゆる一蓮托生という関係ではない。その点が『メイドインアビス』や『少女終末旅行』とは大きく異なる。

そのあたりの距離感については、スタッフ側もかなり意識しているようである。

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リンやなでしこにとっては、相手と一緒だから「楽しい」のではなく、自分が「楽しい」と思えるものを相手と共有する、という感覚なのだろう。

だからこそ、彼女たちにとっては、物理的な距離は関係ない。遠く離れていてもLINEで心を通わせることができる。誰にも縛られない単独行動が大好きだけど、そうやって感じた喜びや幸せはやっぱり誰かと共有したいと思うシマリン。うきうきしながらLINEで写真を送ったり、定点カメラに向かって手を振ったりするシマリンの、なんと愛おしく可愛いことか!

そして、自分が「楽しい」だけでは駄目で、相手もまた「楽しい」と感じていなければ意味がない、そんなふうに考えるからこそ、相手を尊重し、相手のために出来る限りのことをしたいと願う。でも、相手に踏み込んでいくべきか、踏みとどまるべきか、その見極めは難しい。

第10話、的確なアドバイスをくれた千明に、リンが少し気恥ずかしそうな緊張した声色で「とにかく助かった、ありがとう」とお礼を言う。「あ、あのさ、今度、野クルでクリスマスキャンプするんだけど…」と言ってリンを誘う千明の声と表情もまた、どことなく緊張しているように感じられる。

そうか。そうだったんだ。千明もまた、リンとの距離感を測りかねて、悩んでいたんだ…。なんて繊細で、人間味に満ちた描写だろう。

一人で過ごす時間の尊さも、それをみんなと共有することの素晴らしさも、他者とかかわることで生じる緊張も、相手を思いやる配慮も、それらすべてがあったからこそ、最終回のクリスマスキャンプが最高に輝いて見えるのだ。

みんなと食べた食事の美味しさ、吹きすさぶ風の冷たさ、たき火や温泉の暖かさ、夜空や富士山の美しさ、朝日の眩しさ、となりにいる友達の笑顔と笑い声、そのすべてを5人が共有する。そして、我々視聴者もまた、彼女たちが感じた感動や幸福感を画面を通じて感じ取る。

心温まるとはこういう体験のことを言うのだろう。数年に一度と言われる寒波の中で、一人静かに『ゆるキャン△』を見るという体験は、私にとってもまさに「一人で過ごす尊い時間」となったのである。